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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1580/1587

理想である自分。父である自分。

「まるで、旅支度のようですね」


 夜。

 祝いの続く街を後にし、帰宅したマシディリは、音もなく部屋の出入り口に立った。

 部屋にいるのはサジェッツァ。義父である。


「パラティゾはもう発ったそうだな」

 サジェッツァの返事は、相変わらず淡々とした声。

 一度止めた手も、再び動かしている。


「ええ。第二次ハフモニ戦争でマルテレス様とマールバラの主戦場となったのは半島南西部。繋ぎ止めるために、多くの元老院議員をアスピデアウスが迎え入れましたからね」


 対して、ウェラテヌスもとい父エスピラの行動は元老院議員を減らすためのモノ。


 新入りであり、アレッシアに統合されたのも後の者達の心は離れやすいのだ。故に、アスピデアウスの次期当主候補筆頭であるパラティゾを向かわせたのである。


「借金も、南部へ向かう軍団兵から財貨を預かりディファ・マルティーマで引き出せると言ったのも、クイリッタの遺言を実現させるためと見せかけて、今回の凱旋式もどきのためか?」


「いいえ。アグニッシモの凱旋式もどきはウェラテヌスの蓄えからです。

 尤も、クイリッタの遺言実行のための財とどこで区別するのか、と問われれば、感情的な問題と使う順番しか言いようがありませんけどね」


「軍団の維持のために多くの財を払わされる元老院議員が出てきた。出仕していない者の中には、マシディリから心が離れた者も居る」


「最後の内乱です、お義父様。元より、色分けのはっきりしない者は必要ありません。何より、国家の支柱を担う元老院議員が自らの私腹を肥やすだけなど、笑えませんよ」


「勝利を驕るか」

「ティツィアーノ様にお伝えいただければ、私の意図を理解してくれるものと信じています」


「止めないのか?」


「第三軍団の高官もいない。パラティゾ様もいない。されど、私は残っている。アグニッシモもヴィルフェットも帰って来たばかりでまだアレッシアに腰を落ち着かせた訳では無い。


 今が好機でしょう?

 止めてもいずれ行くのであれば、私としても今が都合が良いですしね」


 それはそれとして、利用もするが。


「そうか」

「あくまでも、私は、ですがね」


 ラエテル、とマシディリは声を出した。

 廊下の角。防衛用の荷物が置かれている裏で、肩が跳ねたような気配がする。


 おず、と顔を出したのは、愛息だ。気づかれていないと思っていたらしい。実際、うまい隠れ方だったのは事実だ。


 だが、マシディリには経験がある。レグラーレやソルプレーサなどによる、経験だ。


「言いたいことがあるなら、最後かも知れないよ」


 ぼくは、別に、とでも言ったのだろうか。

 顔の下がったラエテルの口がもごもごと動き、指が指をこする。二秒か、三秒か。そうしていた後に、ラエテルが静かに歩いて寄ってきた。


 サジェッツァが、入り口に立ったラエテルを一瞥する。


「止めに来たのか」

 余計な言葉を、と思わざるを得ない。


 この義父は、何時から余計な言葉を発することが多くなったのか。少なくとも、クイリッタが小さかった時は言葉が少なすぎた。逆か。今も少なすぎるが故に、余計な言葉になってしまっているのだろう。


「じいじ」


 ぽつり、とラエテルが一言。

 マシディリと話している間も止めていなかったサジェッツァの手は、ラエテルが現れてからは完全に止まっていた。


「なんで?」


 急かしはしない。

 マシディリは、二人から一歩離れて見守るだけ。サジェッツァも、今回はラエテルの言葉を待っていた。


「此処に居れば良いじゃん」

 ぶっきらぼうに、ラエテルが。


「責任がある」

 サジェッツァは淡々と。


「何の?」

 ラエテルの言葉は、一度強く地面を踏みそうな憤懣が滲んでいた。


「私についてきた者達への責任だ」


 サジェッツァが、座り直した。完全にラエテルに正中線を向けている。ラエテルも顎をひいたまま、大きな目をしっかりとサジェッツァに向けていた。


「マシディリがアレッシアに帰ってきた時の演説を聞いたか」


 ラエテルが頷く。

 サジェッツァが一度瞬きをした。目に感情は無い。


「あの演説は、エスピラが執政官になるために元老院でした演説を意識しているように私には聞こえた。記録では無い。マシディリもその場にいた以上、全てを見て、聞いた演説だ。意識していないのなら、その方が凶悪だと思ったとも。


 その後も、だ。


 マルテレスの救援に向かったエスピラは、カルド島でアイネイエウスに勝ち、一方面軍の軍事命令権保有者からアレッシアで二番目の実力者にのし上がった。エスピラの理想が、多くの者の目指すところへと変わり、多くの者がエスピラの下へと集まった。そして、エスピラは執政官以上へと成ったのは、知っているな。


 では、マシディリは何になる。


 最高神祇官であり最高軍事命令権保有者。執政官経験も既に複数回ある。最大派閥の長だ。その上は何になる。


 アイネイエウスは誰だ。あの男にカルド島を掌握されていれば、ハフモニは今も強大な海洋国家だった。


 カルド島はどこだ。エスピラが自身の物とした戦場は、今回どこに設定されている。


 これは共和政を守るための戦いだ。

 アレッシア人は王を認めない。王を戴かない。


 私がこの意思を貫かずして、誰が英霊の意思を継ぐのだ。タヴォラド、オノフリオ、サルトゥーラ、メントレー様、そして、半島の土へと還って行った戦友達。


 私は戦う。

 独裁者を討ち倒すために」



「父上の後継者は、僕だよ」


「ラエテルは共和政でも輝く。存分にその力を磨くと良い。マシディリは、良い師匠にもなろう」


「そんなの勝手だよ」


 入りは大きかった声が、最後は小さくなる。

 感情の落ち着きもそうだが、夜である、と言う外的要因が大きいだろうか。



「アスピデアウスのじいじが分からないよ。


 じいじと親友だったくせに、じいじを殺して。そのつもりが無いって言っても、じいじが追い込まれたのは事実だよ。火を起こしただけと言っても、その火で焼け死んだ人がいたら、起こした人が殺したのと変わらないよ。


 じいじが生きていたら、叔父上が殺されることは無かった。叔父上が死んでいなければ、隻眼の伯父上も逃げることは無かったのに。


 じいじがやっているのは責任を取る行動じゃない。

 逃げだ。自分が楽したいから、楽になりたいから殺してくれと父上にいって、父上に罪をかぶせる卑怯者だ!


 だから、アスピデアウスのじいじは、嫌い。


 じいじならそんなことしなかったのに!」



「だろうな」


 サジェッツァの声に、感情の抑揚は無い。

 受け容れる大海のように、落ち着いている。



「ウェテリ殿が亡くなったともエスピラがあそこまで精力的に動けるとは思っていなかった。子供達のためにと頑張ったんだろうな。


 マルテレスもだ。

 海運に携わっているからと蔑まれ、自らの手で英雄の地位を勝ち取ったのにも関わらず、我が子のために全てを投げ捨て、最後には大罪人となった。


 それでも、二人は子供のために戦い、子供を見捨てることはしなかった。


 羨ましいと、心から思ったよ。


 私もそうありたい。そうやって死にたい。

 子を守るのが親の責務だと言うのなら、最後にそれを果たす。何があっても、私は子供達の味方でありたいと願ったまでだ」



「母上も、じいじの子だよ」


 ラエテルの頭が完全に下がる。

 声も手前で落ちていった。



「だからジネーヴラを残す。パラティゾもレティナーレもいる。だが、ティツィアーノの傍には誰もいない。マレウスもあれの家族も、結局は味方では無い。


 だから、私が行くのだ。

 父として。アレッシアを割る愚かな行為を続けた首魁の一人として。その責任を取る。


 何より、私も子の親だ。

 私は私の最後をティツィアーノのためだけに使う」



 話は終わりだ、とサジェッツァが重たい幕を下ろすように言い放った。

 ラエテルが、よれろれと、それでも一通りの礼を取って部屋を出る。後ろに回っていたマシディリも既に廊下だ。



「わからないよ」


 小さな声は、多分、母譲りの不器用な甘え。



「アスピデアウスのじいじは背負い過ぎたんだ。だから、これ以上は登れない」

 はっきりと。寄り添うことなく言い切る。


 愛息の抗議の目がやってきた。

 静かな膜は、夜の暗がりでも良く分かる。目の赤さも同様に。


「でも、最後にその荷を下ろし、また歩き出せるのなら、私は止められないよ」

 

 今度は、少しだけ、寄り添う響きを残して。

 愛息の顔が、また下がった。


「わからないよ」

 小さな声は、多分、自問へと近い。答えのない、問いだ。


「そうだね。できれば、もう誰もサジェッツァ様の気持ちを理解しなくて良い世界を作ってくれ、ラエテル」


 これは平和への祈りだ。

 あくまでも道を照らす松明の一つだ。


 そう、頭を撫で。

 マシディリはもう一人の不器用の下へと向かう。


 自分は、父の死の時も弟の死の時も、満足に話すことは出来なかったのだ、と。だから、話せるのなら、出来れば話しておいてほしい。


 私は今でも心残りばかりなのだから、と。

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