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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十一章
1659/1715

かわいい

 マシディリの背中に張り付いたソルディアンナがマシディリに抱き着きながら手を前に出して拍手している形だ。


 姉上、とリクレスがやや冷たい目を送る。


 も、直後のフィチリタの素直な感嘆の声に気恥ずかしさがかったらしい。誤魔化すように、半島東部は港街として、と繰り返し、防御が薄い理由を語っている。


「それから、オルニー島とカルド島に似たような地形はエリポスと東方諸部族の間にもあります。

 リントヘノス島とエレスポント島を始めとする諸島群。これらは、歴史的に見ても東方の巨大国家とエリポス圏での対立地帯となってきており、この諸島群を手にしたモノが攻勢に転じています」


 その通りだよ、と視線を向けて来た愛息に対して頷く。

 リクレスも頷き、地図に顔を戻した。


「この島々の領有にはカナロイアが乗り出し、今はユクルセーダを始めとする東方諸部族との支配が入り乱れている状態、島によってはカナロイアの接収が続いています。南部へと進めば、マフソレイオが領有している島々も浮かんでいる状態です。


 しかし、父上は東方にも目を向け、力を入れようとしている。


 アレッシアが強大な国家であるには、カナロイアとマフソレイオと言う二大海洋国家の協力が必要不可欠なのです。同時に、彼らがアレッシアに不当な要求をしないための布石もじいじと父上は既に打ってあります。


 ボホロスから獲得した穀倉地帯と南下したところにあるイペロス・タラッティア、そしてビュザノンテン。


 東方世界とエリポスを貫く刃です。その切っ先は、マフソレイオにも向いているようにも見えませんか?」


 紙の右上から真ん中下へ。リクレスが、ボホロス、イペロス・タラッティア、ビュザノンテンと繋ぎながら剣を描いた。


「正直、父上の東方遠征以上の物資と軍団を東方に派遣することは今のアレッシアでは難しいモノがあります。だからこそ、マフソレイオが強固な底となりアレッシアの拡大を防ぎ、カナロイアの怪しい態度が東進を躊躇わせる材料となる。


 そうして、父上はアレッシアの行き過ぎた拡大を収めるつもりなのでは無いかとも風呂につかりながら考えています」


「のぼせるよー」

「姉上。茶化さないでください」


 む、とリクレスが頬を膨らませる。

 ごめんねぇ、とソルディアンナの声がマシディリの首の後ろにぶつかった。


「昔、父上がマフソレイオに島を割譲したのも、このためだよね」


 フィチリタがこぼすように言った。

 だと思います、とリクレスが同意する。


(マフソレイオを守るため、でもあると思いますが)

 ズィミナソフィア四世が父の子であるとは、マシディリは言うつもりは無い。墓まで持っていくつもりだ。


「隻眼の伯父上も、この構想自体は理解していると見た方が良いと思います。マフソレイオを刺激せずにイペロス―ビュザの剣を奪うためにエリポス西岸を固め、船を奪い、父上の影響力を削いだ。あとは、穀物庫となったボホロスに胃袋を掴まれず、むしろ主導権を得るための持久戦。だから、父上が既にボホロスに対しての攻撃命令と麦薙ぎをメクウリオ様に銘じている。


 五分と五分。

 父上がディティキを取り戻すのか、隻眼の伯父上が守り抜くのか。

 父上がビュザノンテンを守り切るのか、隻眼の伯父上が抜くのか。


 カナロイアの内部分裂にどう介入して行けるのか。父上はエリポスに作られている包囲網を打ち破れるのか。隻眼の伯父上は父上が固め始めた東方諸部族を切り崩せるのか。


 全て、半島から水路で行った方が近い場所での出来事。

 戦闘に用いずとも、船の総量がどれだけあるのか、どれだけ作れるのか、水夫の技術と知恵があるのかは、勝敗にも大きな影響を与えると思いました。


 だから、オピーマがウェラテヌスの下にいて、忠誠心を抱いていると見せるのは趨勢を左右すると言っても、少ししか過言では無いと思います」


 今度は、女性陣が二人とも拍手する。

 リクレスが小さく頭を下げれば、すぐにフィチリタの手が伸びて来た。わしゃわしゃ、とリクレスの頭を撫でている。


「すごいね!」

 元気で素直なひまわりの声。


「純度の高い父上の弟子ですから」

「おお」


「私の子供達は人を喜ばせるのが天才的だからね」

「父上大好きー」

 ぎゅー、と言いながら、ソルディアンナがますます引っ付いてきた。


「私も好きだよ」

「えへへー」

 姉上のは違うと思う、とリクレスがこぼす。手は、再び地図。半島の端。


「父上のプラントゥム遠征の間、アビィティロが行っていたことはメタルポリネイオなどの掌握。これは、イペ―ビュザのような剣を半島に生まないため。隻眼の伯父上が行っていたことは、練兵と最低限の対策。エリポスがやっていたことはリングアの叔父上の争奪戦。

 まずは、エリポスを飲み下すつもりですか?」


 フィチリタにも説明を、と言うことだろう。

 そう判断し、ソルディアンナを背負ったまま重心をやや前に出す。地図に書き込むことを決めた訳では無いが、葦ペンも手にした。


「状況によっては、かな。

 ドーリスに対しても情けをかけるつもりは無いからね。リクレスの地図を見れば分かる通り、エリポスにはカナロイアさえいれば良いよ。ユクルセーダと隣人になり過ぎると関係が悪化しかねないし、それはマフソレイオにも言えるからね。まあ、エリポスにもカナロイアを睨める存在は残しておきたいけど。


 兎も角、適度に睨み合い緊張を維持しながら、アレッシアの内部をまずは強靭に変える。何十年とかけようとも、ね。


 そうすれば、ようやくさらに大きくするかどうかの選択が出てくるさ。

 最終的には制度化された仕組みが欲しいけど、適度な緊張を持つ関係の維持は仕方ない。まだ個人の資質も使うよ」


「アフロポリネイオへの容赦は元から無いのですか?」


「無いね。状況次第だけど、見せしめにするならまずはアフロポリネイオかな。雪辱のためにもね。

 それから、クーシフォスには何かあれば話すし、言いにくいことはフィチリタにも共有するよ。もちろん、チアーラにも伝えては行く。でも、モニコースには言わない。ロチュルの陰謀を私に伝えず、私の命を狙う計画を放置していたことはゆるぎない事実だからね。


 だから、クーシフォスとサビナの子供達を外に、と言うことであれば、私の希望としてはドーリスやアフロポリネイオの名門に入れて欲しい、と言うことも伝えておくよ。ティツィアーノ様について行った者達を許す条件としてエリポスに留め、アレッシア化を進めることもするつもりだしね。彼らの家族や奴隷、被庇護者も移して、内側からの侵略も続けるよ。


 まあ、ティツィアーノ様も父上の弟子だし、私の考えは読んでくるだろうね。クイリッタも、アビィティロも。きっと、私の戦略を分かった上で動けるよ」


 本当に、と口が止まらなかった。

 マレウスめ、と閉じた唇からこぼれてしまう。ばき、と手の中で音がした。


「父上。怖いよ」

 リクレスが小さく言う。

 手を見れば、葦ペンが砕けてしまっていた。赤い光もちらりと見えている。


「ごめん」


 リクレスが首を横に振る。

 目に怯えは見えない。肌の色もいつも通り。体に震えも無く、手も隠してはおらず、足も閉じていなかった。


「あ!」

 唐突な声はソルディアンナ。


「私の蜂蜜が無い!」

「山羊の乳だよ」

「父上、かわいい娘からのお願い。ね。私の分も欲しいなあ」


 リクレスからの声を聞こえないふりして、ソルディアンナがマシディリの背中から外れた。代わりに手を取り、引っ張ってきている。


「私が行くよ?」

 立ち上がったのはフィチリタ。


「叔母上は父上に会いに来たわけじゃなくて、リクレスの勉強を見に来たって言い訳の方が良いでしょ? ね、父上。おーねーがーいー」


 苦笑し、愛妹と目を合わせる。

 フィチリタも笑いながら、腰を下ろしてくれた。やった、と小さく喜ぶ愛娘に手を引かれながら、部屋の外へ。にこにことしながら、ソルディアンナがさりげない動作で乳母たちに遠ざかるようにと指示を出す。愛娘自身は、引っ付くようにマシディリの傍へ。


「リクレスも可愛いね」

「……そうだね」

 額面通りの意味でありつつ、違うと思いながら。


「母上が繋ぎ止めたアスピデアウス派の一部に武装を認めて半島の守りに回そうとしているって聞いたよ。でも、集まるのは荒くれ者よね。そして、狼藉者は許可を取らずに処罰して良いと言う臨時の法が今のアレッシアにはあって、神への誓書もある。


 誰をも上回る武力を持っているのは、最高軍事命令権保有者である父上。納得できる家格を持っているのも父上。問題解決へと間を取り持って誰もが納得せざるを得ないのも父上。


 その気になれば武装させた者達を合法的に丸ごと排除して、父上の権限を強めることができる。加えて、オピーマの個人的な武力は大きな脅威。でも、父上はクーシフォス様を連れて行くことにした。


 それって、信頼の証よね。

 でも、父上による一頭制のことは伝えたくないから、フィー姉には言わない方が良い?」


 ソルディアンナが、大きな目で純粋に見える瞳で見上げてくる。

 姿は可愛い。

 頭脳は頼もしい。

 声も、愛らしい。


「流石だね」

 世界で二番目に良い女になれるよ。べルティーナの次に、ね。


 そう言えば、ソルディアンナが「もー」と、くねくねし始めた。

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