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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1586/1587

父親と長男

 ラエテルも地図を覗き込む。

 木の板や石で戦況を記した地図だ。


「まずは、ラエテル。ディファ・マルティーマの防御陣地群への最高の攻略方法は何だと思う?」


「大軍を用いての一点突破、じゃなかった、攻撃しないこと」

「うん。そうだね。良く引っかからなかったね」

「意地悪は母上だけにしてください」


 言うラエテルの顔には、やさしさがあった。

 マシディリも微笑みながら、じゃあ、実際に攻略されかけた時の作戦は、と質問を重ねる。


「これが大軍を用いての一点突破です。グラウがロンドヴィーゴ様にした時も、じいじ不在時のディファ・マルティーマにマールバラが攻め寄せた時も、陣地の陥落は大軍を用いてでした」


「流石。良く学んでいるね。

 じゃあ、今、フィルノルド様が執っている作戦は?」


「軍団を分散させての昼夜を問わない飽和攻撃です」

「さて。最初の質問に戻ろうか。フィルノルド様の軍団は、どんな軍団だと思う?」


「えっと」

 ラエテルの目が、横に動く。


 別に答えが書いてある訳では無い。ラエテル自身も、ウルティムスやアルビタに答えを求めている訳では無いようだ。


「ディファ・マルティーマを攻めるのが目的で、ディファ・マルティーマの陥落か叔父上を討つことで父上の戦力を削るためか、別の理由かは分かりません」


「そうだね」

 兎も角、攻めなければならない理由があったからこそ、攻撃を開始した。

 防御陣地群に籠る敵など、無視すれば何もできないのだから。


「分散して攻撃しているのは、数の利を活かすため? 多数の地点を同時に攻撃することで、防御陣地群も最大の効果を発揮するけど、人数が少ないから同じ人が戦い続けなきゃいけなくて。一日中なら、交代できない? フィルノルド様側は交代して行けば、疲労は叔父上側に一方的に溜まっていって。


 で、父上が早すぎるとは分かっていても、時間的な余裕は計算しているはずだから、一週間も有れば全員がへばって、一気に防御陣地群を抜けたはずで」


 うんうん、と頷く。

 作戦の意図は、そうだろう。

 求めているのは、もう一歩。


「だから、フィルノルド様の軍団で元気なのは一万。交代を考えると、最初に撃破しないといけない敵は二倍もいない!」


「惜しい」

 間違ってはいないのだが。

 ただ、大事なところだ。故に、表情は一番真剣なモノへと変えておく。


「まず、ラエテル。最初から自軍より多い敵と戦おうとしないように。総数が上回っていても、考えるべきは戦場でこちらの数が多くなること。今回で言えば、まずは敵を三分割以上にして、一個ずつ撃破する道を探すべきであって、最初から二倍の敵と戦おうとするのはその内滅びる愚策だよ」


「はい」

 声は沈んだが、ラエテルの首は下がらなかった。

 真っ直ぐにマシディリを見て、力強く自身に刻んでいるようである。


「さて、それじゃあ、ラエテル。フィルノルド様の作戦は机上では成り立つとして、実際に成り立たせるためには何が必要だい?」


 考えるだけなら誰でもできる。

 実行に移せるか、実行に移せるだけの状態を作れるか。あるいは、何なら実現可能かを見極めて作戦を立てていくのが指揮官の仕事だ。


「多数の指揮官と、攻撃を続けられる兵。

 待って。父上。フィルノルド様の軍団は、もしかして、しっかりと戦う意識のある軍団ってこと? 分散しての作戦も採れるし、経験豊富な者達も居て、兵も死を厭わない。

 そんなの、本当のアレッシア軍じゃん」


「かもね」


 人が死を覚悟できる。

 そこには多かれ少なかれ、しっかりとした目的の共有があるはずだ。

 間違っても、奴隷の反乱軍のように一致していない目標だけでは動けない。


「まあ、全力で攻めているかはまだ分からないし、疲弊を狙うだけなら損耗少なく騒ぎ続けるだけでも良いから、二万がそのまま相対しなければならない兵力では無い可能性も残っているけどね」


 奴隷の反乱がおこるまで、正確には狙われ続けるまでは巨大になれなかった軍団だ。


 マシディリの手元にいる第三軍団はもちろんのこと、フロン・ティリドに残してきた第七軍団、さらにはアグニッシモの手元にいる第九軍団ほど強固だとは思えない。


 強固であることも考慮はするが、多分、個々の力に頼る死兵へと変わる可能性の方が高いはずだ。


「叔父上のことも良く知っているから、調略合戦が行われている可能性もあるってこと?」


「どうしてそう思ったんだい?」


「死に行くような鬼気迫った攻撃をしなくても、防衛側の兵の気持ちを揺さぶれば効果はあるかなって。だって、守る側は、思ったよりも、聞いていたよりも疲弊するから。そこに助かるかもと言う希望を与えつつ、死を見せて行けば、緊張と緩和の繰り返しで兵は疲れちゃうかなって」


「そうだね。その場合は、どうすれば実行できる?」


「知り合いが多いこと。だから、マルテレス様の反乱の時に鎮圧に行った人達や、この周辺で募兵された者達もいるって、こと?」


「可能性はあるね」

 良くできました、と頭を撫でる。

 それどころじゃないからか、ラエテルの体は揺れなかった。


「これらを考慮して作戦を考えるのが、指揮官の仕事で、指揮官の考えだけじゃなくてその背景を理解してくれる者が集まったのが良い軍団だよ。ね、ウルティムス」


「マシディリ様にそのように評価していただけるとは嬉しい限りにございます」


 ラエテルの素直な尊敬の目がウルティムスにも向かった。

 少しだけ、妬ける。


「父上もすごい」

 小さくこぼれたその言葉に、嫉妬など一瞬でいなくなった。


「次に、だ。ラエテル。私は、此処にいる小フィルノルドをウルティムスの重装騎兵で叩き潰す作戦で行くけど、どうしてかわかるかい?」


 小フィルノルド。

 フィルノルドの息子だ。息子と言っても、マシディリよりも年上である。アスピデアウスの次世代として期待はされているが、まだ大きな戦果は挙げていない。小さな動乱の鎮圧に参加したことはある。古くはエスヴァンネの北方仕置きにも、一兵卒として参加していた。


「高官を見ると、騎兵の練度に差があるので、質の差を押し付けるため?

 ウルティムスは歴戦の勇者で、遊牧民族とも戦ってきて、マールバラと相対することになったアグニッシモの叔父上の補完として父上が選ぶほどの攻防に長けた人物。重装騎兵の破壊力も十分。部隊を預かる者として、軍事命令権保有者の意見を伺わずに意図をくみ取りながら現場に則す能力もウルティムスと小フィルノルドに大きな差がある。

 だから、ですか?」


 人を褒める時に言葉を多くするのは、ラエテルの癖だ。

 いや、意図しているのかもしれない。現に、ウルティムスの表情も少し緩んでいる。シニストラも、身に余る言葉をいただきました、と言っていたのだ。


「良く見抜いたね、ラエテル」

 他にもあるのだが、今回は聞かない方が良いだろうか。

 そう考え、マシディリは続けた。


「それに、兵の移動で騎兵を使っているとはいえ、本格的な騎兵は防御陣地を攻めるのには向いていないからね。それなら後ろに配置して、こちらが仕掛ける決戦に備えるのが有益だよ。平野に陣地を作って置けば、騎兵を行かせるわけだし、重装歩兵では機動力で勝つのは至難だしね。


 それに、伝令としても有益さ。こちらの動きをすぐにフィルノルド様に届けられる。

 だから、小フィルノルドの傍にいるのは騎兵として運用できる騎兵の可能性が高い。

 そこを叩き潰せれば、フィルノルド様の持つ野戦の選択肢を大きく制限できる。


 そんなことも思案しているよ。


 それにね、ラエテル。これは、父親の立場の話だから難しいかもしれないけど、大きな実績のない息子を抜擢したと言うことは、大きな期待をしているか作戦を共有している、考えを誰よりも分かち合っている。あるいは、似た実力者がいがみ合っていて、優劣をつけれない。その中で自身の縁故採用として身代わりになっても力を発揮してくれる。


 そう信じているから、息子ならできると思っているからこそ安心しているんだよ。


 じゃあ、ラエテル。

 此処からは、互いに父親と話したことのある長男としての話だ。


 そんな状況で、父親の作戦が破綻しかねない攻撃を受けたら、どうする? 手元には、もしかしたら何とかなるかもしれない兵力がある状況で、だよ」


「それは」

 ラエテルの目が、左上から左下へと動いて行った。

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