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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
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わが心

 マシディリは、すぐに立ち上がる。

 アルモニアから伸ばされた腕は、やはり細いままあった。


「用事がある側から赴くのもまた筋。私も、マシディリ様に丁度お話があったところです」

「話、ですか?」


 セアデラが椅子を持ち、アルモニアに近づく。アルモニアは人柄の良さそのままの笑みを浮かべ、首を横に振った。セアデラが僅かに膝を曲げ、椅子を下げる。

 マシディリも、立ったままで話を聞くことにした。


「先に取り決めた略奪禁止の誓いは、この恩賞を無事に通すためだと思っている者が多いようです。今でも去っていった者達に心を寄せている議員なども、略奪禁止と違反者に対する処罰の権限を各々が持つ方針には賛成しているようですので、予定を変え、今日の内に採決してしまいましょうか」


「今日の内に採決と言うのは魅力的ではありますが、どうでしょうか。今日は長くなってしまいますからね。疲労が大きい中で通すと、後々の不満の下地になるかもしれません。その判断はアルモニア様にお任せいたします」


 尤も、元老院議員になったからには疲れたから良く分からないまま納得した、なんて言い訳はやめてほしいモノだが。


「かしこまりました。

 もう一つの用件は、逃げた元老院議員の椅子をどうするのかと、多くの者から探りが来ております。特に、未だに出仕しないサジェッツァ様の扱いを探るような形での問い方が多く、暗にマシディリ様の御考えを私がどこまで共有しているのか、あるいはどちらが優位にある関係なのかとみてきているようです」


「対外的には、最終的に何名いなくなるのかが分からないとどうしようも無いとしか言えませんね。正直なところを言えば、補充自体は行います。椅子は減らしますが、アスピデアウスが味方につけた半島南部の都市を繋ぎ止めないといけませんから」


「何名いなくなるかが分からないと、と言うのは、私もお伝えしております。南部の重要性も、また。マシディリ様と考えが一致していると良いのですが」


「マレウスを捕まえるためです」


「かしこまりました。サジェッツァ様に関しては、私からは出仕を促すとは言っておりますが、よろしいですか?」


「構いませんよ。アルモニア様の立場なら、そうなさるべきでしょう。ただし、私からサジェッツァ様に直接促すことは致しません。代わりと言っては何ですが、元老院の重鎮としての役割をアルモニア様に期待する旨は発信しておきましょう。

 それと、例えばサジェッツァ様が利益を配った者達に配慮するような形でサジェッツァ様の出仕を促すようなことは致します。民の声を直接吸い上げるための中継機関、とか、になりますかね」


「サジェッツァ様の影響力を排除し、元老院の掌握を進めながらもアスピデアウスはパラティゾ様に穏便に受け継いでもらうため、と認識してもよろしいでしょうか」


「ええ。私がアスピデアウスまで手にしようとしていると思われるのが、一番厄介ですから」


 べルティーナとの間には六人の子供がいる。

 ラエテルはウェラテヌスの次期当主候補として育てるのは決めたが、他の子をアスピデアウスに入れることも不可能では無いのだ。男の子であれば当主に、女の子であっても嫁入りをさせて乗っ取ることだってあり得る。


 実際、ユリアンナが嫁入りしたカナロイアでは王妃派と王太子妃派が生まれた。


 カリヨからの申し入れだが、リングアがティベリウスの当主格となっている。そのカリヨも、ジュラメントの妻と言う形ではあるがウェラテヌスの人間だ。


 タヴォラドの遺言とは言え、スペランツァがセルクラウスの当主にもなっている。


 マシディリの手配で進んだフィチリタの嫁入りでオピーマはウェラテヌスの影響下に置かれることになった。最初の妻との離婚は、マルテレスの指示ではある。


 極めつけは、サルトゥーラが頭を下げてきたものであるが、カッサリアの当主代行はクイリッタであったのだ。


 十人兄弟、結婚している八人の内五人が、他家門を取り込んでしまっているのであれば、警戒も致し方が無い。


「それから、先ほど、マフソレイオからの先触れが民会にやってきたそうです。近日中にこちらに来るでしょう。歓待と称して先触れをとどめておきましたが、返した方がよろしいですか?」


「そのままで。

 クイリッタの死を聞いてすぐに出してきた感じですかね。ズィミナソフィア陛下が、如何なる判断を下したのか気になりますから」


 アルモニア・マシディリ体制のことを他国は知らないはずである。

 正式発足は昨日、決まったのを含めても一週間と経っていないのだ。情報伝達が間に合う可能性は、限りなく低いのである。


「インフィアネの後継者はリベラリスではありますが、ブギルカに饗応をさせてもよろしいでしょうか」


 ブギルカ・インフィアネはリベラリスの歳の離れた弟である。

 十九歳、つまり、第二次フラシ戦争後に生まれた子だ。


「そこまで口だしする権利は私にはありませんよ」


(体調は思わしくはないようですね)

 アルモニアの意思を尊重して口には出来ないが。

 ならばこそ、昼休憩はしっかりと休んで欲しいと思う。だと言うのに、仕事を渡すのは申し訳なくも思うが。


「私の用件ばかり言ってしまいましたね」

 アルモニアが息を吐く。


 マシディリもおだやかに微笑み、首を横に振った。

「アルモニア様が用件を持ってこられたのですから。当然ですよ」


 マシディリとアルモニアを見て、ラエテルがぴょこぴょこと動いた。初陣も可能な年齢であるが、まだまだ可愛らしい。そして、その動きをすることでマシディリの用件が切り出しやすくなるとも分かっているのだ。


「私からは、アルモニア様、塩に税をかけたいと思っています、と。これが当初の話です」

「塩に税を?」

 アルモニアが繰り返す。


「はい。と言っても、税率を高くするつもりはありませんし、塩の作成を禁止する訳でもありません。軍団兵にとっても塩は大事な物ですから、軍団の参加者には精製方法もお伝えするつもりです。もちろん、これから従軍となるラエテルやセアデラにも伝えますよ」


「税をかけながら、軍団兵には伝える、と。その心は」


「アレッシアの製塩能力を下げ過ぎないためと、軍団兵を呼び込むため、戦いから逃げるアレッシア人を減らすためです。


 製塩能力は全く下げたく無いのが本音ですが、東方の方が塩が採れますからね。マルテレス様の反乱で得た製塩場をフロン・ティリド遠征で確たる支配下におきましたが、東西様々な品が入ってくるとなれば、東方からの塩も避けられないでしょう。


 ただ、移送費に加えて税までかかれば、アレッシア全土を席巻するほどは売れません。東方に赴任する者達が不当に私腹を肥やそうとしても、売れなくなるだけです。生活に必須なモノを他国に委ねるような愚もこれ以上犯さずに済みます。


 それでも、東方には塩による儲けと言う旨味がある証明にもなりますしね。


 そうして制限をかけた東方を監督する者として、ティツィアーノ様を派遣したいと。そう願っています」


「ティツィアーノ様を」

 これは、アルモニアからの相槌だ。


「アレッシアからは遠く、クイリッタの影響も強かったビュザノンテンには入れない。基盤を作り始めていたエリポスからも一歩離れている。されど、東方はパラティゾ様の影響の残っている土地ですし、イペロス・タラッティアは穀物輸送の中継地点。東方自体、アレッシアよりもエリポスの方が近いですから。


 程良い落としどころだとは思いませんか?

 アレッシアから離れている以上、信頼できる者にしか任せられませんしね」


「なるほど。マシディリ様の御心は分かりましたが、しかし、塩は必需品。些か難しいかと思います」


「ええ。通す必要はありません。あくまでも、将来をしっかりと考えている、と示すためです。簡単に味方を作るには報酬を約束すれば良いでしょうが、戦争が続けばそうもいきませんから。一方で、こちらは地に足がついている。それだけでも、心ある者は残るものですよ」


「トトランテ様にお伝えを?」

「ええ」


「兄上」

 セアデラが会話に入ってくる。

「トトランテを使うことに懸念の声も多くあがっていますが、本当に使者はトトランテで良いのですか?」


「そうだね。でも、多くの者では無くてセアデラはどう思う?」

 やわらかく。

 一切の責める響きが無いように、間違ってもそうは受け止められないようにと気を付けて。


「兄上の寛容性を示す良い手だと思います。降伏もしやすくなるとも、思案いたしました」

「そう思ってもらえたのなら幸いだよ」


 それに、と視線を外す。

 トトランテ様は殺されたがっていたからね、と。だからこそ、誰かに殺される前に、新たな暴徒ができる前に外に出すのだ。


 それで再びティツィアーノに着くのなら、それはそれで構わない。

 どのみち、マシディリの寛容性の広告塔にはなったのだから。

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