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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
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西方陣地群奪還戦

「踏ん張る、と、思う。父上なら来てくれると思うし、父上の負担になりたくないし、母上も悲しませたくないし、弟妹も、被庇護者も、奴隷も」


「そうだね。凶行後は、本当に感謝しているよ」

 やさしく語り掛け、愛息の背中に手を置く。


「小フィルノルドも同じかもしれない。彼も父親を尊敬していて、彼は期待に答え切れていない状況に不満を抱いているからね。その中での抜擢。当然、陰口もあるだろうし、今も懐疑的な目があるかもしれない。


 彼は、負けられないんだ。

 少なくとも無様にはね。


 ましてや、圧倒的少数に蹴散らされるなどあってはいけない。たとえ相手がマルテレス様やイフェメラ様であったとしても、敵兵数もある程度無いと、敗走できない状況に自分を追い込んでしまっているよ」


「……なんで、フィルノルド様はそんな状況に追い込んじゃったの?」


「さあ。私は正解を持っている訳では無いけど、きっと、少数の兵によって敗走させられ、かく乱されるのが嫌だからじゃないかな。そして、そう言った手法を良く使うのが私でもあるからね。


 息子が危険なのは分かっていたと思うよ。

 でも、フィルノルド様も指揮官さ。

 自分の気持ちとは別に、優先しなくちゃいけないこともある。うまくいけば、息子の劣等感も払拭できる訳だからね」


「大変だね」

「晩年で崩れる戦争の天才が多いのも、その精神的な圧力で摩耗しつくしたからかも知れないからね。傷も負えば、連動して心も疲弊していくのも不思議じゃないよ」


 その中で、最愛の妻を失いながらも戦い続けた父は、やはり超人だ。偉人である。


 同時に、フィルノルドもただならぬ者だ。

 動き出しは、確かに遅かったのかもしれない。ただし、それは事情の知らない外から見てのこと。早くから動き出し、今、ようやく軍団となった可能性もある。


 そして、息子に対する決断がマシディリの推測通りなら、未だに戦意に満ちている。


「脅しが過ぎたかな」

 くすり、と笑い、マシディリは雰囲気を変えた。

 愛息は、ふんす、と鼻から息を吐きだし、握りこぶしを二つ作っている。


「じゃあ、頑張るね。母上の分も!」


 マシディリの手が一瞬止まった。

 すぐに、心から破顔する。


(やさしい子だ)


「居てくれるだけで心強いよ」


 笑いながら言って、百人隊長達を迎え入れた。


 作戦は、単純。

 敵本陣に情報が行かない内に、行ったとしてもまだ本格的な対応策が採れない内に攻撃を決行する。即ち、攻撃は今夜。


「レグラーレとウェラテヌスの被庇護者を用いて、地形に大きな変更が無いことを確認しておきます。

 それから、歩兵の皆さんは枯れ木や変な形の板を多く集めておいてください。松明も大量に用意するように。

 ウルティムス。重装騎兵は、枯れ木や板で馬だけではなく騎兵の影も異形にしていただけますね」


「かしこまりました」

 言いつつ、ウルティムスの目が一度ラエテルに移った。


「松明で姿を照らし、敵の馬に見慣れない存在だと思わせることで恐怖させるため、でしょうか」


「その通りだよ」

 松明を大量に用意する理由は、それだけでは無いが。


 ただ、ある程度は理解してくれたのか、作戦物資の中に白い布も存在した。持ってきたのは、青のオーラを使える者達だ。


 夕暮れ時に、四百の兵を静かにトュレムレの外に出す。

 松明や白い布を持った兵だ。彼らを囮にしつつ、敵斥候を蹴散らすべく被庇護者も展開する。暗がりと、ある程度の敵の排除。それが済んだと判断すれば、マシディリは全軍をトュレムレの外へと進軍させた。


 馬の足に布を巻き、人の足にもぼろ布を巻く。違うのは、馬には枚を銜ませ、より音に気を遣ったことだ。重装騎兵の主兵装である鎧も、最初は脱いだまま。


 当然、馬に着させるには闇夜での作業となる。

 慣れた作業であっても時間はかかるものだ。ただ、慣れているからこそ、ウルティムスと重装騎兵八百は所定の時間通りに作業を完了させてくれた。


(さて)

 指示の白い光をアルビタに打ち上げてもらう。

 応えるように、暗がりに青い光が瞬いた。


 傍にいたラエテルが思わず目の前に手を持って行ってしまうほどの輝きである。当然、敵も気づくし、味方も動き出した。


 次に起きるのは、周囲に揺れる松明。

 その数は、四千程の兵を想起させる量。


「我らが力を、女神に示せ」

 ウルティムスの声が夜空に良く通る。


「彼の女人は、勇猛な男こそをお好みだ!」

 隠す必要の無い重装騎兵の一斉突撃。


 金具が鳴り、最重量級の物体が地面を揺るがす。背中から重装騎兵を照らす形になった光は、青く、より重装騎兵の不気味さを増す視覚効果をもたらした。


 防御陣地群の最大の力はその連携能力。

 ただし、一日二日で十全に使いこなせる訳では無い。そして、攻撃しなければならない場合の最大の攻略法は、犠牲を厭わない戦力の集中運用。


 何より、父の作り上げた防御陣地群は一種の完成品だ。


 来て数日の者達がより洗練された状態に整えるのは難しく、手を加えた場合は基本的に能力が落ちる。あるいは、本来とは違い一個の陣地としての完成度を上げるだけ。


 元々、マールバラにある程度奪われることも前提としていた防御陣地群なのだ。

 当然、利用されないようにとも考えられている。


 そして、父の運用思想を共有していたのはマシディリだ。

 防御陣地ごとの攻め方は、今や誰よりも詳しい。


「ゲルトモドに、投石の開始を」

 重装騎兵の突撃によって音が大きくなりだした敵陣を見ながら、呟く。

 ただし、ゲルトモドが攻撃するのは近くにある別陣地だ。


「ウェスパシに、火投を」

 ウェスパシも同様に。

 ただし、こちらは海風に良く当たる陣地だ。火が最も広がりやすいとも言えるが、狙いは陣地内と言うよりも陣地方面での火計。


「トーリウス」

 こちらも火計。

 ただし、道を封鎖して焼く程度。火の勢いの大小は、流石に敵も見えるはずだ。


 実際、マシディリから見ても火の勢いに差があることを確認してから、マシディリは声の大きい者を選抜した二百名をゲルトモドが投石をした陣に差し向けた。大声を上げ、攻撃をするように見せかける。


 そう、見せかけるだけ。

 攻撃はしない。

 打って出てくれば戦うが、騒がしくするだけなのだ。


 そして、攻撃の度に松明を減らしていく。今や、少量だけになり、その少量もマシディリの本陣に近づいてきた。


(どちらと取りますかね)


 ただのかく乱か。

 それとも、今いる陣を死守したところで防御陣地群としての機能は失われてしまうと思うか。


(まあ)

 後者でも、今は踏ん張り連絡することがフィルノルドの背中を守ることにも繋がる。


 そして、小フィルノルドは怠惰な人物では無い。父自筆の伝記だけではなく、アイネイエウス覚書も読んでいることは知っている。ありがたいことに、マシディリの伝記をフィルノルドが読んでいることは、スペランツァから聞いていた。


 小フィルノルドも、読んでいるだろう。


「全軍、獣となり敵を狩りつくしてください。ただ、北門だけは開けておくように」


 終幕。

 二千の重装歩兵の突撃。


 これで、陣に乱入する味方は三千だ。しかも、皆が枝で飾り異様な格好をしている。どうすれば敵の馬が混乱をきたすのかも、イパリオン騎兵やトーハ族、マルテレスとやり合う中で染みついている者達だ。


 敵が揃えた馬の混乱を狙い、陣地を走り回らせて混沌を生み出させる。

 その上、夜間の襲撃は敵味方の区別がつきにくい。突入した兵数は、三千よりももっと多いようにも見えただろう。


 即ち、松明は囮では無かった、と。

 数を多く見せさせる策では無く、本当の数だった。

 高官達の言っていることは間違っていた、と。


 そう、平の兵士が思えば、軍団の混乱はさらに加速する。



(外した)

 逃げていく二人の騎兵。

 その内一人は射貫けたものの、もう一人には逃げられる。

 あれらは、逃げたというよりも伝達のためだろう。


 仕方ないと思いながら、マシディリは弓を下ろした。敵陣から逃げようとする者は、どんどんと北門、マシディリが本陣を置いた場所から見える道と繋がっている門へと殺到しているようだ。


「さて、ラエテル。判断を任せると言ったら、どうする?」

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