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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1577/1589

営みの繋がり Ⅰ

 神殿にて多くの者を見守る聖なる炎は、今日も変わらず燃え続けている。


 静かな音と共に、燃やし尽くす訳でも無く、焦がさない訳でも無い。ただそこにあり続け、燃え続け、照らし続けている。


「お待たせいたしました」


 後ろからフォンスの声がかかった。マシディリより先にパラティゾが振り返り、それからマシディリも振り返る。


「ご依頼の件ですが、まずはラエテル様からお伝えいたします。

『満杯の水がめも空の水がめも、水がめとしての価値は変わらない。されど満杯時の水がめと空の水がめは価値基準が違う』


 続いて、セアデラ様ですが

『獣も炎に恐れを抱く。されど、触れなければ身に付かない』


 と、出ておりました」


「なるほど」

 どちらかと言えば、二人に対するマシディリの応対の仕方を提示しているのだろうか。

 そう思いながら、炎をちらりと見る。

 何と言っているのか、マシディリには読み取ることは出来ない炎だ。


「これは私の解釈なのですが、マシディリ様のお考えを実行に移すのが最善だと言われているのだと思います。


 ラエテル様はウェラテヌスの者として考えなければならないこと、ラエテル様として果たさねばならない役割を考える時間を作り、セアデラ様は何よりも経験を重視するため、ラエテル様より早く初陣を果たす。その決定を後押ししているように感じられました」


 フォンスの膝がやさしく曲がる。

 処女神の巫女としての流麗な仕草だ。もちろん、フォンスは『元』であるのだが。


「経験を、ですか」

「炎をマシディリ様とみるのでしたらお傍に置くのも良いとは思います」


 身に付ける、の前が「恐れを抱く」なのだ。

 少しばかり、考えどころではある。


「どのみち、初陣は今の内にさせたいと考えています。それに、後継者としての差も付けなければいけませんしね」


 これまで決定してこなかったつけではある。

 だが、間違いでは無かったとも思うのだ。極限の状態で、ラエテルとセアデラが決めたこと。それが後々の禍根を小さくすることにも繋がるはずである。


「それから」

 と、フォンスが頼んでいたもの、即ち各高官に対する占いの結果を提示してくれた。

 第三軍団だけでは無い。エキュスやアリスメノディオなど、これから取り立てる予定の者もいる。


 結果から言うと、軍団として連れて行く者達や議場に残す者の内の有力者に不安なところは見受けられなかった。唯一、スペランツァが「錨を下ろすのは船の自由。港に繋ぎ止めるのは港の意思。荒波を超えることのできる船は、錨を自分で持っている」と身構える文章もあったが、想定内。


 ディファ・マルティーマに先行させたピラストロからは、スペランツァがディファ・マルティーマに無事に入ったとの連絡が来ているのだ。しかし、スペランツァからの連絡は無い。叔母からも無い。ルーチェからの手紙が、ピラストロからの報告に紛れていた程度。


 敵対している訳でも無く、防御陣地群の復興も進んではいるが、水面下での主導権争いがあるようなのである。


 防御陣地群の設計図を共有しているカリヨとピラストロ。

 ウェラテヌスの血縁者として都市の主導権を握りたいスペランツァとカリヨ。

 マシディリを後ろ盾に、ディファ・マルティーマ防衛の指揮を執ろうとするピラストロとスペランツァ。


 セアデラの言う、歪みである。


 彼らは、もしかしたらマシディリが生きていると言うことさえピラストロの方便と判断した方が合理的かも知れないのだ。そして、ティツィアーノの脱出はまだ知らない可能性も高い。


(どうしましょうかね)


 セルクラウスとティバリウス。

 両家の最盛期を取り返すために、と言うのは、邪推が過ぎるだろうか。

 二人とも、間違いなくウェラテヌスの血縁者であり、ウェラテヌスのために働いてきたのだから。


(ですが)

 ウェラテヌスと違い、二人にとって自由に動かせる玩具であるのも事実。

 後ろ盾が弱くなったのなら、自分の玩具で思いっきり遊びたいとも思うのが人間の性。自身の家門の発展を考え、いざという事態に備えるのも家門を預かる者の務め。


 ウルバーニ、ルカッチャーノ、トリンクイタ。

 似た動機で動いている者もいるのだから。


「ただ、気になることも、ございます」

 フォンスの歯切れが悪くなった。声も小さくしている。


 奴隷も下げられた、四人しかいない部屋で、また一歩フォンスが近づいてくる。薄暗い部屋だ。外からも見えない。パラティゾとアルビタが部屋の外からの行動の観察を阻害し、薄暗さが口元を読ませなくさせる部屋である。


「『如何なる人の手も、炎の行く手を阻むことは出来ない』

『如何なる炎も大海には敵わない。海を制した者は、海を自由にする者である』

『海は、唯一炎すらも呑み込む』


 この神託が出たとの記録が、クイリッタ様の死後からマシディリ様が復帰されるまでの間に残されておりました。依頼した方は不明ですが、最高神祇官に伝えると申しても不明に出来る者など限られております」


 限られている、なんて者では無い。片手で収まる人数だ。

 そして、誰かが嘘を吐いていない限り、マシディリがいない間に可能なのは一人。


「そして、私も多くの方に対する神託を授かる過程で、この神託が示しているであろう人にたどり着くことができました」


「私ですか」

 マシディリ様です、と言うフォンスの声と重なる。


「『炎は私の意思を伝え、炎は生活を豊かにし、過ぎたる炎は地上を焼き尽くす。されど、如何なる炎も大海の前では泳げぬ稚児と同じ』。

 アレッシアのことでは無く、私のことだったのかもしれませんね」


 あるいは、アグリコーラに居る巫女ラウラの言葉か。

『炎は地上を巡り、風に乗って広がる。多くの恵みと破壊をもたらす聖なる物である。されど、炎が大海を越えることは出来ない。海はあらゆる炎を消してきた』


 テルマディニから帰還し、半島を一気に席巻する勢いのマシディリも、エリポスに逃げられればそうはいかないとでも言うのか。やはりクイリッタ暗殺の後ろにいるのは、エリポスか。


(許しておけましょうか)

 半島でマレウスを殺す。

 その後は、エリポスだ。


 ティツィアーノが軍団を連れて行ったのなら、丁度良い。贖罪として命令を下し、攻めさせれば全てが丸く収まる。ティツィアーノを、呼び戻す手が増えるのだ。


「マシディリ様」

 パラティゾの声と、闖入者の音は同時。


 普段ならパラティゾを優先するところだが、闖入者たる少年に近い若者は勢いが良かった。処女神の神殿の守り手が、二人がかりで抑えなければならないほどであり、うるさくもある。


「申し訳ございませんっ」


 若者のような声は、さらにその後ろから。

 少年のような若者の頭を抑え、一緒に頭を下げた者は、声から連想できる通り青年であった。髪を短く切りそろえている、二十代中盤当たりの若者だ。


「マシディリ様がこちらに居ると耳に挟んでしまい、止める間もなく」

「亜父の遺言をっ! 貴方なら変えられるのではありませんかっ!」


 マシディリに対する否定か。それとも懇願か。


 判断の着きかねる発言だが、マシディリはゆったりと右手を挙げた。少年を抑える守り手を下げさせる。暴れていた少年の動きも小さくなった。


「亜父?」


 真っ先に考えうるのはサンテノ。

 敵対する結果になってしまったが、元老院議員として、富める者として施しを惜しまなかった人物だ。父のように慕われていてもおかしくはない。次は、ティベルディードだが、想像がつかないのが正直なところである。


「ご無礼をいたしました!」

 若者が大きな声で叫び、少年の額を地面に押し付けた。


 少年の抗議の声は、しかしすぐに止む。それを待っていたかのように、若者が片膝をたて、頭を下げた。若者の目は、一度もマシディリを直視していない。


「お初にお目にかかります。亡村ラソドに生まれ、サルトゥーラ様の恩寵にて育ち、クイリッタ様の温情にてアグリコーラのアスピデアウス劇場造営に従事いたしました、アルカ・メサラと申します。

 こちらは、カウヴァッロ様と同郷となるスタドに生まれ、クイリッタ様の恩寵にて成人を迎えましたメリモア・フルウィト。

 お察しの通り、クイリッタ様が継がれた孤児院にて育った者にございます」


「亜父は、クイリッタか」

 知らない内に、立派に子育てを終えやがって。

 普段は使わない言葉遣いで、つい、マシディリはこぼしてしまった。


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