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その条件は

「ディファ・マルティーマにて力を持っている一門にはジュラメントの属するティバリウス一門もあります。そこが組み込まれるのは、当然のことだとも思っておりましたが、私以上に彼を評価してくださる人がいればそこに行くのがジュラメントにとっても幸せでしょう。もちろん、一門の他の者も同じこと。

 居ればありがたいですが、絶対ではありません」


 オノフリオの右目だけが少し大きくなり、元に戻った。


「言う通りですね」


 なんて、抑揚の少ない声で言ってくる。


(案外冷たいなとでも思ったか?)


 仕事はきちんとこなす。ある程度のことなら何でも任せられる。


 そのような人材としてジュラメントは貴重であり、軍団に一人は欲しいがエスピラにとってはそれ以上では無いのだ。


 アルモニアは調整能力に期待している。

 ソルプレーサは諜報能力。

 グライオは後継者になれるナンバースリーとして。

 イフェメラは戦術眼とイロリウスとしての戦の知識。

 カウヴァッロは騎兵戦闘の才。

 シニストラは剣と詩作の腕。何よりもエスピラに対する忠誠心。


 先に上げた六人は、他に欠点があってもこれらの能力があるだけで欲しいと思えるのだ。代わりが見当たらないのだ。簡単に代わりが見つかるとも思っていないのだ。


 それに比べれば、ジュラメントの評価は見劣りしてしまう。


「人材で無いのであれば、できれば外交の全権が欲しい所ではありますが、まあ、これは了承できないでしょう」


 他の軍団も、特にカルド島に行く軍団は他国と交渉したいこともあるはずである。

 国内に残って内政に力を注ぐ人も、小麦の輸入や武器の製造など、外国と交渉しなければならないことも多いのだ。


「ですので、私に良い印象を持ってくれているマフソレイオとの優先交渉権、マルハイマナとの独占的な交渉権、エリポス圏で行う交渉の全ての前向きな事後承諾をお願いします。メガロバシラスについては、最終交渉だけは元老院の意思を尊重いたします。いえ、基本はメガロバシラスについては元老院の意思に従いますが、どうしてもの緊急時は私が判断することに、後々の元老院議員が文句を言わぬようにお願いいたします」


「善処しよう」

 タヴォラドが重く答える。


「善処では困ります」

 エスピラはすぐに返した。


「絶対に。お願いします。

 こちらは若い兵を中心とした脆弱な二個軍団に五十六艘とエリポスとすら戦えないような数の船団しか無いのです。

 その上で全ての決断を一々ハフモニに奪われる危険を冒しながら時間をかけて元老院に尋ね、元老院も多くの人間の意見をまとめながら決断を出すなど、完全に出遅れてしまいます。

 相手はメガロバシラス。戦争の道具でどの国よりも最先端を行く国なのです。一回世界を征服しかけた国なのです。

 マフソレイオとマルハイマナ、それからエリポス圏の交渉についての口出しだけはやめて頂きたい。メガロバシラスに関する交渉だけは、完全に元老院の指示に従います」


 エスピラは譲歩しているようで少しだけ条件を吊り上げた。


「分かった。マフソレイオとの優先交渉およびマルハイマナとの独占交渉を認めよう。エリポスについては個人的な繋がりもあるとのことだ。アレッシアの不利益にならない範囲で自由を認めよう」


 しっかりと吊り上げられた分を下げられた。


 それどころか、条件が追加されている。


「アレッシアの不利益にならない範囲とは随分とあいまいな。

 いえ、タヴォラド様とオノフリオ様、それに、同じ建国五門で友であると思っていたサジェッツァ『様』まで私が、ウェラテヌスがアレッシアに不利益を運ぶ存在だとでも考えているのですか? 


 そうであるなら、この話は受けられません。


 多額の借金をしてまでそちらの申し出を受け、アレッシアのために神に祈り、少しでも民の心が明るく成ればと心を砕いてきたのに、そう疑われるとは。

 切り捨てる予定がおありだと言うのなら、それが今のアレッシアのやり方だと言うのなら。


 それはウェラテヌスが守りたかったアレッシアはとうに崩壊していたことになります」


「言い過ぎではありませんか」


 オノフリオが険のある声で言ってきた。

 タヴォラドが右手を上げてオノフリオを制する。


「不利益にならない保証は無いはずだ」


 とタヴォラドが相も変わらず淡々と。


「人間が予期せぬ不利益をも完全に避けられるのであれば、タヴォラド様は御父上を、いえ、それどころか兄弟含めて全て自分が独裁官になってアレッシアを牛耳るために殺したと言うことになってしまいますが、よろしいのでしょうか。

 知ってはいけないことなのでしたら、この私の首を飛ばしてください。

 今、ここで」


 エスピラも目を見開いたまま、タヴォラドに負けず劣らず淡々と述べ切った。


「エスピラ様!」


 声がかかったのはシニストラから。

 エスピラの眼球は微動だにしない。


「嫌いなバラマキを行ったのは、タヴォラド様のためだったと言っていたではありませんか」

「シニストラ。どうやらタヴォラド様は全ての不利益を計算できるようだ。私の首を斬り落とせ」


 そんな必死の訴えを無視して、エスピラは淡々と告げた。


 息を飲む音が後ろから聞こえる。


 ただし、剣は持ってきてはいない。持ち込めない。


「エリポスにおける交渉権を認める。ただし、報告はこまめにするように。内容によっては元老院が介入することもある」

「元老院が? それは困りますね。平民に弱腰で独裁官の意義を壊した組織の立て直しは出来ていないはずです」


 シニストラから聞こえてきた衣擦れの音が止まった。


「私かサジェッツァからの介入もありうる。これで、良いか?」

「シニストラ。私の首は落とさなくて良い」


 タヴォラドへの返事代わりにエスピラはシニストラに先の命の取り消しを伝えた。


「それから、条件としましては訓練代わりにディファ・マルティーマを始めとする都市の開発を少しばかり行うかも知れません。

 経験が浅いのであれば工兵としての実力も不足しております。エリポスに攻め入った際にそれでは困ることも多いでしょう。

 幸いなことに、ウェラテヌスの奴隷は一部建築を学んでおりますから。技術と知識を身に着けるのに不足は無いかと。

 タヴォラド様が私を選んだ理由が、先の副官時代に私が軍団に課した訓練を見て、であるのならですが、ね」


 タイリー・セルクラウスの副官時代に行った、カルド島に渡った、今やアレッシアの主力部隊になりつつある軍団に課した訓練のことである。


「元老院からは許可しよう。地元の者との交渉は任せる」


 タヴォラドからの言葉に、エスピラは顎を引いて頷いた。


 細かい調整で言えばまだあるが、大まかなところはこのあたりだろう。これ以上色々言って、心証が悪く成れば終わりだ。もう一度何が譲れなくて、何を譲っても良いのかを考える必要がある。


「すぐに思いつくのはこのあたりです。後は、おいおい。選挙の前までに」


 エスピラは丁寧な声で言いつつも、晩餐会や酒宴の時のようにあまり作りすぎないように気を付けた。


「構わないが、遅くなればなるほど難しくなることもあることを忘れないで欲しい」


 タヴォラドの言葉にエスピラは慇懃に頭を下げる。


 それから、下の者として相応しい言動で幾つか言葉を交わし、エスピラは部屋を後にした。


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