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独裁官タヴォラド・セルクラウス

 九個軍団が壊滅したとはどういうことになるのか。


 それは、両隣の家族を探せばどこかは人を失っているのと同じと言っても差し支えなかった。


 悲しみの声が聞こえなくなることは無いし、一秒後には別の誰かが泣いている。

 まだ戻ってくるのではないか、生きているのではないかと門へ毎日通う者も居れば、神殿で食事もとらずに祈り続ける者も部屋を埋めるほどに出てくるのである。


 そんな中で臨時の元老院が選んだ独裁官はタヴォラド・セルクラウスであった。


 この難局を切り抜けられるのは誰か。その問いに、ほぼ満場一致であげられ、荒れ狂う海から流された船を取ってくるような役目を押し付けられたのだった。


 だが、経済的な困窮はもちろんのこと、反撃のムードを作りつつ暴発しないように気を付けないといけない。


 これは並大抵のことではない。


 そこでタヴォラドが一番初めに着手したのは喪の期間の短縮と順番を決めることであった。

 全員が一斉に喪に服してアレッシアの機能が停止するのを防ぐためである。


 次に新たな軍団の作成。


 と言っても、人はいない。軍団が壊滅したのだ。当然のことである。


 そのため、これまで十七歳から六十歳であった兵役の年齢を十五歳から六十五歳に変更した。同時にカルド島のメンバーを中心に一個軍団七千を編成。歴戦の名将メントレー・ニベヌレスに率いさせてオルニー島へ送り出した。同時に生き残っている元老院議員と自分の息子二人を南方に送り込んでそこで一個軍団一万一千を編成させ、カルド島の防備を硬めに走る。


 外交交渉はすぐにエクラートンと。

 これはエスピラが赴き、国王と一緒に戦ったこともあるスクリッロ将軍と面会。エクラートンの変わらぬ支援を確認した。


 エスピラはその足でマフソレイオとも会談。

 少ないながらも支援物資を乗せた船と共にアレッシアに帰還したのだった。


 その間に起きたことを列挙すると、以下のようになる。


 ・金を払い、国が防具を負担するような形で無産市民を兵に変える。

 ・奴隷の一部も兵に。軍団に。これはタヴォラドが自身の副官を司令官に添えていた。

 ・税の徴収。子作りの義務と兵役以外に臨時でアレッシアに税が追加されたのだ。

 ・酒の禁止。飲めるのは月に一回のみ。

 ・個人追悼のための剣闘士試合のために払われた金の六割を国庫へ入れること。

 ・軍団以外の者で行方をくらませた者から『慰謝料』と称して全財産を没収して国庫へ。

 ・贅沢の禁止。過度な装飾やぜいたく品の売買は一時的に停止。

 ・アレッシア市内での武器製造の推奨。例え市民に武装蜂起される恐れがあっても、軍備の整備を優先させたのだ。

 ・画一の防具の作り方を公開。富、知識の無償提供とも言える。もちろん、抵抗はあったがその過程でタヴォラドは処刑も敢行。一部の財産は国庫に入った。

 ・犯罪者に、兵になるか農奴になるか鉄鋼夫になるかの選択をさせ、解放した。

 ・最高の予言の書であるオプティアの書を再度紐解くための使節の派遣。この敗戦も災害の一つ、神の意思を読み違えたものとして再び意を聞きに行ったのだ。


 これらを断行させただけでなく、『元老院もタヴォラドのやりすぎには眉を顰めている』と噂を流して市民の反感を元老院ではなく自身に向かせる徹底ぶりをタヴォラドは発揮したのである。


 エスピラにとって恐ろしかったのはもう一つの噂。ウェラテヌスに関する話。


 酒はウェラテヌスが販売している物の一つだ。剣闘士試合のための闘技場もエスピラがタイリーから受け継いだもの。


 要するに、セルクラウスが言うことを聞かなくなったウェラテヌスに嫌がらせをしていると言うモノである。


 この話には、自分たちのことを棚に上げて飛びついた者が多かった。


 そのことが何よりも気持ち悪く、その者たちを調子づかせることは分かっていたがそれでもエスピラは故人のための剣闘士試合を組んだ。


 神への行事であり、神聖なモノである以上は行うべきだと訴え、実施したのだ。


 もちろん、赤字である。

 ウェラテヌスの財はみるみる内に減っていき、折角溜めたモノはほとんどなくなってしまった。


 それでもアレッシアのためになるのなら、とエスピラは思う。メルアからの噛み痕は日に日に深くなっていくが、それがウェラテヌスである。


 何より、タヴォラドの覚悟に応えなくてはとも思ったのだ。

 きっと、欲しているのは仲間ではない。

 アレッシアが反撃に転じるための金と人材。そして雰囲気。


 その中で北方から帰ってきた友、マルテレスにサジェッツァが与えたのが尊称と言うのが最高に状況に即しているであろう。


『ラーマリアン』。アレッシアに於いて存在の有無が未確認の男にしか送られていない称号。最高の剣士、最高の勇士の証。


 金でも凱旋式でも地位でもなく。ただの尊称。されど伝説上の人物に比肩するとした贈り物。


 いわば、この時点でマールバラにマルテレスをぶつける気なのだとエスピラは見抜いてしまった。


(マールバラが調べた頃には執政官候補に居なかった、優秀な人材ね)


 ばっちり、サジェッツァが求めていた条件に友は合致している。


 あまりにも目まぐるしい変化に驚きと共に受容を選択するしかなかったような状態であったが、その中でも一つだけ、どうしても受容できないことがエスピラにはあった。


「旦那様。少し、よろしいでしょうか」


 その抗議のために元老院に行く準備をしていると、長年ウェラテヌスに仕えてくれている奴隷がそう申し出た。


「どうした?」


 返しつつも、奴隷の勤続年数をエスピラは思い浮かべる。


(アレッシアがこの現状だしな。解放を願ってもおかしくは無いか)


 それほどまでに、良く働いてくれている。


「その、できればしばらく奴隷のまま、解放などはしないで欲しいのです……」


 だが、奴隷の言葉はエスピラの考えとは逆。

 しばらくは奴隷のままでいたいとの話。


「君のような優秀な奴隷を抱え続けられるのであれば嬉しい話だが、理由を聞いても良いか?」


 着付けの関係もあり、奴隷が目の前に来た。服は父のを仕立て直した物。奴隷も見覚えがあるだろう。


「申し訳ないのですが、奴隷も戦争に駆り立てているという話も聞いてしまいまして。私めは長年アレッシアの世話になって参りました。ですが、故郷はグランマイオ。アレッシアのために戦うことは出来ません。それに、私が解放奴隷になってしまえば子に兵役の義務が生じてしまいます。アレッシアのために戦っておられる旦那様には申し訳ないのですが、あまり、望ましい話では無いのです」


 言葉と共に着付けが終わる。


「構わんよ。私も、本来は奴隷が戦うことには反対だ。奴隷に武器を持たせる危険性ももちろんがあるが、何より奴隷は家と仕事を任せるために雇うモノ。国を守るために血を流すのはアレッシアと同盟諸都市の民でなくてはならない。そう、考えているからね」


 そう返して、エスピラは家の外に出た。

 待っていたのはシニストラ。正装に慣れていない様子は無いが、木のファスケスを持つのにはあまり慣れていないらしい。


「行こうか」


 そう告げて、すっかり静まり返ったアレッシアの街を行く。


 店の多くは閉じられ、暗く、活気がない。人通りも非常に少なく、明るい飾りつけも無ければ酒の入っているような人も居ない。広場にいる人もまばら。すぐに帰る人ばかりだ。


 随分変わったなと思いつつも、神祇官とは言え干されている自分が、二十六歳と言うアレッシアに於いて若年である自分が臨時とは言え元老院議員なのだ。このことが一番変わったことかも知れない、とエスピラは思った。


(思っていても仕方が無いか)


 エスピラは息を短く吐いて気合を入れると、元老院の議場に足を踏み入れた。


 既に人はそろっており、目の前、中央には独裁官であるタヴォラドがいる。タヴォラドの右隣りには最高神祇官であるアネージモが座っており、サジェッツァは少しだけ離れたところに座っていた。


「今日はお集り頂きありがとうございます」


 郎、とエスピラは議場に声を通らせると、堂々とした仕草で中央に歩み出た。


「本日、私が訴えたいことはただ一つ。独裁官であるタヴォラド様の順序を弁えぬ所業について。思いとどまっていただくように訴えに参りました」


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