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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1585/1590

祝福の地へ

(マレウスが付き従うとすれば、フィルノルド様、か)


 マシディリは、プラントゥム以来の狂兵一千と自身の監督する千六百、さらにはウルティムスと重装騎兵も連れて東進した。他の者は、相変わらず大隊単位で命令を飛ばし、分進して半島の掌握を進めている。


 状況は刻一刻と変わっているのだ。


 まず、奴隷の反乱。

 彼らはフィルノルドからも逃げるように北上を開始した。道や畑の状況、保管庫。そう言った物を考慮しながら、気候や奴隷が雇われていた場所も収集して、どの経路を取るかを計算しなければならないのだ。その上で、実際の発見報告から奴隷の軍団の状況と目的も推察する。その上で、正確にバゲータ隊を当てつつ、作戦を実行する都市も決めねばならない。


 守るように出てきたように見せかけつつ、無事に逃げられる道がある都市を。その上で、政略的な意味も強く持たせられる都市を。


 当のフィルノルド軍団は、どうやらディファ・マルティーマの防御陣地群と交戦に入ったらしい。防衛側の守将はスペランツァ。ただし、都市内部はピラストロに任せると言う形に落ち着かせることで、マシディリが強引に融和を果たさせただけである。


 不味いのは、最大二万とも言われるフィルノルドの集団に対し、ディファ・マルティーマ防衛軍は三千足らず。防御陣地群があるとはいえ、周辺の有力者はメクウリオが軍団形成の際に引き抜いてしまったのだ。


 だから、マシディリはまずディファ・マルティーマに向かっている。

 それでも、ディファ・マルティーマの兵数と合わせても一万にも満たない。満たないが、敵軍よりも質に勝るのは確実だ。


 不安なのは、どちらかと言えば北方。

 マレウスがいる可能性を考慮してシニストラが率いている新設軍団を呼び寄せているが、情報が届くまでの時間が最もあるのだ。その上、トリンクイタとルカッチャーノと言う曲者がいて、ウルバーニと言う問題児も居て、アグニッシモと言う信頼できるけど不安な弟もいる。


(軍団兵も海路で行ければ早かったのですが)


 強行軍で、三日。

 マシディリがメタルポリネイオからトュレムレに入った時間である。


 行軍続きでは無い。トュレムレの前で一時停止してから入城を終えるまでの時間だ。

 無論、早い。メタルポリネイオからトュレムレは、所謂軍団として出陣するアレッシア軍でも一週間を超える時間を計算する距離である。


 もちろん、今回は水を始めとする物資を海上輸送できたことも大きい。船が壊されていても、集められない訳では無いのだ。先にメタルポリネイオに居たアビィティロが全ての手配を終わらせており、進むだけで良かったのである。


 そして、この行軍で一番疲れ果てていたのはラエテル。

 それでも、マシディリはラエテルを乗船させず、特別扱いもしなかった。


 軍団で一番遅くなるのは輸送部隊。指揮官が足を引っ張るなど、あってはならないことだ。むしろ必要とあれば最前線に真っ先に飛び込まねばならない。頭が死ねば軍団は瓦解するが、時には雄弁な言葉よりも境遇を同じくする態度にこそ兵は従うのだから。


 尤も、マシディリの前に出る行動は、最近は良く止められるのだが。


「レグラーレ」

「は」


「全百人隊長に伝令。全軍の休息準備が整い次第、集合してください。と」

「かしこまりました」


 即ち、他の部隊が終わっていなければ協力してから来い、と言う命令である。

 本質は時間稼ぎだ。


 トュレムレに用意された執務室で、これまでの情報を整理しながら地図を広げる。部屋にいるのはマシディリとアルビタとウルティムス、そしてラエテルだけ。


 トュレムレからディファ・マルティーマまでは軍団の行軍で三日、旅人で一日の距離。もちろん、道を行くだけなら、の話だ。


 それだけの近傍にあり、此処を主軸にエスピラとマールバラによるディファ・マルティーマ防衛戦が繰り広げられていたのである。


 そして、最もトュレムレに近い防御陣地群がアキダエ、オルカ、トードー、バーラエナ。マールバラの弟にして優秀な部隊長であったグラウ・グラムが奪い取った地であり、命を散らした防御陣地群。そして、ティバリウスの権益の多くをウェラテヌスが手にする決定打ともなった一連の戦いが起こった地である。


 当然ながら、ディファ・マルティーマに近いとは言えない陣地群だ。


 復旧も終わっておらず、結果としてフィルノルド側に奪われている。一方で、グラウが一万六千の大軍を用いて力押しで落とした陣地でもあり、エスピラが奪い返す過程で残されていたマールバラの両腕を切り落とした地。弟とフラシ王太子の死が確実にマールバラを蝕んだのはフィルノルドも承知の上であり、高官にも、あるいは土地の者でも知っている者は多いようだ。


 故に、物資をそこそこ運び込んではいても拠点にはしきれていない。


 怖いのだ。

 忌み地だとも言える。


(そこを、突く)

 防御陣地群は七割方の力の発揮が可能。

 それが、ようやく来たスペランツァからの使者の報告だ。


 それでも、三千対二万では厳しい。マシディリの連れてきた兵を加えてもなお三倍近い兵力差がある。


 何より、フィルノルドは強敵だ。

 直近でも、マルテレスに敗戦を喫したとはいえ全滅と評しても問題ない損害を受けながら軍団の維持を完遂させている。


 第二次ハフモニ戦争では、オプティマの越権行為を必要とあれば見逃し、シドン・グラムを打ち破った立役者の一人となった。


 そのシドンもイフェメラの父であり当時のアレッシア最強級の将軍であるペッレグリーノを敗死させた将。オプティマに負けても巻き返し、イフェメラには戦術的な勝利を与えつつも戦略的には快勝を収めた男。優秀なグラム兄弟の次男に相応しい男であった。


(マレウスが従う理由も、十分ですね)

 精神的に不安定な者に大権など与えられまい。

 しかし、凶行の首謀者であるならば、高い地位は必要だ。


 そう考えると、やはり、フィルノルド軍にいるのが最も可能性が高いだろうか。


 ぱきり、と、手の中で石が砕けた。

 父上、とラエテルが自身の口角を両の人差し指で持ち上げている。


 くすりと笑い、マシディリは手の中で破壊してしまった石を払った。赤い光はもう漏れていない。ウルティムスは、深く腰掛けたままであった。マシディリの方を見ているが、口が開く気配はない。


「さて。ラエテル」

「はい、父上」

「フィルノルド様の軍団は、どんな軍団だい?」

「どんな軍団」

 止まったのは、一瞬だけ。


「二万近い軍団であり、騎兵も豊富ですが、騎兵と思わしき馬の中には荷駄を運ぶための馬らしき馬も多い軍団、でしょうか。叔父上からの伝令では、体躯に勝る馬をたくさん用意することで二人乗りを実現し、兵の移動に使っていると言っていました。

 ですので、騎兵としての運用では無く、歩兵の機動力を補い、戦闘では歩兵となる者達を騎兵として数えている可能性があると思います」


「うん。優秀だね」

 目を細め、まずは褒める。


「騎兵と歩兵の転換が素早い騎兵としてはプラントゥム騎兵がいて、二人乗りをする者はトーハ族やイパリオン騎兵にもいる。でも、二人乗りは主流じゃない。それでも起用したフィルノルド様も、その意図を見抜いたラエテルも流石だよ。同時に、歩兵の機動力、展開力ではこちらに分があると言うことを見抜いての話でもあるしね。

 でも、推測しなきゃいけないのはそれだけじゃないよ」


 最後の言い方がきつくならないように、拒絶にならないように。

 先ほど上げた口角を意識しながら、マシディリは愛息としっかり視線を合わせた。


「マレ、ウス?」


 慎重にラエテルが言う。

 マシディリは、首を横に振った。


「ふふ」

 笑ったのは、自分自身に余裕を与えるため。


「少し意地悪だったね。順番に考えようか」

 そう言って、マシディリは地図を指さした。

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