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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1571/1588

改革の十一日間

「喜んでお受けいたします」

 言葉と共にルベルクスの目が閉じられ、言葉の終わりから一秒経って目が開いた。


「トーハ族との交渉中の奇襲に始まり、元老院での啖呵。私がティツィアーノ様に反抗したとしても、それは褒賞欲しさにはなり得ません。むしろ、恨みからとの方が納得し、異母兄上の高潔さも信じられることにも繋がると思考しております」


 二人、三人と立派な理由が揃うと疑いたくなるのもまた人だ。

 マシディリも、そのことは良く分かっている。俗物の方が安心できる者が多いとも。


 一方でマシディリは、他人には馬鹿にされるような理想でも口にする人の方が好きだ。嘘であっても、行動と言葉が相反していなければ何も問題は無い。口にしたことが大事なのだ。


「それから、トリンクイタ様は、事績に報いていると万人が思うほどの褒章は行いません。その分をサッピトルムを含めた三人に与えたいのですが、よろしいですか?」


 要するに、受け取ればトリンクイタの抑えは三兄弟で行ってくれ、という話である。


「元はと言えば、抑えきれなかった私達の責任です」

 コクウィウムが頭を下げてきた。


 言うほど責任だともマシディリは思っていない。警戒を緩めてしまったことは事実だが、トリンクイタのことを考えればやってもおかしくは無かったのだ。


「ところで、その分、と言いますと、サッピトルムにもティツィアーノ様の土地を管理させると言うことでしょうか」

 ルベルクスが聞いてくる。


「いえ。流石に。建国五門の土地ですからね。貴族の土地を割り当てはしますが、基本的には他の貴族の土地も同じような貴族を管理人に当てるつもりです。

 余程の理由を作らずに軍団のように能力で割り振ると、貴族の土地なのになんで平民なんだ、なんで貴族が取り上げるんだ、なんて、余計な反感を招きかねませんから。

 しばらくは宙に浮いたまま元老院が直接管理して軍資金に当てる土地も作る予定です」


 出来れば、いなくなった者達を中心にまとまった土地を、だ。

 それも要衝に近い土地が良い。


「私にしろティツィアーノ様にしろ、アレッシアの兵では無く私兵を雇っている。だから味方できない、と言う方々も一定数いますから。

 彼らにも元老院として土地の管理権を渡し、強引に抱え込むのも考えています。アレッシアに居たにも関わらずそのご自慢の弁論で内乱を止めることもできず、今、元老院議員として、共同体に属する者としての務めも放棄して文句ばかり言うとは。まさに戦えないが権利を主張する反乱奴隷のようだ、とでも、言うつもりですよ」


「その調整を、全て、マシディリ様が行うのですか?」


 ルベルクスの目はいつもよりも丸い。

 マシディリは疲れた顔を作ると、首を横に振った。


「非戦闘員を連れている者が半島を脱出するまで三か月。既に十日が過ぎた以上、あまり長く居るつもりはありません」


「そのためのアルモニア様であると?」


「アルモニア様が来られたのは、嬉しい想定外です。もちろん、願ってはいましたが」


 いずれは来るだろうとは思っていたが、呼び戻すのはもう少し後でと考えていたのだ。

 何より、まだまだ生きてもらわねば困る。


「遠隔地にいる軍事命令権保有者の状況と元老院とを結びつけ、調整する少数の者達が必要だとは、常々考えていました。今回で言えば、出来る限り私の意を汲み、私の目的を理解し、そのための交渉を重ねてくれる方々。


 そう言った組織を作ろうかと。


 望むのは、今回で言うアビィティロ達の役割ですね。彼らほど仕事ができれば文句は無いのですが、高望みかも知れないとも思っています」


 冗談交じりに笑う。

 冗談が下手だとはもう自覚しているが、コクウィウムもルベルクスもそのことは知っているのだ。


「私がやりたいことが、短期間で次々に制定できそうですからね。もちろん、この中継機関も含めて。

 ただ、ルベルクス様は新設軍団の軍団長補佐に、と考えています」


 声音を真剣に。

 辞令と変わらぬ調子でルベルクスに視線を向ける。


「喜んでお受けいたします」


 ルベルクスが頭を下げてきた。

 他の者は、と気にしたのはコクウィウムの方である。


「軍団長にシニストラ様。軍団長補佐筆頭にヴィエレ。騎兵隊長にカウヴァッロ様。

 同僚軍団長補佐はアリスメノディオ、エキュス、ボルビリ。

 派閥の片寄りはどうしようもありませんが、功ある者に報いつつ軍団として最低限の行動をとるためには仕方ありません」


「つまり、此処からもまた出世に足る働きを見せれば、まともな軍団に就ける、と」

「ええ」

 まともな軍団、と言うと、まるで今から作る軍団がまともでは無いかのようであるが。


「マシディリ様も随分と無茶をされる。批判の割に、益の少ない軍団に思えますが、よろしいのですか?」


「ルベルクス。貴方がいて、私の元にやってくる益が少なくなると?」


 ルベルクスが背筋を伸ばし、腰から頭を下げた。


(とは言え)

 軍団兵は武器とは違う。

 熟達した腕があっても、兵団を選ばないと言う訳が無いのだ。選ばないでも良いのは、そう言った力量があってこそ。


 つまるところ、マールバラのような言語も違う多部族混成部隊を自分の動いてほしいように動かす能力か、バーキリキのように勝利の勢いがあると蛮勇を誇る者達に誤解させる采配か、エスピラのように鍛え上げられる育成力などだ。


 随時募集中である軍団を接収しなければならないのは事実だが、即座に彼らが戦力になると思ってはいけないのである。ただ、敵に渡したくないのも当然。渡せば厄介なのもそう。


 そして、軍団として即座の補給となるのは、クイリッタが手配していた北方の防衛軍。


「エキュス・テレンティウスを特例大隊二千八百の軍団長補佐に任じます」

「はっ!」


 元老院の議場にて、アルモニアの深い声とエキュスの威勢の良い声が響いた。


 文句は出ない。

 文句の少ないようにアグリコーラの行き帰りで考え続けた論功行賞であり、アビィティロら第三軍団の高官を始めとする者達の根回しなのだ。


 功も細かく作っており、発表だけで今日が終わりかねないほど続く式典である。


 無駄にアルモニアを疲弊させたくもないため、エキュスのような大事にはアルモニアを。小事には護民官を起用した。一方で、軍事に関して、例えばエキュスとヴィエレに吸収させなかった北方防衛軍をジャンパオロに任せる際などは、マシディリが読み上げる。


 エキュスの旗下には、エキュスに近かった者達や交流がある者を始めとした者達をそのまま。

 ヴィエレには敵対姿勢を崩さず、高官をはく奪した『体だけ』の部隊を仮の精鋭として。

 ジャンパオロにはそれ以外の雑多な、最もまとめるのが大変な軍団をお願いした形だ。


 政情不安に付け込みそうな諸部族はたくさんいる。迫りくる彼らから半島北方を守るのがジャンパオロの役割。派手な功績を挙げることは出来ないかもしれないが、信頼できる者でないと全てが破綻する大事な役割だ。


「ナレティクスとタルキウスとの明確な区別も必要ではありませんか?」


 昼休憩。

 秘書として元老院に連れてきていたセアデラが、同じく秘書として連れてきているラエテルがいない時に言ってくる。


「権限は既に明確だよ」


「タルキウスが最後に夜襲を仕掛けてきたのは、自らが私兵を禁ずる者達の受け皿になるつもりが無いと言うことを表明するためです。そして、彼らに居場所を無くしたいとも思っているはず。恐らく、タルキウスも大量の募兵を密かに行っているでしょう。

 追認の算段まではできているのであれば、いずれはナレティクスと並ぶかそれ以上の軍事命令権を手にしてしまいます。

 そうなる前に、覆せない差をつけておくべきではありませんか?」


 日和見は許されない。

 それは、全元老院議員および元老院議員候補者、経験者が思っているところだろう。


 日和見で生き延びても、敗北と同義かも知れないのだ。多くの席が空き、出世するのは功ある者。マシディリの場合は元老院の議席ごと削るが、ティツィアーノは近くにいる者を考えると議席数を維持を選択すると考えるのが普通である。その場合も、下だった者に並ばれるのだ。


 もちろん、マシディリとて議席を減らすだけでは無い。広大になったアレッシアの領土の隅々まで『元老院の』目を行き届かせるために、財務官や造営官、法務官など多くの役職の増員を表明している。


 無論、日和見の受け皿として用意した訳では無いが。


「覆せない差、ね」


「ウェラテヌスとナレティクスの婚姻を提言しているのです。より正確に言うのなら、アウセレネ・ナレティクスとラエテルの結婚を」


 ふぅ、とマシディリは口を閉じたまま大きく息を吐きだした。

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