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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第四十章
1651/1718

ストゥルトゥース・プラントゥラ

 押し付けたスィーパスの顔に、マシディリも顔を近づける。



「自分の弟を利用してまで自身が持ち上げられやすい人物だと見せかけたな。最初からお前が武勇を誇りマルテレス様の次男として振舞っていれば弟達が暴走をすることも無かったのに。


 お前がフラシ遠征でしっかりと父上の戦略通りに動いていれば、フラシの連中がつけあがることも無かった。アレッシアを分断するように動くことなく、従順な国家であり続け、フラシ人の死体ももっともっと少なかったさ。


 お前がフラシで抵抗を示さなければ、クーシフォスとルカンダニエが心を切り裂かれ血を流しながらマルテレス様を襲うことも無かった。マルテレス様がアレッシアを離反することも、インテケルン様やオプティマ様が剣を抜くことも無かった。


 弟達も、無事でいられた。文句を言うだけの存在のままだ。


 お前に聞く耳があればフィラエは生きていて、フィラエが生きていればまだ講和の道もあった。講和が無かったから、みんな死んだ。メルカトル、ヘステイラ。お前の義理の母と祖父だろう? 


 イエネーオス、ヒュント、アゲラータ。みんな前途有望なアレッシア人だった。


 お前が殺したんだ。


 父上もサルトゥーラ様も。


 お前が余計なことをしていなければ、フロン・ティリド遠征の必要も無かった。父上が生きていればフロン・ティリド遠征をしたところで内側にたくさん人がいた。



 お前が、クイリッタも殺したんだ。



 被害者面するなよ。

 全部お前が選択を違えた結果だ」



 首裏から手を離す。

 代わりに、冷え切った右手をスィーパスの頬に押し付けた。そのまま圧し潰す。


「返せ」

 より、力を強く。

「私の敬愛する父上と、親愛なる弟を。返してくれよ、スィーパス・オピーマ」


「兄上」

 小さな声は、怯える愛弟の声。初めて聞く声だ。


「殺してくれ」

 そして、スィーパスからも声が漏れる。


「殺してください」

 小さく、もう一度。


「ああ。殺してやるとも」

 躊躇いなくスィーパスを引っ張り上げる。抵抗なくスィーパスも立ち上がった。


 左足を引く。

 今にも崩れ落ちそうな男の腹部に、思いっきり膝を突き刺した。


 汚い声と共に男が後ろの壁にぶち当たる。


「もう何も選ぶな。お前の選択が違えば、まだ父上とマルテレス様が笑い合い、クイリッタとティツィアーノ様がいがみ合いながらもこれからのアレッシアを論じている。そんな『今』もあったはずなのに。お前が全て壊した」


 大股で近づき、うつむいているスィーパスの前髪を掴み持ち上げる。


「だから、もう何も選ぶな」


 今度は、地面へ。

 頭から投げ捨てるように。


「代わりに私が選んでやる。

 スィーパス・オピーマは今死んだ。

 お前はこれからストゥルトゥース・プラントゥラ、プラントゥムの愚か者と名乗りながら生き続けろ。良いな。これは、私の選択だ」


 背を向け、落ちたままになっているスィーパスの剣を拾い上げた。

 軽く払い、懐から出した絹の布で刀身を拭く。


「私は、アレッシアのために働いた者の功績を無駄にしようとは思いません。ストゥルトゥースの活躍には報いると誓いましょう。栄光も必ずや貴方にお渡しいたします。


 しかし、スィーパス・オピーマのままでは罪の面が大きすぎる。その名の回復には、栄光を得て再び捨てきるだけの覚悟が必要ですが、その判断だけはお返しいたしましょう。


 名は、大事ですからね。


 良いですね、ストゥルトゥース。私への返事は「はい」のみだ。そして、貴方の命をどうするかも私が握っている。貴方の自由になるモノは、全て私の許可を得た後に」


 剣を向け、スィーパスの腰に帯びたままの鞘に仕舞った。

 耳に唇を近づける。震えは感じず、熱も感じなかったが確かにそこに人がいる臭いはした。汗と土と血の臭いだ。


「私に従え。私に全てを任せろ。貴方に選択権は無い。良いですね」


「……はい」

 声は、小さく。


「良いですね?」

「はい」

 声は、無機質に。


「貴方の武勇はアレッシアの役に立ちます。そのこと、ゆめゆめ忘れぬように」


 アグニッシモ、アルビタ。ストゥルトゥースの見張りを。私は顔を隠す何かを見繕ってきます。

 そう言い残し、クーシフォスと共に洞窟を出る。


「サビナの件ですが」

 小さく切り出しながら、近づこうとする兵を止める。

 マシディリの傍にいるのはクーシフォスだけだ。


「あくまでもスィーパスの妻です。死んでもスィーパスの妻ではありますが、あの男はストゥルトゥース・プラントゥラ。どうするかはお任せいたします。兄であるクーシフォスから見てスィーパスのやる気が出るように差配してください。

 それから、サビナ自身への罰も軽減する可能性はあります。未亡人が再婚してはいけない法はありませんからね」


 すっかり鼻も冷たくなっているが、すすりはしない。

 一定の間隔で足を進め続ける。クーシフォスの足音や付随する金属音も同じ間隔で続いていた。


「かしこまりました」

 返事はしっかりとした声。


「ストゥルトゥースのやる気が出るように考えます」

 マシディリの足が止まりかけた。

 何とか、同じ間隔に近いモノを取り繕う。


「そうだったね」

 淡く、笑みを浮かべ。


「君が許してくれると、私は嬉しいかな」

 クーシフォスの顔は見ない。

 クーシフォスからの音も、変化は無かった。


「許すも何も。

 クイリッタ様はアレッシアのために奮闘し、理由なき刃に倒れました。エスピラ様は反乱軍の鎮圧に赴き討ち死にしております。


 一方で弟達は反乱に加担して討ち取られ、父上も反乱の首謀者となり親友殺しを行った結果、天に召されました。


 何もかも違います。許しを請うのはオピーマの方。それにも関わらず、フィチリタ様との婚姻を進めてくださったマシディリ様には感謝しかありません。だと言うのに、私は反乱に加担した者も討てず、ますます恥じ入るばかり」


 儀礼通りの言葉。

 だろうな、とマシディリの顎も下がる。雲が立ち込めたように、こめかみが重い。


「ですが」

 クーシフォスの足音が止まった。

 続けて、衣擦れの音。頭を下げたような音。


「どこまで堕ちようとも、私にとっては血を分けた親愛なる弟です。本当に、ありがとうございました」


 声に見られるのは、小さな震え声。

 マシディリは布を手にすると、鼻の下に押し当てた。息も吐き出し、手を温める。足はそのまま。止まることは、許されない。


「仮面は一つしか用意いたしませんよ」


 最後にクーシフォスに声を飛ばすと、マシディリはリベラリスの守る本陣に足を踏み入れたのだった。

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