墓前に誓う
「私への死の予言は、半島の誰もが知っているそうです。ティツィアーノ様と今でも繋がっている者がいるのでしょうね」
ため息のように息を吐く。
冬に於いて、体に力を入れないと言うのは一種の寒さ対策だ。寒さのためでは無いとしても、結果的に良い力の抜き加減にはなっている。何より、風の入らない石室と言う性質上、夏は涼しく冬の寒さは和らぐ場所なのだ。
「子供達を思えば嬉しくはありませんが、こちらもはっきりと色分けできるので悪い話ではありません。フィルノルド様はこちらを疑いつつも皆からは疑われていますので少々厄介ですが、パラティゾ様がいますから。パラティゾ様とはべルティーナ伝手で直通の線も維持しています。
きっと、フィルノルド様が納得できるだけの状況を作るまでもたせ、納得させますよ」
フィルノルドが噂を流したのでは無いかと言う話をフィルノルド自身が否定できないのは、マシディリの利になる話になるから。即ち、フィルノルドがその時だと認めてしまったかのように取られかねないから。
フィルノルドが疑ってきているのは、自身が疑われている状況を作り上げて言質を引き出したいのでは無いかと深読みしているから。
対し、マシディリも直接フィルノルドの下へ赴くわけにはいかない。
故に、パラティゾを使い、イーシグニス周りも使って宥めている状況だ。
「ティツィアーノ様としても新兵の士気を下げ、エリポスの士気を上げるための言葉でしょうね。あるいは、半島を直接狙うための一手かも知れません。もちろん、そう考えさせるための手かも知れませんが」
苦笑し、墓に手を伸ばす。
冷たく、硬い。
知っている父とは全く違う感触だ。父はいつも温かく、やさしかった。死の直後もあたたかく、表情も。
ぐ、と手に力を籠める。
「どこまで想定内でしたか?」
静かに言いながら、手のひらを墓に押し当てた。
他の音は無い。
静かで、どんどんと手のひらから熱が消えていく。
「皆は父上は全て想定していたと言っています。まさに神であると。そして、私は神の子だと。
この流れは止まらないでしょう。クイリッタが殺されたことも、父上の神格化の後押しになっています。そして、私は最強だと。
笑える話です。
私より強い者など、たくさんいました。
マールバラ。イフェメラ様。マルテレス様。バーキリキ様。オプティマ様。
ふふ。皆、私が倒してしまったのですが、おかしな話ですね。
無論、アグニッシモも私より強い者に名を連ねるでしょう。ティツィアーノ様だって、何やら私なら勝てると皆が言っているそうですが、結果がどうなるかは分かりません。
誰も本質など見てはくれない。
そう感じることは、父上も多かったのではありませんか?」
父の墓から手を離す。
すぐ隣にある母の墓に向け、すみません、とすぐに謝した。私のべルティーナが私を理解してくれていないとは思っていません、とすぐに付け加える。
でも理解者は減ったよ、と両親では無いところにも向け。
「私は神の子ではありません。
父上と母上の子。それ以上でもそれ以下でもありません。父上が神と祀られることを嫌っていることも知っています。
ですが、申し訳ありません。
多分、その内父上は神格化されます。一人にはしません。私もいずれはそこに押し上げられることになるでしょう。
無論、私が勝てば、の話。
私が負ければ、ウェラテヌスに待つのは没落の一途。全ては無駄になります。
ティツィアーノ様、ボダート、スキエンティ。既に父上が残してくださったモノの多くを私は取りこぼしてしまっています。クイリッタも、私の責任。
父上は父上の理想とするアレッシアを実現できるだけの手筈を用意してくれたのでしょうが、私はその出力の全てを使うことはできませんでした。
皆、父上が育てた者達。師匠やお義父様が育てた者。
私はそれらをすり減らしながら使っている。
アレッシアは急に拡大しすぎました。計画無き拡大とも言えます。保っているのは、偏に権力者の才覚によって。
父上、サジェッツァ様、アルモニア様。他にも多くの方がいたからこそ。
それでは、何時までも維持などできません。
それならば、父上の遺してくださった人財のいるうちに、私がアレッシアを腹のうちに収め、制御いたします。
申し訳ございません。
それを謝しに参りました。
しかしながら、それこそがアレッシアのためであり、アレッシアの繁栄のためだとも信じています。
アレッシアが消えれば、誰がアレッシア人を守ると言うのですか。
エリポス文化が侵入してくれば、どこまでがアレッシアだと言うのですか。
今日のアレッシアがあるのは、アレッシアの歴史と風土があればこそ。他国の真似を思考停止でするような者達が増える環境を作り上げてはいけません。
軍団と同じく、制度化された運用形態を。
今の個々人の才覚に頼る最強の軍団はアレッシアの結論ではありません。国家も同じ。ひとまずは、この領域を維持できるだけの制度を、人の才覚に頼らない制度を。そのために今は個人の才覚に委ねられようとも。
そのためにも私がアレッシアを肚の内に収めます。
認めてくださるのであれば、私に加護を。変わらぬ愛を。
それは違うと仰せなのであれば、予言こそが真実。受け入れましょう」
目を閉じ、膝を曲げた。
静かな空間にマシディリ自身の衣擦れの音だけが零れ落ちる。
たっぷり三秒。
その後に、マシディリは膝を伸ばした。
花や酒と言った供え物を整え、静かに墓から離れる。
「次は、ウェラテヌスの次期当主を伴って参ります」
最後に、端にある小さな棺、分骨された墓へ。
「クイリッタ。私は、まだクイリッタがそこにいることになれないよ」
力無き声であるが、十分に聞こえてしまうほどの静けさは霊廟に残っていた。
やはり愛弟の墓にも視線を注ぎ続けてしまった後で、父と母の霊廟を後にする。少し歩けばアルビタが近づいてきて、レグラーレも松明を手にマシディリの前に立った。
無言で、外へ。
星々は煌めき、無用なほどに晴れ渡っている。
その夜の闇の中で、来た時とは違う道、少しだけ入り組んでおり、周囲から視認しづらい場所へとレグラーレが逸れていく。
「お久しぶりでございます」
影から聞こえた声は、被庇護者のモノ。
「久しぶりですね、ナヴィス」
ナヴィス・ウェラテモス。
名の通りだ。ウェラテヌスの曾祖父が解放奴隷に与えた姓を持つ、ウェラテヌスと近しい被庇護者である。
「ユリアンナ様から手紙を預かって参りました」
ナヴィスが丁重な動作で羊皮紙を取り出した。頭をさげたまま、恭しくマシディリに差し出してくる。
受け取り、開けばレグラーレが松明を近づけてくれた。
「ユリアンナ様は、マシディリ様が帰ってくる時期のみを気にし、間に合うようにと急いでいるようでした」
「それは悪いことをしたね」
言いながら、口角を持ち上げ唇を濡らす。
最高の情報だ。
ともすれば、多くの勢力に対して切り札となり得る情報である。
「カナロイアには?」
「無論、露見しておりません」
「戻るかい?」
「いえ。私は、カナロイアの内部機密に精通しすぎたために殺されたことになっておりますので、このまま匿っていただけたら幸いです」
「もちろん。しばらくはウェラテヌス邸に身を隠していてください」
ふふ、と笑い、羊皮紙を懐にしまう。
(なるほど)
なるほど。
思い起こすのは、昼間の出来事。ユクルセーダからの使者。
関わっているのか、いないのか。どちらでも構わない。ただし、マシディリが優位に立てたことに違いは無かった。




