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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1584/1587

全者全様

「出航済みです」

 最も部隊の分割をさせていたのに、一番乗りでメタルポリネイオに入っていたアビィティロが言う。


 港に転がるのは船の残骸だ。燃やされていたり、壊されていたり。

 ただし、圧倒的に数が少ないのは良く分かる。


「リャトリーチ」

「は」

 被庇護者が、音もなく現れる。


「アフロポリネイオへの戦略を変更します。その上で、前倒しを。最低限の都市機能を持ち出せる程度に調略を済ませておいてください」

「かしこまりました」


 父の下で戦ったこともある有力者だ。

 メタルポリネイオがアフロポリネイオの植民都市として隆盛を誇っていたのは昔の話だが、彼ならその理由も含めて動きを進めることができると信じている。


「私からも、マシディリ様に報告がございます」

 すぐには離れなかったリャトリーチが、一歩近づいてきた。アビィティロもアルビタも位置を変えない。レグラーレも気配を消したままだ。


「メタルポリネイオ以西でも船が壊されるなどの被害がありましたが、多くの都市が既に帰順の姿勢を示しております」


 指を、折るように一度鳴らす。

「現職の議員とその周辺がいないから、ですか?」


 リャトリーチが首肯した。

「接触しなかった議員の多くが既に街を出ています。物資の持ち運びもされたようでした。ティツィアーノ様が寄港された際に連れて行かれたものだと思われます」


 元老院議員と雖も、必ずしも元老院に来るものでは無い。遠いからと言った理由で地元に残る者も居るし、その者達が出仕のためにとアレッシア近くに別邸を求めるのも聞く話である。建てる許可もそうだが、建ててくれと強請る者もいたのだ。


 無論、そのような者達に対し、マシディリは『穏当に』接触するつもりは微塵も無い。


「マシディリ様であれば寛容性を見せて処分しないか、したとしても明確な敵対者、上に立つ者だけ。そう考え、余計な抵抗はしないようにと申しつけていたのでしょう。

 それを証拠に、キュメラキアなどの、半島西部の反乱勢力は決してアスピデアウスやティツィアーノ様に近い者達ではありませんでしたから」


 アビィティロが言う。

 街によっては蔵が襲われた場所もあったが、そこは滞納があった街も含まれていた、と。それから、アスピデアウスの財も全てを持っていった場所ばかりでは無いことも。


「流石の手際ですね」


「ククリクラ、スエノマウオ、グラベルと言う三名の奴隷が中心となり、三つの奴隷反乱も起きたとの報告も届いております。この内、グラベルが蜂起した鉱山は、既にメクウリオ様が抑えられた、と。ただ、略奪もあったようです」


「あったようです?」


「メクウリオ様は否定しております。それから、ディファ・マルティーマに国庫に納める分を送ったと、目録付きで届きました。受取人にはスペランツァ様を指定している、と」


 吐き出した息が、潮風によって強引に持っていかれた。


(目録より多く渡してスペランツァに口裏を合わせてもらうようにした、と言うのは、考え過ぎですかね)


 アビィティロも、あえて口にしなかったのだろうが。


「ティツィアーノ様の意思が上手く伝わっているのであれば、以西の抵抗は少なくなるかと思われます。反乱討伐のため、第三軍団の一部、ルカンダニエやアピスを連れて行かれては如何でしょうか」


 旧伝令部隊は、当然のことながら戦場以外のこともエスピラから学んでいる。

 ルカンダニエとアピスは、東方遠征を含めた軍事的功績・部隊統率によって選ばれた面子。

 人選としては、真っ当だ。


「そうしたいのは山々ですが、メクウリオ様の率いている第二軍団も私の軍団にしたいですね」


 この場にいるのは、マシディリ、アビィティロ、リャトリーチ、アルビタ、レグラーレ。そして、黙ったままだがラエテル。

 他の場所ではできない発言も、問題は無い。


「奴隷軍団は、纏まりつつあるのでしたっけ?」


「はい。合流を目指し動いているそうです。ティツィアーノ様派閥の者達も少数ずつですので、撃破はしやすく、その評判を元にさらに人が集まり、今や万を超える勢いを持っております」


「経歴を考えた時に、明確な上下は無い、と」


「はい。実際に会ってどうなるかは分かりませんが、基本的な方針も異なります。特に、スエノマウオは待遇改善が主眼に対し、ククリクラは国への帰還が主目的。グラベルは、一人でも多くのアレッシア人を殺すことを公言しておりました」


 集団としては、強いとは言えないだろう。

 もちろん、油断はできない。だが、規律は無さそうだ。


(さて)

 どうするか。


「まあ、私が禁じていたのは自由民の所有物に対する略奪ですからね。主人のいない奴隷に関しては規定していませんでした。それをどうこう言うつもりはありませんよ」


 リャトリーチに視線で合図を送りながら、マシディリは口を動かした。

 次に、アビィティロに目を向ける。


「第三軍団は予定通り、安定の確立を願います。西部はカルド島からも睨みを利かせますが、主軸は第三軍団で。


 それから、メクウリオ様の軍団には褒美を与えないといけませんね。長く半島で勢力を保っていた訳ですから。ですので、奴隷反乱の鎮圧を命じましょう。


 ただし、バゲータに先に接触してもらいます。スエノマウオには歩み寄りの姿勢を見せ、ククリクラの要求は完全に拒否。その姿勢を見せ、対処してもらいたい、と。進軍経路についてはこちらから改めてお知らせします。


 バゲータにも、伝言を。

 この役目は、バゲータにしかできないことです。アグニッシモでもヴィルフェットでもヘグリイスでもペディタでもできません。新設軍団では論外。貴方にしか、頼めないのです、と。


 それから、アグニッシモとヴィルフェットは未だに曖昧なインツィーアを睨みながら、ウルバーニとの決戦も視野に入れておくように、と。今度は殺しても構いません。もうどうでも良いです。ただただ不快だ。

 それから、ヘグリイスとペディタは引き続きアグニッシモの旗下に。


 アビィティロ。やっぱり、状況によってはウルティムスとクーシフォスを私の方に引き抜きます。少しだけ、修正しましょう」


「かしこまりました」


 時間は、味方では無い。

 リャトリーチはすぐに伝令の選出とレグラーレとの情報共有に取り掛かり、アビィティロも新たな会議の準備を始めた。


 少し取り残されたような顔をしている愛息が、マシディリに近づいてくる。

「バゲータにしかできないのは、父上の本音?」

 声量も、落として。


「そうだよ。どうしてだと思う?」

 ぴたり、とラエテルが止まる。

 ただ、目はすぐに動き出した。


「交渉が失敗するのが第一段階の作戦で、ヘグリイスはカルド島属州の人だから、カルド島属州の機嫌を損ねるようなことはできなくて、ペディタはオピーマ派だから同じように?


 でも、ヴィルフェットの叔父貴は交渉が精錬されすぎていて、反乱軍が調子に乗らないかもしれなくて、アグニッシモの叔父上だと逃げちゃうから?


 バゲータは、交渉をした経験があって信用できるし、失敗しても周りが不思議に思わない、から?」


 失礼なことを言っているな、と言う自責だろうか。

 ラエテルが、視線を逸らして言葉を締めた。


「そうだね。じゃあ、なんで交渉が失敗して欲しいかは分かる?」

「えと。えと。えっと、略奪を誘発させて、反乱軍が奪った物をメクウリオ様の軍団が奪うことでメクウリオ様の軍団の報酬にするため?」


「うん。完璧だよ、ラエテル」


 ぐしゃ、と頭を撫でる。

 えへへ、とラエテルが笑いながら、マシディリの手の動きに合わせて体を揺らしていた。


(そして、奴隷の反乱がもたらすものは)


 第三軍団全軍の収容。

 メタルポリネイオでそれが為された同日に、アスピデアウス派の有力者であり執政官経験者でもあるフィルノルドが半島南東部で招集中の軍団のほぼ全てを掌中に収めたとの報告がやってきた。

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