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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1574/1587

マシディリの恩寵

 あくまでも管理権限。

 されど管理権限。


 いるだけの元老院議員よりも多くの権限を民会に渡し、国庫に納める分も含めて管理してもらう。ただし、ある程度はマシディリが指定した人達に渡して、あるいは利益が行くようにするにも忘れなかった。


 ファリチェのような、傍から見ると裏切っていたように見える者達にもしっかりと報いる。


 その上でシニストラを始めとする最初から最後までウェラテヌス側だった者には、大きな褒賞で報いた。


 具体的には、シニストラを永世元老院議員としたのである。


 元々はエスピラが座っていた席だ。エスピラは、アルグレヒトから受け継いでいるため、返した形にもなるが、そもそも永世元老院議員の役職は世襲では無い。ただ、多くが認める論理の一部に組み込まれる結果となった。


 同じくアルグレヒトであるカンクロは、逃亡によって空いた法務官の一席に。選挙に依らないため権限となる範囲を狭めたが、独裁官アルモニアと共に次の選挙を円滑に行うのを業務と定めた。


 ベネシーカには、各神殿に於ける神事の名誉ある役目の幾つかを頼む。ベネシーカも一貫してクイリッタ暗殺への不服従の姿勢を示し続けた英傑なのだ。ただし、当然ながら従軍経験は無い。それ故の褒美の落としどころだ。多少の批判は、マシディリが封じ込め、神殿もマシディリを支持する。


 最後に、オピーマ。

 マルテレスの死後に消えた権限の幾つかを戻すことを、夕刻に発表したのだ。同時に、フィチリタに迫った、と言う愚かなオピーマの親族の訴追も表明した。財の没収も決定するが、オピーマの一門内には残り続ける。むしろ、本流であるクーシフォスの力が増した形だ。



「オピーマについて、事細かな、と思われた方もいることでしょう」


 隠すように口元を抑える者が増えたのを見計らって、マシディリは、郎、と声を張った。

 背筋を伸ばした者が多く居る。普段から瞼が落ちかけていた者達ばかりでは無い。長時間にわたり、しかもただの論功行賞が行われていたことによる弊害だ。


 そして、マシディリの狙いでもある。



「しかし、港は、今、最も大事な場所なのです。


 エリポスを始めとする、各国からの使者が続々とやってくるでしょう。祝いに、あるいは探りに。


 どちらでも構いません。

 私達と彼らの間で最も情報に差があるのは、今なのです。今しかありません。今だからこそ、彼らの方針、考えが良く分かるのです。


 これは、貴重で大事な機会だ!


 未だに私達を見下してきている者なのか、否か。

 そして、私達自身も認識を改める時なのです! 決してアレッシアは劣った国では無い。野蛮人では無いと。口ではそう言っていても、エリポスでは、エリポスのやり方は、他国では、などと言っている者が、貴方がたの傍にいないと言い切れますか?


 それが既にアレッシアを下に置いていると言う証明なのです。


 アレッシアにはアレッシアだからこそ発展してきた風習があり、アレッシアに即して変わってきました。そこには他国には無いアレッシアの文化があります。


 そこを考慮せず、ただ他国を崇めて良いはずが無い!


 アレッシアに誇りを持ち、父祖の魂を受け継いでいるのなら、アレッシアはアレッシアとしてアレッシアのために、アレッシアを想ってアレッシアだからこその行動を起こさねばなりません。


 アレッシアに栄光を。

 祖国に永遠の繁栄を。


 その言葉が嘘で無いのなら、どこかで他国に頭を垂れるような卑屈さを捨てなければなりません。アレッシアが無遠慮な者達が大股で闊歩する国にしてはならないのです。


 我々は我々だ。

 それ以上でも以下でもない。


 私達にとってアレッシアが一番とする。そして、不当な見下しには屈しない。アレッシアは剣でお返しする。


 これが、私の決意です」



 サジェッツァを義父に持ち、マルテレスを師匠に持つ。

 しかし、根本は実父エスピラから受け継いだモノ。


 その宣言をしっかりとしながら、自派の過激派に「徴兵のためには暴徒に与した者達の力も必要なのです」と一人一人に説いていく。


 一方で日和見に走った者や後ろめたいことがある者には、「貴方がたは信用されていない」と吹き込んだ。払拭するためには軍事に従事するか、莫大な財を献上して軍団維持に貢献するか。恐らく、後者の方が多くの者が安心するでしょう。もちろん、貴方自身も。などと人を見ながら囁いていく。


 兵は必要だ。

 だが、士気が低い者もいらなければ、土壇場で裏切りかねない者は必要ない。この裏切りは、逃亡なども含めての裏切りだ。


 一方で財産に意思は無い。そして、戦争に必要な物だ。いくらあっても困らない物である。


 そうして、翌日には、のこのこと。マシディリが昔出した講和案を手にアレッシアの港を塞いでいた十八艘の持ち主たちがやってきた。



「貴方がたの持つ全ての管理権限は、オピーマを始めとする者達が持ちます」


 マシディリは、背もたれに体を預けるような態度で冷たく男達を見た。


 男達の顔は、強張っている。上気し、頬が上がり口元も緩んでいた者達が、今や別の意味で顔を赤くしている始末だ。


「生活に必要な財は管理している者達から出しますが、今回のことが片付くまでは貴方がたが直接交易に励むこともできませんし、他の作業に従事することも許しません。庭先の畑だけは許可しますが、奴隷も最低限に制限します。


 この『今回のこと』ですが、暴徒の主犯たるマレウス、ロエル両名の捕縛および六十名にのぼると言われている実行犯の半数以上の死亡、ティツィアーノ様を始めとする第四軍団の敵対行動の終了をもって事が片付いた、と認識します、とだけ、伝えておきますね」


 言い終わる成り、マシディリはつまらなさそうに手の甲を見せながら手首を跳ね上げた。もちろん、足元、重心の観察は忘れない。


「話が違う!」


 一人が吼える。

 次々と他の者も吼えだし、マシディリからの手紙を利き手で掲げ、もう片方の手で叩きだした。


「此処には」


「状況が違う」

 声を低く。

 前のめりになっていた者の半数の腰が落ちていった。


「私がそれを出したのは、アレッシアに入る前。即座にアレッシアに入る必要があった時です。


 結果、どうでしたか?


 貴方がたは港の封鎖をやめなかった。おかげで第三軍団は一か月近く余計な時間がかかり、ティツィアーノ様が逃げてしまったではありませんか。


 クイリッタの暗殺に関わっていない?


 でも、今日まで内乱が続いているのは貴方がたの責任も大いにある。


 すぐに片が付いたことを引き延ばした大罪人として処刑場に案内しなかっただけでも温情だと思っていたのですが、そのような態度とは。


 聞けば、ティツィアーノ政権下のアレッシアで物資不足が発生したのも貴方がたの所為だと言うではありませんか。

 それまでは持っていなかった大権を持ち、あまつさえ簡単に鞍替えして、前政権で手に出来ていた権限をそのまま持ち越そうとする。あさましい以外に言うことが思い浮かびません。


 まるで、第二次フラシ戦争中にアレッシアの法を利用して儲けようとした者達のようだ。


 アレッシアのための輸送による損失はアレッシアが保証するからと、難破したと嘘を吐いて財をせしめた罪人と何も変わらない。


 それだけじゃない。港を占拠し続けると言う敵対行為に加えて愛妹フィチリタを脅かした敵対者が貴方がた。そのような者達に寛容性を三度も示したというのに、三度目すら手を払った。


 なら、もう私から出す寛容性は無い」



 圧も相まって、暴論に近い。

 圧も相まって、反論は無い。


 屈強な男が二人、部屋に入ってくる。そして、真っ先に反論した男の両脇を抱え、庭に引きずり出した。暴れ、文句を言っている男の頭を素早く大岩に叩きつけ、赤と灰色の花を咲かせる。


 室内が、一気に静かになった。

 屈強な男達が踏みしめる小石の音すら聞こえてくる。


「敵部隊長の扱いは、元老院に伺いを立てずとも軍事命令権保有者が決められます。尤も、首魁であればその限りではありませんが、ね」


 静かに。

 批判よりも早く。悲鳴よりも届かせて。


 首魁であると飛びついても、彼らが得られるのは今の命だけだ。


 二人の処刑人が顔色を変えず、室内に戻ってくる。仕事をこなすためだけに近くにいた男の腕を掴んだ。


「マシディリ様の寛大な処置に感謝いたします!」


 前の方に居て、マシディリからの手紙を掲げなかった一人の男が額を地面にこすりつけた。両手を伸ばして前に出し、べったりと半身を床につけている。


 一瞬だけ、処刑人が止まった。

 が、すぐに腕を掴んでいた男の両脇に丸太のような腕を入れる。


「ありがたき幸せ!」

 別の男も叫んだ。


「愚かな私共をお許しください!」

「生きていられるだけで感謝しております!」

「どうかご慈悲を!」


 庭に連れてこられ、涙と鼻水で顔も分からないような男の代わりに、別の男達が叫び続ける。


「刃向かった回数が増えて、同じ条件での講和がなると? 既に港を攻め落とす準備はできているのですよ?」


 ひぐ、と何人かの肩が動いた。

 口を開いたような気配を察しつつ、マシディリは立ち上がる。


「処刑を止めてください」


 やさしく。

 いっそ、恐ろしいほどにおだやかに。


「冗談です。もう一度だけ、慈悲を差し上げましょう。命は取りませんよ。管理権限だけ、いただきますね」


 汚した床を綺麗にするように、と男達に言って、退室する。


 翌日、ティツィアーノの下へと逃げ出す者が出た、と、昨日来た男の内三人が泣きながらやってきた。マシディリは肩を叩きながら彼らを励まし、最初の講和条件と同じ条件で許す。


 即ち、管理権限は奪わないし、出世もさせた。

 さらには他の者の管理権限も与える。

 もちろん、他の者達の世話の責務も負わせて。


「仲間を売って出世した」「彼らの陰謀」「美味しい思いをしたのは奴等だけ」

「マシディリ様はできる限り助けようとしていた」

「裏切者に当然の報いがあっただけ」


 そのような風評が流れ、マシディリの悪評は減る。

 その実、オピーマの権威が復活しつつあり、ウェラテヌスが港の権限の多くを手にしたと言うのに。

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