軍の質、地の利、情報の精度
石火の進軍。
これもまたアレッシア軍の強みであり、より高い次元へと昇華させたのがエスピラであり、引き継いだのがマシディリである。
降伏勧告から降伏までの時間で処遇が変わるのも、エスピラ以来の指針。早ければすべてが安堵され、遅ければすべてが奪われるのは誰もが知るところ。
そして、今回に限れば降伏の使者がたどり着くと同時か少し後に部隊が都市にたどり着くのだ。場所によっては、部隊が降伏の使者を待っていた時もある。
結果、行動を迷っている都市のほとんどはマシディリに対して消極的な味方へと変貌した。
絶対に味方したい訳でも無い。でも、敵対するだけの意識も固められていない。民衆の意識も異なる。
その中で、最初の抵抗にあったのは予想通りキュメラキアであった。
このキュメラキア、元は半島に築かれたエリポスの植民都市である。資料によってはアレッシアが最初にエリポス世界と接触した場所だ。他の説は、北部テュッレニアからもたらされた情報か、当時海洋覇権国家であったハフモニからの情報。後者二つなら、エリポスとの最初の接触は不幸なモノであり、その後のメガロバシラスの二人目の大王の侵攻で敵対感情が高まっているはずなので、前者、キュメラキアでの接触が有力である。
そのキュメラキアだが、アレッシアに降ったのはサンヌスに圧迫されてのことであった。両者に圧迫され、それならとアレッシアに着いたというのがアレッシア側の認識。ただ、キュメラキアの一部の者は『アレッシアとの対等な同盟』と言う理解で納得した者も居るのだ。
実態が違うのは、すぐに分かっただろう。
不満もあったはずだ。
そのような不満を嗅ぎ付けたからこそ、マールバラは侵攻時にアレッシア人以外の捕虜を解放し、決起を促したのである。
だが、結果的に第二次ハフモニ戦争でキュメラキアが裏切ることは無かった。
マールバラを始めとするハフモニ側の行動とキュメラキアが受けた損害を思えば密約はあったかもしれないが、軍事行動を起こすことも表立った食糧供給も無かったのである。
その理由の一つとして考えられるのが、サンヌスの王族の扱い。
彼らは剣闘士奴隷として闘技場で戦っていたのだ。花形剣闘士にもなっており、サンヌス人は象と戦わされていたこともあった。一方で、その時期のキュメラキアは元老院議員を輩出している。
流れが変わったのは、第二次ハフモニ戦争。
皮肉なことに、マールバラの離間策がきっかけ。
半島統一の強敵であったサンヌスを敵に回したくはないタヴォラドとサジェッツァが、サンヌスからも元老院議員を選出したのだ。
これに対し、キュメラキアの動きは緩慢であったと言わざるを得ない。
マールバラに着くでも無く、エスピラにすり寄るでも無い。尤も、その時期であればエスピラにすり寄るには先見の明も必要であり、ディファ・マルティーマはキュメラキアから遠すぎたのだ。
エスピラがカルド島を占領してからでは、最早遅い。
それでも、運命の女神はキュメラキアに最期の機をもたらした。
サンヌスの反乱。エスピラの復帰に伴う乱である。
そして、彼らは選べなかった。いや、選んだと言うべきか。反乱がより大きくなり、自分達の力が必要となったところでエスピラに手を差し伸べることを。
されど、起こらなかった。
反乱はすぐに鎮まり、有力な部隊長の一人であるパライナは以後、マシディリの有力な被庇護者として側近扱いになる。
とどめは、アピスの第三軍団編入。
セルクラウスに滅ぼされ、アスピデアウスに引き立てられ、アスピデアウスとの距離を詰めたサンヌスがウェラテヌスと強固に結びついた瞬間だ。
不満は、とうに臨界点。
最後の刺激が今回の内乱。
されども、遅かった。
サンヌス人奴隷が最も多かったのは、タイリーの時代だ。
タイリーの次をサジェッツァとするには少し年齢が離れているが、そのサジェッツァも今や高齢。マシディリの時代とするにはマシディリは若いが、三代を経ている。
不満は残る。
恨みは募る。
それでも、万を超える兵が恨みを共有することは難しい。
アスピデアウスやウェラテヌスをアレッシア救国の家門として聞いて育ち、マシディリの英雄譚も聞きながら体を鍛え、英雄たちであれ反逆者に落ちた悲劇を見ていれば。
そして、キュメラキアの民としての心よりもアレッシアとしての意識が強ければ、あるいは、アレッシア人との自認があるのなら。生活も、安定していれば。
果たして、心の底より立ち向かう気概を持てた者は、何人いたのやら。
第三軍団より、ルカンダニエ監督部隊全軍の千二百。マンティンディの監督する大隊の内二つを用いた八百。累計二千。
対して、キュメラキア反乱軍総数一万。中核は募集中の軍団兵。
結果は、勝負にもならなかった。
軍団を招集するとなれば、物資を運ぶための道は限られる。兵を集めておくための水源も候補地が出てきて、冬が近いために越冬地も必要だ。布などの物資も忘れることは出来ない。
半島にあるその全てを、マシディリは把握している。
キュメラキア指導部は、自身の周りしか知らない。
募集中の軍団の下士官も、自分達の周りしか知らない。
高官に預ける最大数は千六百であり、キュメラキアの民や彼らが集めたならず者を入れ込んでも二千。マシディリは、その内の一つ、二千を集めるに足る場所をルカンダニエに強襲させた。
既に軍団であり殺人になれた第三軍団と、調練中でありしかも目的意識もはっきりとしていない上にならず者もいる集団。そこに居る数は千二百と二千でも、実兵数は千二百と精々二百。
他にもキュメラキア側輸送部隊を、部隊を二つに分けたマンティンディの部隊で襲った。
敗れた者達は、武装解除は行うが盾と短剣を返して解放する。捕虜ともしない。食糧も少しばかり分け与えた。
この話は、当然キュメラキアに集まった者達も聞いただろう。
そして、キュメラキア側はもう兵を分散できない。逃亡の危険があるならなおさらだ。
そうなれば、兵をとどめて置ける場所など限られる。取れる作戦もほとんど無い。
石を投げれば逃げる鳩を何千羽と集めようとも、統率のとれた精兵二千、しかも地理にも精通し離合集散自由自在な部隊に勝てる訳が無いのだ。
キュメラキアの抵抗に続いて、バラクサイの民も四千で都市に立てこもる。
だが、こちらはマシディリと合流したグロブス隊千二百とマンティンディ隊から残りの四百で即座に包囲を完成。しかも、敵対を完全に予想されていた都市。
内通者が、いないはずも無く。
すぐに街は開き、民が軍高官の死体を手土産に頭を垂れてきた。
都市だけではなく、山に住まう部族でも蜂起はあった。しかし、結局は寄せ集め。分散しての戦いができる訳もなく、分散すればその内の半分以上がマシディリ側に情報を流してくる始末。しかも、雨となれば反乱軍は物資を奪い合うが、第三軍団は関係なく進める。進みながら、マシディリがすぐに手配できるのだ。
人手も、マシディリはすぐに用意できる。
正確にはクーシフォスがすぐに集めた。だからクーシフォスはずっとマシディリと行動を共にしていたのである。
マルテレスの愛人は、各宿場町に居たようなモノなのだ。エスピラは彼らの鎮圧に手を焼いたが、エスピラの死後はフィチリタとクーシフォスが中心となり、マシディリが庇護者として再度の復興と対話を重ねてきた。
直近に限定しても、鎮圧の際にエスピラの傍らにいたクイリッタが暗殺されたことも、彼らが無罪を証明するために必死になる材料となる。ラエテルの説得も効果的だった。
結果、彼らはいまもオピーマの味方。財を持つ彼らから略奪を行う荒くれ者を制御できない反乱軍は、完全な敵。財の供出は必要だが、財源を守るマシディリは彼らの味方。
山中に逃げ込んだ二千に対して、サンヌスとして山中の戦闘を得意とするアピスの千二百。
万が一の散兵戦術を警戒しての万全の配置は、結果として百対千二百と同義。
十一日間アレッシアで過ごした後の出陣から僅かな時間で、マシディリと第三軍団は反乱軍を追い抜かすように半島南部、港湾都市メタルポリネイオに入城したのだった。




