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私だけが知っている、私なら知っている

「そりゃ勝手に入るってもんだよ。私がディファ・マルティーマで頑張っている間に何借金してるのさ。蔵が空になるじゃないよ。借金だよ。父上も母上も叔父上も兄上も借金だけはしなかったのにお兄ちゃんは簡単にあんなふざけた額の借金こさえて。


 どうするの? 五人も子供がいるんだよ。メルアさんも何不自由、いや、不自由ばかりだったけどその気になれば何不自由ない暮らしができたセルクラウスのお嬢様なんだよ?」


「その子供たちの前でする話か?」


 静かにしつつもまくしたてた妹に、エスピラは呆れた調子で返した。


「子供たちに話せないと思っているならしない方が良いよ」


 今度はカリヨが呆れた調子で返してくる。


「心配するな」


 言って、エスピラはマシディリの頭を撫でた。

 ユリアンナはピンと来ていないのか、エスピラの膝の上で動きを止めている。


「そうよ、マシディリ。私は別にお兄ちゃんを責めている訳じゃないから。むしろウェラテヌスとしては正しい行動だと思っているの。ウェラテヌスが蓄財をするのはアレッシアの窮地に使うため。借金は正直行き過ぎだと思うけど、お兄ちゃんは間違ってない」


 カリヨが優しい声で腰をかがめた。


「ならわざわざ飛び込んでくるな」


「お兄ちゃんに対して言うのとは別でしょ。どうせ陰口以外では誰も咎めないんだから。いい? 借金だけは本当は駄目だからね。分かってる?」


「妹が立派に育って嬉しいよ」


 言って、エスピラはユリアンナの脇を抱えてカリヨの前に出した。


 ユリアンナの顔がすぐに下、胸部の方に行ったので何も言わずにエスピラは自身の元に戻す。


 カリヨがユリアンナでは無くエスピラに良い笑みで、綺麗に作られた笑みを向けて顔を横に傾けた。


「ユリアンナは、どこでそう言うのを覚えてくるのだろうな」

「次は許さないからね、お兄ちゃん」


(私のせいではないのだが)


 子供の教育の責任を誰が取るのかと言えば親なのだから自分か、とエスピラは諦めた。


 問題を引き起こしたユリアンナはエスピラの膝から降りてマシディリの手を引っ張っている。マシディリは引っ張られつつもメルアに固定されたまま。


「お兄ちゃんよりモテているね」

「私に似たから人気があるんだ」

「うわ」


 本気で嫌な顔をしながら、カリヨが粘土板を一つ、体を引いて腕を命一杯伸ばす形でエスピラに渡してきた。


 エスピラはもう一度溜息を吐きながら粘土板を受け取る。


「今なら半分くらいは返せると思うんだけど」


 書いてあるのはディファ・マルティーマにあるティバリウスの蔵と、各種遺言などもあって増えたアレッシアにあるティバリウスの蔵の内、ジュラメントの属する一門が使える蔵に入っている財。


 カリヨが渡してきたと言うことは、カリヨが自由に使っても良いとなっているのだろう。


「ジュラメントは?」

「支度金の準備はしないって」


 支度金は結婚の時に家に入る方が用意するお金である。

 ただし、離婚するときはそのお金を全て返さないといけない。


「誰の判断で?」

「夫の判断で」


 エスピラは小さく頷いた。


 後ろではユリアンナが「だれのはんだんで?」と繰り返していた。「しー」と言うマシディリの声も聞こえてくる。


「腹さえ決まれば行動は振り切っているんだがな」


「これからはちゃんと私が叩くよ。まあ、確かに今はお兄ちゃんが最高神祇官を超える権力を手に入れたからって言う見方になっちゃうんだろうけどさ」


「一時的なモノだ」


 神祇官が最高神祇官からの干渉の一切を受け付けないと言うのは、儀式が全て完了するまでの間だ。


 保身のために、否、政治的な権力と引き離すために大げさに政治から離れようとして、自分から関わることをやめようとしたアネージモはタヴォラドの言うことをしっかりと聞いているから、と言うのもあるが。


「どうするの? 最高神祇官は政治的な役職じゃないはずなんだけど?」


「これは政治じゃない。最高神祇官がさぼったのは巫女を守ることで、神祇官が行うのは神への祈りだ。政治に持ち込んだのは独裁官であるタヴォラド様。最高神祇官自体には政治的な力は無いよ」


「一つ、今後のための確認なんだけどさ」


 カリヨの目がマシディリを映したように動いた。


「土地や立場、セルクラウス当主と言った政治的な力になり得るものは基本的にタヴォラド様が継いで、闘技場とかの宗教的なモノはお兄ちゃんが継いだよね。しかも、処女神の神殿とも仲が良くて他の神殿からも好評。もしかしてだけど」


「タイミングがあえばな。世襲では無いが、今や豊穣神に対してはウェラテヌスが一番祈りを捧げている。財務的には損を出してまで闘技大会を挙行しているしな」


 逆に言えば、政治的な部分に対する力をあまり持たないように、と言う釘刺しなのかも知れないが。


「本当に世襲じゃないの? 男の子は三人いるけど」

「選挙で決まるモノに世襲は無い。まあ、タイミングがあえばそう言った形にもなるがな」


「じゃあ、リングアを予約しておくね」

「まだ二歳の子供だ」


 だが、もしもウェラテヌスがディファ・マルティーマ系列のティバリウスを乗っ取れるのならば悪い話では無い。


 エスピラとしては嬉しいし、嫁いだはずの妹はその未来を描いているのだろう。


 あるいは、ウェラテヌスが毎回家運を懸けないような、ある程度分散した土台をつくることか。


 蔵が空になって苦労したのはエスピラだけでは無く、カリヨもそうなのだから。


「アグリコーラはどうするの?」

「誰が落とすかによるな。普通ならば植民都市が周りに作られて監視下に置かれるだけだと思うが、人によっては街を引き倒し、全ての住人を奴隷として売りさばいて更地にしたうえで新しい都市がつくられるかもな」


「そっちの方が嬉しくない?」

「滅多なことを言うな」


「でも、ナレティクスが入ったってことはあの街自体が建国五門の面汚しだよ。歴史から消そうよ。と言うか、消して。ね。可愛い妹からのお願い」

「自分で可愛いとか言うな」


「自分で女性人気があるってお兄ちゃんも言っているじゃん」

「おねーちゃんはかわいいもん!」


 ユリアンナがエスピラの背中に突撃してきた。

 思わずエスピラが前のめりになる。


 マシディリが「こら」と妹を咎める声をだし、直後にエスピラに謝ってきた。


 問題ないよ、とエスピラは優しく愛息に返し、愛娘は両手で捕まえて膝の上で固定する。きゃ、きゃ、とユリアンナがエスピラの膝の上で暴れだした。


「建国五門として一括りにする人もいる。そう言う人を黙らせるには、やっぱり同じ建国五門が徹底的に潰すべきだと思うな。『アレッシアは剣でお返しする』のだから、アグリコーラには一欠けの寛容も与えちゃいけないと思うよ。

 そう言えば、テュッレニアのナレティクスには今年生まれた女の子がいたね。その上は男の子ばかりだけど、必要かな」


「カリヨ」


「建国五門の責任は軽くない。

 ウェラテヌスが、お兄ちゃんが大事な子供たちにいわれなきことを言ってきた愚衆をそれでも見捨てずに、借金までしてアレッシアに尽くしているのに。それなのにナレティクスは酒池肉林を楽しんだうえで裏切ったのよ。

 ベロルスを使う寛容性は良いけれど、それをナレティクスには見せないでね」


 はあ、とエスピラは三度目のため息を吐いた。


「エスピラが寛容?」


 メルアの声が聞こえた。


 振り向けば、布団に寝っ転がったまま目をしっかりと開けている。


 ゆっくりとマシディリのお腹に回っていた手が息子の両耳を塞いだ。

 エスピラもユリアンナの両耳を塞ぐ。


「トリアンフの兄上は、面白い最期だったわ」


 小さい声で、滴り落ちる悦を含んだ声をメルアが出した。

 すぐに手がマシディリから離れる。エスピラもユリアンナを解放した。


 なんのはなし? とユリアンナが立ち上がってエスピラの服を掴む。エスピラは頭を撫でてごまかした。


 カリヨは口を結んで、メルアとエスピラを一度ずつ見た。


 トリアンフは惨殺体として、罪人と同じように川に投げ捨てられた姿が発見されているのである。


「心配するな、カリヨ。ナレティクスはもうウェラテヌスと同列に扱われることは無い」


 カリヨが表情をやわらげた。


「メルアさんを信じるよ」

「兄を信じて欲しかったな」


 エスピラの軽口に、カリヨは笑って部屋を出ていった。

 マシディリが離脱しようとする気配を感じて、エスピラは手を伸ばした。


「すみません、父上。私はまだ素振りが残っておりまして」

「そうか。それはすまない」


 エスピラが手をどける。


 下りたマシディリの隙間を埋めるようにユリアンナが喜んでメルアに抱き着いた。メルアが受け入れて、ユリアンナを抱きしめる。ユリアンナも嬉しそうにメルアに手を回して笑っていた。


 メルアもやわらかく笑って、それから目を閉じる。


「夜寝れなくなるぞ」


 これ以上昼寝するつもりなら。


「どうせ寝れないわよ」


 メルアがユリアンナの目に手を当てて、瞼を閉じるように促した。

 ユリアンナが母に従って目を閉じる。


「悪かったな」

「別に。……悪いなんて言ってないけど」


 顔を布団に埋めながら言うと、メルアもユリアンナを抱きしめてまた目を閉じた。


「ねえ、エスピラ。物で気を引いても子供の心は手に入らないわよ。……貴方には言うまでも無かったかしら」


 エスピラの目が動いた。口は開かない。

 それからエスピラは手を伸ばし、メルアの頭を撫でたのだった。


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