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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1652/1716

『怒涛』の終わり。『最大』の始まり。

 怒涛の三か月。

 船の中での記憶がほとんど無いほど眠りこけていたが、マシディリのやるべきことはむしろ此処からだ。プラントゥム遠征は、準備に過ぎないのである。


 本番は、ティツィアーノと相対するエリポス遠征。

 それにて、アレッシアに於けるウェラテヌスの地位と世界に於けるアレッシアの地位を確立させなければならないのだ。


(国を割るのは、愚か者のやること)


 自分が、最後の愚か者と成る。

 その決意はとうに固まっていた。


「兵を出来る限り船の上に立たせてあげてください」

 しかし、今は鉄の決意も奥底に押し沈め、おだやかな声を伝播させた。


 出迎えがあると言うのだ。

 当然、マシディリも船旅を休息に当てていても、到着前に衣服は整え、身を清めている。


 凱旋だ。

 勝者の軍団なのだ。

 例え勲章であったとしても、泥だらけで髪も整っていない髭も伸びるがままの有様では、敗者と瓜二つなのである。


 故に、何と言われようと、身は整えてアレッシアに入る。

 今回は出迎えが港まで来ているのなら、港に入る段階からある程度は晴れやかな軍団で無いといけないのだ。


(さて)

 目を閉じ、旗艦の部屋の中で止まるのを待つ。


 外からは既に歓声が聞こえてきた。予想以上に大きな声である。テラノイズとスィーパス。アレッシア人を討ってしまった戦いだと言うのに、少々不安になるほどの歓喜の声だ。


 ソルディアンナの言うことは否定しない。

 マシディリは、寡頭制あるいは独裁制を望んでいる。


 しかしながら、唯々諾々とウェラテヌス万歳、マシディリ様に従います、と言う展開は望んでいなかった。きっと、これからも望むことは無いだろう。


(どうしましょうかね)


 あくまでも、アレッシアのために。


 それは前提条件。それこそが胸を張って生きるための土台。その上に家族への想いを積み上げてきたつもりだ。


 ただ、船はマシディリの迷いをくみ取らない。

 兵にも出迎えの者にも疑問を抱かせることなく動き続け、ついに接岸したかのような音と共に止まるのみ。


 マシディリは、自身の右手を見た。


 握りしめ、開き、握りしめ、開く。


 何も変わらない。自分の意図と視界に差異は無いのだ。


「行きますか」

 護衛であるアルビタに言ったようでいて、自身を叱咤したような小さな声。


 そうしてマシディリは、船内から甲板へと堂々と登っていった。

 出迎えと成るのは、大歓声。


「最高軍事命令権保有者、万歳!」

「万歳!」


 そんな声が沸き上がる。

 危険かも知れない。


 それでも、まずは手を振って応えた。応えると同時に、最前列に陣取っている子供達を見つける。


 ソルディアンナは実の姉妹のようにアウセレネと手を繋いで。

 リクレスは背筋を伸ばして年齢以上にしっかりと。

 ヘリアンテはフェリトゥナと手を繋いで幼い妹がいなくならないようにしているが、とうのフェリトゥナは人の波に気圧されているのか、姉の服を掴み乳母の姿を何度も確認していた。


 そして、子供達の全員が新しい防寒具を身に付けている。


 ウェラテヌスの財はべルティーナも使えるようにしているのだ。愛妻は、浪費などしない。むしろ良いところで使ってくれると信じている。


「ちちうえ!」


 ソルディアンナが、そう叫んだ気がした。アウセレネと手をつないだまま、両手を挙げている。


 マシディリも顔をほころばせ、政府高官としての顔では無く父親としての顔で船から降りた。


 ソルディアンナの防寒具には、橙色の華の刺繡が施されている。SとWの刺繍もついていた。よく見れば、リクレスには盾と槍が合わさった図。ヘリアンテは桃色の花。フェリトゥナは青い花が施されている。


「ただいま」

 やさしく言えば、姉兄を追い越してフェリトゥナが突進してきた。


 覚えていてくれたことが嬉しく、勢いの良過ぎる突進を受け止め、抱え上げる。視線はより一層集まった気がした。フェリトゥナも感じ取ったのか、持ち上げられた瞬間にむずがり、暴れ出してしまう。


(仕方がありませんが)

 表情の維持に努め、愛娘を地面に戻した。


 慰めは、フェリトゥナもすぐには離れずにマシディリの服の裾を掴んだままだったこと。

 愛らしい姿である。


「じゃーん」

 ぴょん、とソルディアンナが前に出てくる。


 両手には、首に巻いている防寒具を掴んでおり、マシディリに見せつけたいと言う意思がありありと伝わってきた。


「良い防寒具だね」

 もちろん、本心から。

 非常に綺麗に作られているのが良く分かる、出来の良いモノだ。


「ソルディアンナが作ったのかい?」

「ううん」

 首を横に振ってはいるが、ソルディアンナはにっぱりとした笑みを浮かべていた。


「母上だよ!」

「べルティーナが?」

「そう!」


 どう? どう?

 とソルディアンナが前進してくる。


 マシディリも完全に頬を上げながら、ソルディアンナの防寒具に触れた。


「羨ましいね。私ももう一回作ってもらおうかな」


 でも、これも私の誇りだよ、と身に付けている防寒具にも触れる。

 むふー、と言わんばかりにソルディアンナが微笑んだ。


「あのねあのね」

 ちょこん、とソルディアンナが口元を隠しながら近づいてくる。マシディリも完全に膝を折り、耳を愛娘に近づけた。


「母上も父上のための新しい防寒具を作っているよ」

「本当かい?」

「うん。すごくきれいなの。でも、やっぱり作り直そうかしら、って言ってたよ」


 こう、持ったのにまた戻したりしていたの。と、ソルディアンナが推定べルティーナの物まねを行った。多分、大袈裟に表現している。でも、べルティーナならやりそうだとありありと浮かぶ動作である。


「べルティーナはやると決めたらやり通すからね。私としては、気持ちの籠った物の時点で十分なのだけど、こだわって右往左往しているべルティーナも眺めてみたいよ」


「可愛いかったよ」

「知っているとも。誰よりもね」


 おお、とソルディアンナが楽しそうな声をあげた。アウセレネも微笑んでいる。

 心なしか、周囲からの視線の圧も減った気がした。減ったのは、婦人の視線だろうか。


(なるほど)

 もしかしたら、べルティーナが動いてくれていたのかもしれない。


 防寒具をもっとうまく作れるようになりたいと思ったのは事実だろう。不器用だが、妥協したままで終わりたくない性分なのが愛妻だ。その愛妻の努力を多くの婦人が知っている。あるいは、教えを請うたのか。その中でウェラテヌスとアスピデアウスの仲の良さも伝え、政治を展開している可能性もある。


 確かに当主であるサジェッツァも、きっての武官であるティツィアーノもエリポスだ。

 しかし、こちらには次期当主筆頭候補のパラティゾがいる。残ったアスピデアウスも多い。


 決して、ウェラテヌスとアスピデアウスの争いでは無いのだ、と。そう認識させつつ、アレッシアに残ったアスピデアウスとウェラテヌスの融和を図ってくれたのだ。


 もちろん、聞いてはいない。

 でも、愛妻ならやりそうであるし、やり遂げられる実力もある。


「早くべルティーナに会いたいね」

「カリアダとお留守番しているから、今日は私達と一緒ね」


 ふふ、と楽しそうにソルディアンナが笑う。

 抱っこ、とフェリトゥナがマシディリをゆすってきた。末の愛娘のわがままに従い、抱き上げる。


「マシディリ様」

 アルモニアが訪ねてきたのは、観衆もまだいる内に。

 しかし、アルモニアの登場によって場は水を打ったように静かになった。


 誰もが、マシディリとアルモニアに注目している。それは、最初に行われた儀礼的なやり取りを見たいがためでは無いだろう。


 むしろ、その後が本題。

 元老院からの連絡をお伝えいたします、から始まる言葉。


「アレッシア到着後、マシディリ様には一日の時間の後に三日間の完全休養をされますよう、願い奉ります」


 理由は、すぐには分からない。

 だが、『是』以外の返事がしようも無いのも事実であった。

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