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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1569/1588

似ている

 駄目になる、と言う確信があった。

 駄目になってしまいたい、との願いもある。

 全てを忘れたくても復讐の炎が身を焦がし、休める時を作ってはくれない。それでも、溺れている間だけは忘れていられる。


 全てを忘れて安らぎ、昂りに従って行動に移す。

 いっそ清々しいほどに取り繕うことのないマシディリを、べルティーナは全て受け入れてくれた。

 蝋の火すら消えた空間でも。ずっと、傍に。



「聞いてる?」

 寝台に寝っ転がりながら頬を膨らませる愛妻は、普段あまり見ない光景だ。


「ええ。べルティーナが可愛いなと思いながら、聞いていましたよ」

「もうっ」


 呆れたように言いながら、その都度身を寄せてくるのも、かわいい。

 

「パン配りが無いと、此処までゆっくりできるのだなと思いながら聞いていましたよ」


 手を伸ばし、素肌のまま愛妻を抱き寄せる。

 何時までもパン配りを再開できない状況が続くのは良くないとは分かっているのだ。そんな状況下でも、マシディリが帰ってくるから、と昨日は食事を豪勢にしてくれたのも。


(港の解除が優先ですかね)

 港を封鎖していた者達はまだアレッシアに来ていないと言う。


 一部は逃げたらしいが、まだ居座っている者達もいるのだ。彼らにあるのは、卑しい心。港の実権を握りしめ、その権利を認めさせたい。大幅な譲歩を持ち出してきたマシディリ相手になら可能だろう。そんな算段だ。


 劣勢の勢力、あるいはその勢力内の劣勢部に属して自身の権力を膨らませ、優勢な方に戻って認めさせる。そうして、自分は出世を果たすのだと言う、感情を除けば悪くは無い手。


「べルティーナ」

「なに」

「もう少し」


 ぺし、と手を叩かれる。


「残念だけど、もう時間よ」

 愛妻の声が、はっきりと変わる。


 愛妻が寝具をどけ、惜しげもなくその美体をさらけ出した。マシディリも寒さを覚えるが、仕方がない。


 このまま妻に甘え続けたいのは事実だ。

 それではいけないと思っているのも、また事実。


 二人でいる時間を愛しいと思ってくれているのは知っているが、同時に愛妻もそれだけでは満足してくれないのだ。


「べルティーナ」

 振り向くまでに、一拍。


「なに?」

 その間は、ある意味でマシディリが言うことを理解したが故の間だろうか。


「マレウスを討つとなれば、べルティーナにとって親しい者も手にかけるかもしれません。私を、このまま外に出して良いのですか?」


「ばかね。私はべルティーナ・アスピデアウス・ウェテリよ。アレッシア建国五門が一つ、常に安寧に寄与してきたアスピデアウスの娘にして、現状唯一のウェテリの尊称を戴く者。

 ウェラテヌスが誇り高き一門であると言うのなら、協力して、共に父祖の魂を未来につなげるまでよ。それが、弔いにもなるわ」


 はっきりと。

 迷いなく。

 堂々と。


 感謝の言葉は口内だけで転がし、マシディリも寝台を降りた。

 幾つか、家門の当主と家を預かる者としての会話を交わし、外に出る。


「随分と遅いな」

「お義父様こそ、ゆっくりされても良かったのですよ」


 やさしく、呆れを含めた親し気な声音を作り、マシディリはサジェッツァに苦笑を返した。

 そのサジェッツァは、髪の毛をいじられている。変にまかれているのだ。犯人は、今も髪の毛をいじっているヘリアンテ。足も、カリアダによってぺちぺちと叩かれている。毛が剃られているのは、引っ張られたこともあったからだろうか。


「本当に、ゆっくりされていて良かったのですよ」

「構わない」

 淡々と。

 常通りなのが逆に申し訳ない。


「カリアダ」

 べルティーナがやさしく呼びかける。

 三男はサジェッツァを叩く手を止めると、顔を動かした。丸い顔がぱあと花開く。四つん這いのまま、高速でべルティーナの元へやってきた。


「おはよう。ほら、父上よ」

 抱きかかえ上げられ、すぐにマシディリの腕の中へ。


 カリアダの体が固まった。顔は、ぎこちなくもべルティーナを追う。ただし、泣き出すことは無く止まっていた。


「カリアダはあったかいね」

「マシディリさん」

 口づけはまだ早い、と言わんばかりに愛妻に止められる。


「エスピラが執政官にと訴えた時は、確かに内輪もめが表面化した時だったな」


 真面目な会話などできないような格好で、大真面目にサジェッツァが言う。

 台無し、と言わんばかりに隣のべルティーナが顔をしかめた。


「そして、本格的に私が実地で学び始めた時でもあります」

「そうか」


 ウェラテヌスのじいじはね、やさしかったよ、とソルディアンナがヘリアンテの手を止めた。

 ずるい、と言って、サジェッツァの髪の毛をそのままにヘリアンテが離れる。奴隷がサジェッツァに近寄ろうかという姿勢を見せたが、サジェッツァが目で制した。ジネーヴラが、遠くで笑っている。義母の近くではフェリトゥナが積み木をしていた。


「ぅあ」

 腕の中では、カリアダがぐずり始める。

 あっという間にべルティーナに愛息が奪われた。


「お義父様も良く泣かれていたそうね」

「エスピラも良く泣かれていた」


 父娘の視線の交差は一瞬。

 ソルディアンナが視線を左右に動かせている間に、ヘリアンテがとことことマシディリの方へやってきた。


「父上は」

「うん?」

「髪、伸ばして」

「あー」


 それ、とソルディアンナが後ろからヘリアンテに抱き着いた。

 ヘリアンテも少しだけ嫌がる素振りを見せたが、姉に抱かれるがままになっている。

 姉妹の戯れを微笑ましく思いながら、視線を乳母へ。


「ラエテルとリクレスは?」

「朝の鍛錬を続けております」


「それから、客人が来ております」

 別の奴隷が、マシディリに近づいてきて静かに言ってきた。


 室内で、目を動かす。サジェッツァは黙りに徹していた。静かだ。姉妹が近くで戯れているのに、いつもより遅いのに、朝の静けさがある。


「朝の鍛錬は、セアデラも?」

「はい」

 乳母が、粛々と答える。


(なるほど)

 お呼びでは無い人物だ。


 そう思いながら、裏口近くの応接室へ。所々に防御用の設備が見られ、今も数人の奴隷が立っている。土嚢の類も至る所に置かれていた。子供達が遊びに使っていた中庭にも、今は自由に遊べないほどに物が積まれている。


 なじみ深い我が家だが、違う家のようだ。

 そう思いながら、伏魔殿の扉を開く。



「やあやあ。無事の帰還、誠に執着至極にございます、ってね。マシディリ君」


 堂々と座っていたのは、伯父トリンクイタ・ディアクロスその人。


「解除されたとはいえ、国家の敵になったことを無事の帰還として良いかは、意見の分かれるところかとは思いますよ」


「おかげで第三軍団を温存できたじゃないか。

 国家の敵となれば止まらざるを得ない。それはメクウリオ君が証明している。そのメクウリオ君の軍団も、まるまんまマシディリ君に忠実な軍団。

 大きな戦闘なく帰ってこられたのは、私の功もあるとは少しぐらい思ってくれていても罰は当たらないと思うけどな」


「アレッシア人を含む八千人以上が死んでいるのを、大きな戦闘なく、と評せるモノでしょうか」

「六千はドーリス人やハフモニ人だ。どうでも良いだろう? 彼らにとってアレッシア人がどうでも良いようにね」


「もっと、楽に帰ってきたかったですけどね」

「私は最善を尽くしたよ」


 心外だ、と言わんばかりに大袈裟にトリンクイタが両手を広げた。

 多くの急所を晒した姿勢のまま、トリンクイタの口が大きく開く。


「セルクラウス邸が襲われないようにしたのも、私の功績だよ。セルクラウス邸が襲われなかったからこそ、ウェラテヌス邸も総攻撃を受けずに済んだ。

 第四軍団が実際に動くかは別として、六千のあの傭兵崩れ共に襲われて、べルティーナ君が無事に済んだとは思えないけどね。この枯れ果てた老人にとっても、あの子は、魅力的過ぎる」


「サジェッツァ様もこの家にいることは御存じですか?」


「褒め言葉じゃないか。それに、その怒りが現実にならずに済んだのは事実だ。それどころかラエテル君ともども大きく名を上げた。それだけの土壌が、状況があったからね。

 もちろん、マレウスが切り札にしようと思っていた武力をマシディリ君が想定上に完璧に討ち果たしたから、というのもあるけどね」


 その状況まで持っていく最初の契機は自分だとでも、言っているようだ。

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