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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
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ディアクロス

「私がマシディリ君に対する『国家の敵』宣言の解除に尽力したのは知っているだろう? ならば、私の意思は一貫していると思うけどな」


 出されている茶を、トリンクイタが悠々と飲む。


「以前の条件はトリンクイタ様の隠居であったはず」

「だからこうして官職についていない訳じゃないか。それに、その状態の私を引き入れたこと自体がティツィアーノ君達が正当性に乏しいと思っていた証拠だよ。マシディリ君を徹底的に否定することを拠り所にしないと、人が集まらなかったのさ」


「でしたら、再び隠居に戻られては?」

「おっと。使える者は使わないと、マシディリ君。エスピラ君ならそうしたよ」

「私は父上と違いますので」


 ふぅん、とトリンクイタが唇を閉じたまま漏らした。

 焦っている様子は微塵も無い。


「サンテノ君が死んだのは、マシディリ君を恐れているからでは無いかな?」


 サンテノ・ラクテウス。

 第三軍団のアレッシア入りを最後の最後まで妨害した男だ。奴隷に殺されたと聞いている。


 知っていて止めなかったのは罪でしょうか。あるいは、知らせなかったのが罪でしょうか。

 サンテノの最期の言葉。奴隷から聞いた、とルカンダニエから伝えられたのだ。



「ティツィアーノ君が逃げたのもそう。

 分かりやすい恩赦が必要だよ。そうだろう?


 そう考えると、おお、此処に良い人材がいるじゃないか。


 最高神祇官選挙に出馬させられて隠居させられた人物が。少し危ういが、ただマシディリ君のためになったのは事実。おっと失礼。アレッシアのために、だね。アレッシアを戦火に巻き込まなかったのは私がいたからこそ。


 功があれば許される。人を戻すのには必要だとは思わないかい?」


 じ、とトリンクイタを見つめる。

 クイリッタが排除しようとしていた人物だ。排除の順番がアスピデアウス派のサルトゥーラの後じゃないと派閥の力関係が、と考えて思いとどまっていた人物。


 尤も、そんなことトリンクイタの知ったことでは無い。

 目の前の男は、マレウスの方へ逃げることも可能だ。逃げ込まれると、厄介な存在になるのも事実。エリポスとの交渉はもちろんのこと、指揮能力だって侮れないモノがある。


 この男も、父と同じく祖父に見込まれた人物なのだから。


「トリンクイタ様の真意がどうあれ、行動としては私を国家の敵とすることを進言し、状況が変われば急いで国家の敵宣言を撤回しただけ。重大な最終勧告を、言ったり撤回したりと軽く考えているようにも見えます。それこそ、私物化、とすら言えるでしょうね。それも己の都合だけで、アレッシアの歴史を愚弄した、と。


 マレウスと同じとまでは言いたくはありませんが。ええ。

 自身にとって都合の良いように動いた、保身しか考えていなかった行動と言われても、否定は厳しいでしょう」


「手厳しいな」

 トリンクイタの頬は上がったまま。

 足も開いている。腰も前にも後ろにも出ていない。どかりと座ったままだ。


「タルキウスの説得をしてきてください。インツィーアとの戦いを避けられれば、それこそ明確な功になるでしょう。隠居料もタルキウスから貰えれば、まさに戦争回避の立役者としての物語を、多くの者が描いてくれるのではありませんか?」


「悠長過ぎないかい、マシディリ君。最も欲しいモノでは無くとも奪い合いになっているのは募集命令のかかっている軍団だろう?」


「タルキウスの説得には時間がかかる上に自信が無いと仰せなのですね」


「時間に関しては約束できないね。だからこそ、甥を案じているのだよ。まずは素早く、半島に元老院の指示を行き渡らせることが大事だ。元老院の正統とは、アレッシアにあるこちらだともね」


「トリンクイタ様の処罰もまた、半島に広く知れ渡ることになると思いますよ」


 確実に痛いところを突いてくる。

 だからこそ、マシディリは余裕を作ることを意識した。


「元老院の優位性があったとして、感情が無ければついてこないさ。サルトゥーラやマールバラと同じことをしようとしていないかい?」


「マールバラ、と言うことは、貴族である自分を優遇しろ、と仰せなのでしょうか」

「そうとしか聞こえていないだろう?」


 トリンクイタが朗らかに笑う。


「コクウィウムもルベルクスも出世が約束されているのに、ですか?」

「ああ。あれらの功はあれらの功。私の功は私の功だ」


「それこそ感情の無い行い。余計な嫉妬を生むどころか、サッピトルムにまで褒賞が回らなくなりかねませんよ」

「その調整は上に立つ者がやることだ。私は、私の功を主張するよ」


 自分に都合の良いことを並べているが、正論を並べてもいる。

 正論同士が衝突することもあるが、マシディリもどちらかは使わざるを得ない論だ。完全な説得は難しいだろう。


「調整するならば、間違いなくコクウィウムとルベルクスの褒美を先にし、サッピトルムにも何らかの褒美を与えます。ファリチェやエキュスが報われるのも当然のこと。第三軍団よりもトリンクイタ様が優先されることはあってはなりません。


 調整を私やアルモニア様、元老院に投げると言うのであれば、トリンクイタ様は後回し。


 特に私は最高軍事命令権保有者であり最高神祇官でしかありませんから。

 戦闘回避の功としては、どうしても軍団に所属した者を高く評価せざるを得ず、神意に逆らう最高神祇官選挙については貴方に功は無い。国家の敵宣言に関しても、神々の意思を無視しての提言と言わざるを得ないでしょう。


 私に功を強請るのなら、やはり、タルキウスの説得が必要不可欠です。軍功として。そうでないと、私に権限はありませんから」


「ふむ。落としどころとするべきかな」

 トリンクイタが立ち上がる。

 顔は明るく見えたが、演技かも知れない。


「おっと。その前に」

 足を踏み出す前に、トリンクイタが右手の人差し指を立てた。


「タルキウスの説得を依頼したと言うことは、私の隠居は解除され、前回の最高神祇官選挙でのこじつけは無くなった、と、マシディリ君が宣言したと言うことで良いかな」


 出世自体ではなく、その機会。名誉の回復。

 最初からそれが目的だったのかもしれない、とマシディリは思った。


「そのためには、以前の最高神祇官選挙と今回行おうとしていた最高神祇官選挙が明確に別物であると、トリンクイタ様が声を大にして言っていただかないと。

 議場の壁に頭を打ち付けて死ぬような者達がいる一方でトリンクイタ様は出世するだなんて。それこそ、秩序が壊れてしまうではありませんか」


「では、そうしよう。全く別物であると吹聴させてもらうよ」

「ええ。であれば、私も隠居を求めたことは誤りであったと言わせていただきます。ただ、ディアクロスの当主はコクウィウム。そこは譲れません。奪うと見えたのなら、こちらもセルクラウスに対する過干渉を盾に文句を言い、裁判を起こします」


「おかしいな。脅しに聞こえているのだが」

「脅しですよ。まだ温厚な、ね」

「おお。怖い」


 アルモニアと反目していると思うか。

 それとも、まったく関係ないと考えたか。


(厄介な人が目覚めましたね)


 優秀であるため、高位には付ける。派閥の中でも影響力が高いことを公然としつつも、軍団には使わない。


 父のその態度がまさしく正しい使い方であり、父がいてこそ制御が効いたのだと、改めて思い知らされた気分だ。


 そのように思いながら、本来の客人もようやく呼びに行ってもらう。



「それは、出来れば、辞退させて頂きたい、です」


 本来の客人、コクウィウム・ディアクロスが歯切れ悪く言った。

 隣に座っているのはコクウィウムの異母弟、ルベルクス。昨日はその両手を握り、大勢の前で功を褒めた相手だ。


「理由を聞いても?」

 先程よりも色味のある絨毯と先ほどには無いドライフルーツが盛られた応接室で、マシディリは茶を傾けた。


「私も、今は無償で構いません。あるいは、戦略的に部隊が必要な土地の一時管理人にしていただきたいのです。


 第三軍団と同じ、などと言うとおこがましいのは承知しておりますが、私も功績を求めてマシディリ様に味方した訳では無く、ましてやティツィアーノ様に代わろうと言うつもりは微塵もございません。ティツィアーノ様は、今でも尊敬しております。


 それに、私についてきた者達は私だからついてきた者達ではありませんから。

 私もまた、己の誇りと父祖からの魂によってマシディリ様に味方したのだと、そう、明確にしたいのです」


 求めてはいないが、満点の回答だ。

 マシディリの中でのコクウィウム評が、大きく上昇する。東方遠征の時は予期していなかったほどに。


 頷くわけにもいかない。それでも、満足感と信頼を滲ませてから、マシディリはルベルクスに視線を移した。


「では、ルベルクスは如何でしょうか。コクウィウムに提示したほどにはなりませんが、提示した場所の要地を中心に、ティツィアーノ様の土地の管理を任せようと思いますが」


 ルベルクスが、口を開く。

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