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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1660/1715

歪んだ議場 Ⅰ

「今回の戦乱は、間違いなく議場と言う言論の場で行われた凶行が発端となっています」


 愛弟(クイリッタ)が無惨にも殺された議場。血の消えぬ場所で、まさに愛弟が最後を迎えたその場に立ちながら、マシディリは郎と声を張り上げた。


 武装はしていない。壊れたマティと穴だらけのトガの一部を自身の懐に仕込みながら、中央から外れた位置に立っている。


「マレウス。弟が追放し、弟が許そうとした男が中心となり、クイリッタの命を奪ったのです。四十人で、寄ってたかって一人の命を。アレッシアが積み上げてきたモノすら否定する許されざる行いではありませんか?」


 マシディリの護衛であるアルビタも、今ばかりは木の束(ファスケス)を所持していない。権威の象徴でもある木の束は、中央に置かれたまま。座席からマシディリへと至る道を封鎖するように立っているのは、ヴィルフェット、フィロラード、リベラリス、ソリエンス、パライナ、アルムの六人。無論、武装は無い。


 護衛としては多いとも言える。

 身を守るのに不十分でもあった。


 半端な状態で、マシディリは両手を広げ、急所を集まる元老院議員に晒していく。


「そう。許してはならない行いなのです。

 だと言うのに、元老院が取った行いは何でしたか? マレウスの処断ではありません。四十人の処断でもありません。彼らを認め、政権に加え、あまつさえアレッシアのために戦っていた私達に国家の敵だと言う濡れ衣を着せることでした。


 国家の敵は、最後の勧告です!


 だが、彼らはいとも簡単に、アレッシアのために戦い、アレッシアのための成果を出した者につきつけた。傍らに、アレッシアの秩序を破壊した者達を侍らせながら、だ。


 これが、自己都合に満ちた悪しき行いで無くて何と言う?」



 気まずそうに目を逸らした者もいる。

 我関せずと無言の者もいる。

 そうだそうだとマシディリの言葉に息巻いている者もいる。


 そんな全員を見ながら、マシディリも大股で、されどゆっくりと議場の中心部を歩いた。


「ですが、私は許しましょう。

 勇猛さで鳴らしていたティベルディード・カッサリアでさえ逃げ出したのです。凶徒達は、よほど恐ろしかったに違いないありません。故に、保身に走った行為そのものは許しましょう。


 しかし、その後は問題だ。

 その後の行動に於いても、はたして寛容性を適用しても良いモノか」


 最後に行くにつれ、言葉の速度を落とす。

 手もマシディリ自身へ。胸の前を掴み、そうしてゆるりと放す。


「マレウスが凶行に及んだ理由は何か。

 問えば、多くの者がマレウスの追放が不当な処分であったからだと答えるでしょう。追放の仕返しが議場での暗殺は良くないと付け加える者もいれば、妥当だと心の底では思っている者もいるかもしれません。


 しかし、大事なのはクイリッタが追放に及んだ理由です。


 単純明快。第二次ハフモニ戦争後の仕置きです。直後の凱旋式では、いるべき人がいませんでした。アスピデアウスの良いように、アスピデアウスが支配するようにと言う意図が見える動きが続いていたからです。


 事実、イフェメラ・イロリウスやディーリー・レンド、ジュラメント・ティバリウスと言った敵対派閥の主要人物は第二次ハフモニ戦争後すぐに討たれました。


 何故ですか?

 第二次メガロバシラス戦争やマルハイマナ戦争で活躍したからです。


 何故活躍したのですか?

 アスピデアウス派の力不足によって、です。


 父上を追放すれば、父上が抑えていたメガロバシラスを始めとする諸国家が動き出すことなど明白だったはず。第二次ハフモニ戦争は、それも分からぬような者達がいて、勝てた戦争ではありません。


 そして彼は失敗した。自分達が中心となる戦争で勝てなかった。


 ええ。勝てなかったことを責めるつもりはありません。祖父タイリー・セルクラウスも、第二次ハフモニ戦争を勝つつもりで始め、最初の年で討たれることになってしまったのですから。


 負けは仕方がない。

 だが、奴らはただでは負けなかった。ウェラテヌス派とオピーマ派の武勇を大きく示すことで、第二次ハフモニ戦争の英雄であり第二次メガロバシラス戦争初期で最も活躍したヌンツィオ様の武勇も貶めたのです。


 そして、イフェメラ様を排除した。

 そうなればどうなるか。


 イフェメラ様を通じてアレッシアと仲を深めていたフラシが反抗するのも良く分かったはずではありませんか。ディーリー様が責任者となりまとめたエリポスとの講和が、反故にされる危険性だって高かったはずだ。


 そこに加えて、エスヴァンネ様の敗死が重なる。

 主力が東方に割かれるのは当然のこと。

 その機に西方のフラシが反抗の機運を高めるのも自明の理。


 そうして起こったことがオピーマ派の活躍、いえ、スィーパス・オピーマを始めとする者達の思い上がりと、暴走によるマルテレス・オピーマの反乱です。


 そう。

 第二次ハフモニ戦争に於ける最後の凱旋式で凱旋将軍となった者で、未だに生きているのはサジェッツァ・アスピデアウスしかいない。


 奴等は本当にしっかりと排除しつくしたのだ!


 素晴らしい目だ!


 こうして、自らは寡頭制を批判しておきながらアレッシアに於ける唯一の英雄と成りあがったのだから。本当に拍手を送りしかありませんよ」



 行動に関しては、事実である。

 サジェッツァ個人の感情では違うであろうことも知っていた。一方で、アスピデアウス派と言う巨大な組織に属する者達が、この責任をサルトゥーラを始めとする者達に心のどこかで押し付けることも知っている。


「エスピラ・ウェラテヌスを凱旋式に参加させなかったのは、父上はアレッシアに対して刃を向けることが無いから。即ち、排除ができないからこそ影響力を下げたのです。その上でマルテレス・オピーマにぶつけることを元老院の総意とし、公的に父上を暗殺した。これも否定しきれるモノではありません」


 嘘だ。

 知っている。

 父は母のためなら誰よりも簡単にアレッシアを捨てただろう。無論、即座に剣を手に取ると言う訳では無く、逃げ続ける選択を取ったとも思う。



「第二次ハフモニ戦争以降、最も得をしてきた人物はサジェッツァ・アスピデアウスだ!」



 大きく吼えた。

 右手を真っ直ぐに伸ばし、エリポスの方向へ指をさす。大きな声で。静まり返る会場を受け止めて。


 そうして、ゆるりと腕を自身の下へと戻していった。



「ですが、私は否定しましょう」



 静かな声で。

 静かな元老院に十分な声量で。


「第二次ハフモニ戦争後に父上を排除したのは、間違いなくサジェッツァ・アスピデアウスの意思。失策です。しかし、暗殺の意思は無かった。戦力的に考えて、父上しかいなかったと岳父殿は考えたにすぎません。私は良く分かっています。


 ウェラテヌスとしては半島での戦いが最も被害が少なく勝算が高いと考えていました。

 アスピデアウスは半島での戦いで荒れることを嫌い、軍団の被害と敗北の可能性を承知で半島外での決戦を望みました。


 その考えの違いがあっただけ。

 父上の暗殺を義父上は考えていまません。


 正しい評価をしなくては、第二次ハフモニ戦争後の仕置きと同じになってしまいます。


 繰り返してはなりません。

 あの不平等な結論を。


 繰り返してはいけません。

 アレッシアを割る戦乱を」



 静かな声は此の後も。

 しかし、声量は明確に上げる。


「正さなければなりません」


 胸はしっかりと張った。


「歪み切った現状を!」


 張り上げた声は、最早議長も独裁官も関係ない。

 誰が主導権を握っているのか、明確な声であった。

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