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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1575/1587

傲慢な大国 Ⅰ

 黄金の腕輪が、元老院の議場で輝いた。

 一瞬のきらめきは、すぐに男の胸の前へと戻っていく。大勢の視線を集めるのにこれ以上の成功は無いほどだ。


「アレッシア元老院の皆々様、お初にお目にかかります。勇猛なる、あるいは臆病なメリイェスと申します」


 黄金の腕輪が良く見えるように腕を大きく動かし、メリイェスと名乗ったマフソレイオ人が腰を曲げた。目は、空席だらけの元老院の議場をしっかりと観察している。マシディリのところで少々長くとまったのは、確認したからか。


 ティツィアーノであれば、隻眼。

 マシディリであれば紫のペリース。


 共に他国からも分かる特徴を持つ者だ。



「アレッシア語が流暢だと、驚かれてしまいましたかね?」


 メリイェスがおどけたように肩を竦める。

 失笑と共に口を開こうとしたボルビリよりも先に、メリイェスの手が大きく動いた。


「これもまた当然のことにございます。我らが神々、両陛下におきましては先代エスピラ様のことを実の家族のように慕っており、我らが宝である殿下もアレッシア語も学んでおられます。何よりイェステス陛下は嫉妬などとは無関係な方。エスピラ様の嫡男であるマシディリ様のことも、実の甥のように思っておいでです。


 加えまして、エスピラ様はマフソレイオが誇る最高の軍事顧問。いわば師匠。

 アビィティロ様やグロブス様、マンティンディ様と私は同門なのです。


 特に、エスピラ様が追放されていた時に良く話を聞いておりました。アレッシアにとっては不幸な時間であったかもしれませんが、私どもマフソレイオにとっては幸福な時間でありまして」



 おっと、と、メリイェスが元々大きかった声をさらに大きくした。



「エスピラ様が軍事顧問であったことに疑問を抱く者も、まだ残っているかも知れません。


 分かります分かります。ええ。分かりますとも。

 エスピラ様より戦場で強い者は多くおりますから。


 マールバラ、バーキリキ、プリッタタヴ、ともすれば、シドン、アイネイエウスのグラム兄弟を追加しておきましょうか。

 アレッシア人に絞っても、マルテレス、イフェメラ、オプティマ、ヌンツィオ様、グライオ様。招集不可能としても良いのなら、タイリー様、メントレー様、ペッレグリーノ様も付け加えておきましょう。そうそう、オノフリオ様も忘れずに。


 されども、戦争でエスピラ様より強い者はこの半数もおりません。ユクルセーダの現王と組み、エスピラ様の使う土壌と同じ土壌を使うのであればバーキリキ・テラン。エスピラ様のような名門を持つことができていればタイリー・セルクラウス。運命の女神がもう少し気まぐれであるか生真面目であれば、アイネイエウス・グラム。


 明確なのはメントレー・ニベヌレスぐらいですか?


 しかし、メントレー・ニベヌレスは後進を残すことができませんでした。孫であるヴィンド・ニベヌレスを鍛え上げたのはエスピラ様。その子ヴィルフェット様が活躍しているのもウェラテヌスの力があって。


 我らも扱える普遍的な行動原理、教育手法にまで落とし込めたのは、エスピラ様のみ!


 エスピラ様のご子息の力量がエスピラ様の教育だけに依るとは言いません。

 エスピラ様の弟子の出世が、エスピラ様に依るモノだけであるとはただの嫉妬。

 然れども、これだけ多くの者の才能が開花しているのは、エスピラ様が優秀であることと何ら矛盾はしておりません。


 故に、私は申したのです」


 メリイェスの腕が急に落ち着く。

 表情も、神妙なものになった。

 次に伸ばされた手は、劇場で顔だけで選ばれた若手俳優に良く見る大袈裟な動き。


「陛下。マシディリ様が如何なる失策を打とうとも、元老院が如何なる妙策を打とうとも、マシディリ様の手元に残る軍勢は二万をくだらないでしょう。これは、エスピラ様がエリポス遠征に乗り出した時の兵数と同じであり、違うのはその時に施した調練が既に完了した軍団であると言うことです。


 しかしながら、陛下。ティツィアーノ・アスピデアウスもまたエスピラ様の弟子。ボダート、スキエンティとエスピラ様肝いりの伝令部隊出身者もおりますれば、非常に強力な軍団でしょう。

 睨まれただけで、竦み上がってしまいます。


 良いですか。

 両陛下もご存知の通り、戦争とは戦場のみで起こるモノではございません。


 それを加味した上で先代の英傑を三人上げろと言われれば、全てアレッシア人となりましょう。


 海運を握り続け、陸上でも圧倒的な力を示し続けたマルテレス・オピーマ。マシディリ・ウェラテヌスの師匠です。


 内政に於いて革命的なことを繰り返し、アレッシアの動員力を机上の空論から現実的なものに変え、的確に敵の失策を突く手を打ち続けたサジェッツァ・アスピデアウス。マシディリ・ウェラテヌスの義父です。


 そして、我らが軍事顧問、エスピラ・ウェラテヌス。マシディリ・ウェラテヌスの実父です。それでいて師匠でもある。


 師匠と言えば、陛下。アリオバルザネス将軍もマシディリ様の師匠でありました。我らと同じ大王から分かたれた国の、最優の将軍です。いや、これで一方的に決まるのであれば嬉しいのですが、ティツィアーノ様はドーリスとの関係を深めておりました。ドーリスは、大王の時代のメガロバシラスですれば屈服させきれなかった国です。あの時は、我らが旧友アフロポリネイオとも組んでおりましたが、此度も組むでしょう。


 陛下。私が思うに、巻き込まれればマフソレイオが燃えてしまうこともあり得ましょう。これまで幸運をもたらしてきたエスピラ様の作られた港が、敵船が多量に停泊する場所にもなってしまったのです。


 ですので、陛下。我らは西へと目を向けましょう。

 我らが大王が失敗した西方遠征。それを完遂させるのです。


 え? 何でしょう、陛下。


 はい? マシディリ様はもうじきアレッシアに帰還するはずだ、と?


 いや、まさか。あり得ませんよ。本当にそうなりましたら、私は裸で殿下を起こしにだって行きますよ。



 はい。こうして私は、『勇猛なる、あるいは臆病な』と言われるようになったのです。

 まあ、私からしてみれば、『多弁な』が最も適していると思うのですが」


 口を開けて、メリイェスが笑う。


(何が多弁な、ですか)

 肝心なことは何一つ言っていないくせに。


 要するに、マフソレイオと事を構える余裕なんて無いはずだ、と脅してきているのだ。


 エスピラを持ち上げ、自分をその弟子とする。

 メガロバシラスの大王を持ち出し、残り二つとなった後継国家の一つであり、最有力国家であると匂わせた。

 さらには、エリポス各国との繋がりも出し、けん制も忘れない。


 これらを、マシディリやティツィアーノを持ち上げつつ言ってきたのだ。


 途中で出した者達の名は、あくまでもマシディリ達に敵意は無いと示すため。ちょっとした持ち上げと、戦いは望んでいないと言う姿勢を示すためだろう。


「陛下のお言葉まで聞いてもよろしいでしょうか」

 アルモニアがやんわりと言う。


(異母姉上のことですから)

 マシディリが戻ってくることは見越していたに違いない。

 でも、使者の言葉は全て本当か。


 魔女とも評される女帝である。

 マシディリが戻ってきていた場合とティツィアーノ政権のままだった場合。二つの口上を、あるいはそれ以上を想定していてもおかしくは無い。


 マフソレイオに変事が伝わってから即座に対応を決めて間を空けずに送り出す。

 僅かしかない時間で、多くに対応するだけの手筈を整えるの力はあるのだ。


 そんなマシディリの思考を他所に、メリイェスが、堂々とパピルス紙を開く。



「イェステス陛下のお言葉を、そのままお伝えいたします。


『前フラシ国王マヌア陛下が遺児メレイサの要望に従い、我が子が親征を行います。


 故にこれまでのような食糧支援は出来かねますが、東の守りは固め、混乱が起きないようにいたしましょう。さらには征西によって安定をもたらし、混乱続く西方世界に一つの静謐を実現させるつもりです。


 重ねまして、これまでのような大規模食糧支援はできませんが、アレッシア海軍の力によって食糧供給の安定は保たれる状態を維持することはお約束いたします。加え、決して西方の穀倉地帯に致命的な打撃を与えることはしないともお約束いたします』


 我らが朋友アレッシアにとっても、非常に良い条件だと、女王陛下も微笑んでおられました」


 都合の良い多弁ですね。

 マシディリは微笑みながら自身に猜疑の目を向けてきた元老院議員の顔を記憶していった。


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