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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1576/1587

傲慢な大国 Ⅱ

「殿下の親征が上手く行くよう、我ら一同願っております。もちろん、神殿にも祈りを捧げ、我らとしても今できる最大限の協力を惜しむつもりはございません」


 アルモニアがややゆっくりと言った。

 頭を下げる代わりに目を閉じてもいる。おだやかで、融和的な態度。メリイェスの表情も相まって、和やかに終わりそうな気配すらする。


「して、殿下の親征では遠くフラシまでたどり着くおつもりでしょうか?」


 しかし、当然、和やかなまま終わるはずが無い。


「メレイサ殿はまだまだ幼く、政務など執れるはずがございません。あくまでも、祖国を見たい、父を弔いたいと言う想いがあればこそ、両陛下も西へと行くことを決断したまで。ハフモニ、フラシと道中が安定しているのであれば、その手前で十分に目的を達したことになりましょう」


「安定していないと見れば、ハフモニとフラシにも踏み込むと考えても?」


「将来的にフラシにメレイサ殿を送り届けるのが目的です。もちろん、将来的にではなく、統一された王のいない今、正統な血筋として送るのも吝かではありません」


「今送り届けるのもやぶさかではない、と。それは、負担だから、でしょうか。それとも、何か他の理由が?」


「負担ではございませんよ。ただ、客人が望まれたからです。それに、マフソレイオの両陛下は大きな戦いを経験してはおりません。しかし、手元には軍事顧問を雇い入れ、作り上げた軍団があります。使ってみたいと思うのが軍団関係者の考えであり、功績が欲しいと思うのが殿下の御心。多くの者の心情と状況が合致した今こそ好機、と言ったところでしょうか」


 マシディリは表情を変えず、例えば、と考える。


 議場に居るのがティツィアーノでも、同じ言葉を言えただろうか、と。言えただろう。その時は、マシディリに助けを送る価値は非常に高くなるのだ。あるいは、言葉の綾、として逃げることもできる。


 運命の女神の教えを軍事顧問から聞いていたから口にしてしまっただけ。

 自分達の神々はマフソレイオの神々であり、両陛下である、と。


 まさか、アレッシアの神々を信仰せよという命令では無いでしょうね、と言って、穀物供給の拒否まで持っていくだろうか。



「元老院の皆々様に言いたいことは、メレイサ殿はフラシの正統な血筋であると言うことです。


 アレッシアも以前はメレイサ殿の父マヌア殿と組んだことがありました。討伐対象は妹の義父であるボルタルタンとエリポスから支援を受けた弟アンネン。


 その後、ノトゴマの力もあってマヌア殿の弟のメンサンがフラシの実権を握りましたが、そのメンサンはアレッシアを裏切り、アレッシアの英雄マルテレスを唆した大罪人。故に、グライオ様に滅されております。


 マヌア殿は、アレッシアにとっても悪くない相手であった。

 そうであるならば、メレイサ殿を統一フラシの新王とするのはアレッシアとしても悪くはない話ではありませんか?」


 その場合は、当然、フラシに於けるマフソレイオの影響力が高くなる。

 フラシ遠征時に、航海でマフソレイオが姿を見せているのも、遠く離れたフラシと雖もマフソレイオを無視はできない状況に拍車をかけるはずだ。


(クイリッタがいればなあ)

 そう思いながらも手を挙げ、マシディリはゆるりと立ち上がった。


「メレイサ様の帰還を歓迎するかどうかは、フラシが決めること。此処で議論しても結論は出ません。

 さらに言わせていただくのであれば、現在フラシを纏めているサッレーネ様は父上に庇護を求めた者。ウェラテヌスとして、彼らを守る責務があります。

 仮に歓迎しないとあれば、止めていただきたいと言わざるを得ませんよ」


 席を離れ、ゆっくりと中央へと降りていく。

 紫のペリースが、マシディリの歩み合わせてゆらひらと揺れた。メリイェスの目は、マシディリのペリースの動きを見ているようでもある。


「サッレーネ殿の御父上ボルタルタンは、まさにエスピラ様が破られたと聞いておりますが」


「『恨まないはずがございません。私の感覚で物を言えば、父に成敗される理由は何も無かった。何も。だが、マヌア殿下と会った時に言われました。「父に似ず、旗幟をはっきりさせてくれてよかった」と。同じフラシ人でこれならば、アレッシア人との間に大きな差異はあったのかもしれません。ですが、恨まないとはまた別の話。

 さりとて、エスピラ様を尊敬しているのも事実です。

 父を殺した者が父より優れているのはあり得る話。その上姫を逃がし、伝言まで託せるほどの余裕を見せたうえでフラシに勝てる男。

 その者から学ばず、何を為せるのか。生き残るためにはより優れた者に教えを請うべきであり、尊敬する父を上回る能力を持つ者に敬意を抱けない者が大事を為せる訳がありません』


 サッレーネ様が父上と会った時の言葉である、と記録されています。


 恨みは当然ながら、敬意が残っているのなら、私も父上の後継者として応えねばなりません。何より、サッレーネ様の言いまわしからはマヌア様に対しても思うところはある様子。


 その状態でいきなり遺児を連れてこられたら、どう思うでしょうか」


「このままでいけば、フラシの姫との間に将来できる子がフラシの王となり得たのに、ですか?」


「使ってみたい。功績が欲しい。そう思われているのであれば、そのような推測も当然のことと思いますよ」


「サッレーネを通じてアレッシアがフラシの支配をしたいと言っているように聞こえるのも、当然ですか?」


(アレッシアが)

 ウェラテヌスが、としてくれば敵意があるが、この言葉選びならば敵意は無い。あったとしても、そこまででは無いはずだ。


「マフソレイオは、メレイサ様を通じて支配を行いたいのですか?」


「支援を求められれば断ることは致しません。一度は匿った相手ですから。それを、誰かの顔色を見て見捨てるなどできるはずがございません。これは信用問題です。故に、メレイサ殿から助けを求められれば、応えるでしょう」


 逆の立場もまた然り。

 父が師匠だというのなら、理解していなければならないことだ。


(マフソレイオに敵対意思は無し、ですね)


 邪推かも知れないが、一種の息抜きだろうか。


 ズィミナソフィア四世とイェステスになってからの治世は、非常に安定している。大きな戦乱は無く、食糧は相変わらずたくさん採れ、芸術はより発展した。


 民からの不満は、更なる欲望でしかない。


 しかし、マフソレイオがアレッシアに支援を続けていたのも事実。その結果領土と港を得ているが、アレッシアのおこぼれであり頭を下げ続けた結果となじる者がいてもおかしくはない。あるいは、復権を望むマルハイマナから吹きこまれたか。


 いずれにせよ、このアレッシアの内乱に関与せず、マフソレイオ自らの武力を示すのは良い策だ。


 アレッシアに対する影響力が高くなりすぎればアレッシアからも警戒された上で宮廷内の敵対者も増える。


 一方、この策ならアレッシアからの警戒は高くなるのは避けられないが、アレッシアに対する影響力を、表向きは、強めることは無い。マフソレイオ宮廷内の敵対者も減る。何より、マシディリに付け込む隙を与えつつ、アレッシアとマフソレイオの緩衝地帯をフラシにしようと提案してきているのだ。


(私から父上の代替わりで此れでしたら)


 いずれ、対決することになるのかは分からない。

 少なくとも、関係悪化の緩衝材としてフラシを機能させるのは、朋友であり続けるのにも良い策だろう。


 マシディリは、メリイェスから目を切った。

 元老院議員をぐるりと見回すように足を動かし、アルモニアの前で止める。


「以前、お義父様を呼び出すためにもとして領域内各地からの連絡を元老院にもたらす仕組みを提案いたしましたが、フラシとハフモニに関しては即座に作り上げることも提案いたします。以後の、マフソレイオとの連携のためにも」


 アレッシアを第一に考えない者にアレッシアの舵取りは任せられない。


 それはそれとして、領域内各地の情報を得るのは必要だ。半島内部で言えば元老院議員がその役目を果たさないといけなかったが、上手く行ったとは思えない。故に、代替の手段として、中継する者達を用意したいのだ。


 遠隔地に住まう者の不満や希望を吸い上げ、元老院に伝える者達を。

 それによって、「おらが街の」元老院議員が逃げ出してしまった街が完全に敵対することを防ぐことも考えて。




「マシディリ様に従うことによって食べる物に困らなくなる。だから、残った。そう言う方もいると思われますが、話を穀物支援にしなくてよろしいのでしょうか」


 使者とのやり取りを終え、一度下がらせた後の議場でボルビリが言う。

 非難の響きはあるが、どちらかと言えば味方としての発言。


「私は最高軍事命令権保有者にして最高神祇官。決定権はありません。あくまでも、ウェラテヌスの当主として、質問を重ね、軍事行動を睨んで理解を深めようとしただけです」


 淡々と。

 決めるのは独裁官であり、元老院議員であると言わんばかりに。


「それでしたら、穀物確保の責任者、としての責務とそのための軍事命令権もマシディリ様に付与いたします。特に軍船に於いては、妹君の嫁ぎ先も含めてマシディリ様が一番集めるのが容易なはずですから。如何でしょうか?」


 アルモニアが言う。


「イペロス・タラッティアの設計もエスピラ様が行い、東方の安定化およびボホロスの一部を直轄領にしたのはマシディリ様の功績。フロン・ティリド遠征からアグニッシモ様が帰路に就くと言う話もお聞きしましたので、もうカルド島からの穀物供給もできることでしょう。

 マシディリ様であれば、十分に任をこなせると思います」


 パラティゾが、多くの者が抱いたであろう不安の矛先を変えた。


 この決議が通ったのは、翌日。

 その日は、クイリッタの遺言披露の日でもあった。


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