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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1572/1589

体制を

「それを決めるのは、当主の権限だよ」

 ゆるりという。


「兄上がそんなことを言うとはにわかには信じられませんね。兄上も父上に道を提言したことがあるのでは?」


「持ち出すべきは私では無いよ、セアデラ。それではまるでセアデラが次期当主のようだ」


 ゆっくり、低く。されど、顔はやさしく。

 セアデラの口が閉じた。怯えなどは見えない。背筋も伸びたままだし、重心も変わっていない。少々の前寄りだ。


「クイリッタの遺言披露を行うのだから、クイリッタを、と思ったけど、まあ、私の意図を正確に理解してくれていたから出さなかったのだとしておくよ」


「一人前として扱ってくださり感謝します」

 セアデラが淡々と言う。


「アウセレネ・ナレティクスは次期ウェラテヌスの当主と婚姻をさせる。これは、絶対だ。アウセレネとの婚約は後継者指名と同義だよ」


「兄上はまた迷っておられるのですか、と難詰させていただきたいと思います」


「説得をどうするか決めかねている内は迷っているふりをするのも上に立つ者に求められる仕草だよ、セアデラ。ラエテルはアスピデアウスの血も流れているからね。その一方でセアデラに流れる血は私と一緒だ。今いる味方の多くを納得させられるのは、どちらだい?」


「そうやって求められるのは兄上。私ではありません」


 口を開け、マシディリは笑った。

 全く以てその通りだ。


「的確な一言だね」


 パラティゾの働きは、とか、サジェッツァは捕らえられていて、など、否定する要素はたくさんあるのだ。もちろん、サジェッツァは逃げるだろう。他の誰にも言えないが、その内出ていくのは確実だ。


 それぐらい、いや、晩年の父や師匠と比べるのなら、自分が一番義父を知っているという自負が、マシディリにはある。

 そして、それらの要素を差し置いて一言で済ませたセアデラは、見事の一言に尽きるのだ。


「余計な言葉は不要でしょう」

 セアデラがやや胸を膨らませながら言う。

 鼻も少しだけ大きくなった。


「付け加えるのであれば、アウセレネもラエテルのことを憎からず想っています。ラエテルも同様に。義姉上も分かっているからこそ、ラエテルを推した私を止めなかった面はあるのではないか、と抗弁いたしましょう。

 それに、そんな二人を差し置いて私が、と言うのは、ちょっと、やだ、と強弁しますね」


「一応、政略的な意義の方が大事なんだけどね」


 マシディリとべルティーナは明らかな政略結婚であった。


 一気に力をつけ、アレッシア国外での影響力がどの家門をも上回ってしまったウェラテヌスと、第二次フラシ戦争継続のために力を保持したい第一の家門であるアスピデアウス。その結びつきと、余計な軋轢を減らすための婚姻だ。


 が、今は政略的な目的だけだったのかと疑われるほどの仲の良さだと、マシディリも自覚している。


 父と母も同じだ。

 名はあるが他は何も無い落ちぶれたウェラテヌスと、建国五門との明確な結びつきが欲しい当時第一の家門であったセルクラウス。

 しかし、政略的な要素など後から考えた口実では無いかと子供達ですら思う両親であった。


「最後の機会かもしれないから、アルモニア様に師事させたいとも思っていたけど。後継者と明白にするのなら、連れて行くしか無いか」


 父がそうしてくれたように。

 マシディリも、上に立つ者としての軍事行動を直接伝える必要がある。


「ラエテルは優秀です。父上と母上をまだ小さい時に喪い、長らく父上と母上と一緒に居られた兄上を妬ましく思っていますと面と向かって言えるくらいには」


「優秀な弟に恵まれて本当に嬉しいよ」

 もちろん、妹も優秀だ。


「兄さん達にウェラテヌスは脆いことを自覚していただくためにも、ラエテル周りは固めておくべきでは無いかと献言させていただきます」


 セアデラは、至極真面目だ。

 声に一切の揺るぎが無い。口もはっきりと動かし、手も隠すところが無かった。


「不穏だね」


 静かに、されどおだやかに返す。

 セアデラの口がすぐに動いた。


「父上がいた時は、兄上と言う絶対的な後継者がいて、兄上のいないところを埋められる兄貴と外交を任せられる姉上がいました。それも、父上と言う頼れる大木がある状態で、です。


 父上がお隠れになった後も、何か問題があろうとも兄上がいない場所に兄貴がいて、一番口うるさいエリポスには姉上がいることでウェラテヌスは盤石だったのです。


 しかし、一人が欠ければご覧の有様。

 兄上が帰ってくるまで完全に押し負けていました。何も守ることができておりません。ティツィアーノにその気があれば、ウェラテヌスの人間は半分になっていたことでしょう。


 政治が嫌いだと言って逃げ回っていたアグ兄。

 セルクラウスの当主になったことで徐々に独自路線を行き始めたスぺ兄。

 貴族としての責務の一切を投げ捨てたリン兄。

 我が子だけのチア姉。

 恋は盲目なレピ姉。


 アグ兄は、それこそフロン・ティリド遠征が完了すればと言ったところがあるので並べるのは申し訳ありませんが、後はどうですか?

 いや、レピ姉もシニストラ様やフィロラード様がしっかりとウェラテヌスとの繋がりを大事にしてくださる方々なので外した方が良いかも知れませんが。


 でも、兄上の暗殺計画に一枚噛んだモニコースの愚行が無ければ、マレウスはドーリス人傭兵崩れを連れてくることは無かったのではありませんか?


 リン兄がいれば、兄貴がアレッシアで一人きりになることも無かったのではありませんか?


 スぺ兄がきちんとウェラテヌスの一員であると思い続けていれば、セルクラウスの者達が兄貴の護衛になっていたはずです。逃げ出したティベルディードなどでは無く、そして、セルクラウスの者達が兄貴にも非があるとは口にすることも無かった。


 父上の人材育成能力に疑う余地はありません。第三軍団も第七軍団も護民官経験者も、全て父上が見出し、補助した者達。故に、兄姉の奔放は、兄上の気質によるモノでは無いか、と、弁難いたします」


 マシディリは肘を机に置き、目を閉じた。


 父上がそれを許さなかったかと言えば、多分、許さないのはスペランツァの行動くらいだろう。そもそも、スペランツァも父がいる時はあまり明確にしてこなかった面もある。


 一方で、リングアの告白の後ろ盾となったのはマシディリだ。

 チアーラにも無理をさせず、アグニッシモにも時間はたくさんあると思って急がせることは無かった。


 クイリッタを喪った今、ラエテルとセアデラと言う初陣もまだな者達に頼らざるを得ないのも、事実。頼っているのが現状。


「すぐにナレティクスに婚姻を提案するよ。それから、セアデラはシニストラ様の下で一足先に初陣を。ラエテルは私の横に連れて行こうかな。

 そして、状況によってはノルドロとフィロラードをラエテルの傍に招集するとナレティクスとアルグレヒトに言っておくよ」


 ラエテルの義兄となるノルドロ・ナレティクス。

 ラエテルの叔父となったフィロラード・アルグレヒト。


 二人とも初陣は済んでおり、愚鈍な者では無い。第二次フラシ戦争の英雄である親からも後継者に足るとの評価を下されている者達だ。


「ヴィルフェットは元々軍団長を早期に任せたいと思っていたしね」


 ニベヌレスの新しい当主は、マシディリとは九歳差。ラエテルとは十二歳差。

 マシディリとエスピラにとってのパラティゾのような年齢差である。


「トリンクイタ様のような味方には手を焼くだけです、と、スぺ兄に伝えることも忘れずに。と言いますか、私から言いましょうか」


「喧嘩はやめてね」

 ため息を渡るように、軽快な足音が近づいてくる。


「父上、ただいま帰りました!」


 元気な声は愛息のモノ。

 後ろから現れたのは、やはり記憶よりも顔の白いアルモニアであった。

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