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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1581/1587

家門 Ⅲ

 次男(リクレス)が棒にチーズを刺す。次女(ヘリアンテ)も真似するように続き、二人は片手にチーズ片手に肉の姿勢となった。


 少しだけ駆け足で火元に近づき、程良いところで足を緩める。心配した乳母が二人の傍に着くが、火に手を伸ばす歳では無い。


「ぱちぱち」

「ぱちぱち」


 二人で仲良く言いながら、火でチーズと肉をあぶりだした。

 始めた当初は皆して着ぶくれしていたものだが、今は何枚か外套が減っている。子供達も、動きやすい服装の方が好きなようだ。


「ぱちぱち」

「ぱちぱち」


 焼き目の着いたチーズと、中からぶくぶくと泡が出始めた肉をこすり合わせ、二人が揺れる。楽しそうに。ゆんゆんと、横揺れを。

 合わせるように、軽快な足音が横から近づいてきた。


「寒いねえ」

 さむさむ、と言いながら、長女(ソルディアンナ)がマシディリの横にぴたりと着く。


 あたたかい。

 先程まで誰よりも早く昼寝をしていた愛娘は、元気だねえ、と弟妹を眺めていた。


 左手を軽く上げ、家内奴隷に合図を送る。意図を察してくれた奴隷が、ソルディアンナに布を持ってきてくれた。愛娘がしっかりと礼を言い、父上も、と言わんばかりに共有してくれる。


「あ、母上の方が良かった?」

「母上がいたら面白い反応が見れたかもしれないね」


 くすり、と笑い合う。

 愛妻は、充電が切れた三女(フェリトゥナ)を連れ、一足先に中に戻っていった。三男(カリアダ)も一緒だ。ラエテルは、セアデラと一緒にアグニッシモのいる軍幕へと調練を積むために先ほど出ていったばかり。


「母上、寂しがると思うなあ」

 ソルディアンナが、中庭でチーズを伸ばし合う弟妹を見ながら言う。


「どうして?」

「だって、父上そろそろ出陣するんでしょ?」


「そうだね」

「引き延ばせないよね」

「その一日が、致命的な遅れになるかもしれないからね」

「だよね」

 ソルディアンナが頷く。


 アスピデアウスのじいじが出て行った意味が分からない年齢では無い。いや、ヘリアンテも理解していてもおかしく無いのだ。


 それが母に与える影響も、また。


「消えにくい炎でも、雷雨に消されてしまうことがある。ただ、消すほどの雷雨からでも炎を守る手段は幾つかあり、新しい薪をくべれば炎は復活する」


「神託、だよね?」

「ああ。次からは、ソルディアンナが母上や弟妹を支えてくれ。

 いや、ごめん。次も、だったね」


「ううん。次からは、で良いよ。この前も兄上に頼りっぱなしだったし」

 ソルディアンナの頭がやや下がった。

 兄妹で良く似た角度である。


「ソルディアンナが明るさを失わなかったからこそ、ラエテルもべルティーナも踏ん張れたんだよ」


 明るい者は、強い。

 オプティマ・ヘルニウスのように。


「あ、父上。じゃあ、と言うと違うけど、私も支える立場になるのなら、一つ聞いておきたいことがあるの」


 ソルディアンナが真っすぐに見上げてきた。

 無邪気な目だ。元気で、愛らしい。見ているだけで元気をもらえる愛娘。



「父上は、権力を集中させたいの?」



 そこから放たれた言葉は、少々、いや、かなり面を食らうものであったが。


 リクレスとヘリアンテの無邪気な戯れの声が耳に届く。ソルディアンナは無言。他の音は、鳥の音。風。奴隷は少なく、会話を聞いている血縁者はマシディリとソルディアンナだけ。聞いている者自体、二人だけか。


「どうしてそう思ったの?」

 平静を装い、尋ねた。


「略奪した者を誰もが処罰して良いって、実質的に父上に権力が集中する話だよね?」


 愛娘は、無邪気だ。

 考え無しと言うことでは無い。邪気なく、純粋に考えている。


「皆が言っている通り、文言の上では誰もが処罰できるし、同じ権限を有しているとは私も思うよ。でも、実際にやろうと思ったら武力が必要で、しかも仲の良し悪しもあるでしょ?


 なら、やっぱり仲裁もできる人が必要だと思うの。それも、圧倒的な武力を保持していて、いざと言う時にも対応できる人。


 そんなの、父上しかいないもん。


 穀物確保のための将軍も同じだよね? 父上の命令で略奪が行われても、穀物確保のため。他の人が拒絶した場合も、穀物確保のためと言って攻撃出来る。


 軍事命令権に明記は無くても、父上が全アレッシア人への攻撃可否を握ったようなものだよね?」


 うちの子は天才かも知れない。

 そう思いながらも、愛妻を思い浮かべれば当然か、と誇らしく思えた。


「穀物確保のための将軍は、私から言い出したことでは無いけどね」


「うん。分かっているよ。だって、父上は神々への誓約と言う形で略奪禁止にしたもんね。伯父上やじいじが「自分達が元老院だ」って言っても、父上の権限を否定できないもん」


「その通りだよ」


「それにね、父上はじいじを呼び出すためとか、安心させるためと言って、遠方の都市との中継機関を作ろうとしているでしょ。あれも、本当は父上との中継機関を隠すためじゃないかなって。


 中継機関は、元老院に誰かの意思を伝えるけど、受け入れるかは元老院次第。


 一見すると、父上の意見もそう。でも、今は父上が戦うために父上の要望を受け入れ、実現していくように動いているから、やり方によっては少数の、それこそ父上の一言をアレッシア全体の意思にすることも可能じゃない? その前例があれば、今後にも使えるのもそうだよね。


 管理権も、逃げた元老院議員や有力者、その人たちと仲良かった人に配慮しているように見せて、権力の制限でしょ?


 今は、配慮しているから、と言う建前で年数制限を簡単に受け入れてもらえている。それが常態化したら、次はエリポスやフロン・ティリドと言った遠方地の管理権。半島に残りたいって言う退役軍人の希望を叶えたうえで、半島の土地を分け与えずに済むようになるって思えば、偉い人はみんな大喜びでしょ? 大きな権限になれば、軍団兵も大喜び。夢もある。だから、軍団で働きたい人も増える。アレッシア人が戦い続ける。


 でも、土地は世襲しないのよね。

 なら、新たな有力家門が生まれにくくもなって、能力のある人が一代限りでアレッシアを支えるようになる。


 軍団で言えば、裕福な人が軍役を避けたがるのはアスピデアウス派で証明されていて、父上はそれをある意味で認めたのよね。財政難だからと見ている人もいたけど、軍団を支えるための財を払えって言うことは、財さえ払えば軍役に着かなくても良いと言うことでしょ?


 半島に土地を持つ金持ちは税を供出して、財政面でアレッシアを支える。

 貧しくも貪欲な人は軍団に入って功を望み、功を手にすれば半島の外の管理権を手に入れられる。


 アレッシア人に戦う意識を持たせたまま、アレッシアと言う巨大な国を回すための財源も手にする策で、それらを受けまわせるのは、やっぱり多様な言語を知っていて知見も有って、誰もが分かりやすい貴種と言う地位があるウェラテヌス。


 財貨であれば預かって引き出せるようにって言うのも、ウェラテヌスの影響力が確保されていればの話だから、軍団兵も守ろうとしてくれるのよね? それも、遠方の地でも引き出したいと望むから、軍事命令権も手に入りやすい状況が維持される。だって、財で特権を確保して兵役を逃れた者達に戦う力は無いもの。特権も剥がしやすくもなるし、専属兵士となれば無産市民の働き口にもなって、ならず者も外に出せて、良いことが多いよね?


 それとも、神殿に良く出入りしているのは、神威を使って安全を確保するため?」



 ふふ、と思わず笑みがこぼれる。

 同時に、政敵でなくて良かったと心から思った。


 かわいい愛娘だ。昼寝も良くする、おだやかな子。太陽のような娘。

 そして、非常に聡明である。


「後継者候補にしたいねえ」

「ええ!」


 ソルディアンナの大声に、焚き木の近くにいたリクレスとヘリアンテが振り向いた。チーズがたらり、と落ちる。二人が慌てて肉で防いだ。もう一度ちらりとこちらを伺う目には、また姉さんか、みたいな色が見て取れた。


「兄上との結婚だなんて、義姉上に悪いよ」


 くねりくねり、とソルディアンナが動く。


「なんか、どこから突っ込めば良いのかな」


 困った顔を浮かべれば、何事かと出てきていた愛妻と目が合った。

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