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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1566/1588

私が目指すのは

 最高軍事命令権保有者として真っ先にやらねばならないことは、軍団の確保である。


 それは、随時募集中と言われている軍団もであるが、その他も、だ。

 即ち、旧時代的な各家門による徴収および彼らの軍事行動の黙認。


 そのために必要なのは、取り決め。


『略奪などの乱暴狼藉を働いた者達は、各々の判断によって処罰しても良い』


 一種、最高軍事命令権保有者の権限を弱くするような取り決めをその日の内にある程度形にしたのは、マシディリが中心になって。


 同時に、その動きはアレッシア中にも広まった。

 どうしても今の元老院はウェラテヌス派が主流であることが否めないのだ。その中で自身が不利になるようなことをする。権力の集中もできそうなのに、それどころか分け与えた。


 その行動は、アレッシアの共和政を守る者にも見えたことだろう。マレウスが暴力によって多くを黙らせた暴君だと見えるのなら、なおさらだ。



「確かに、エスピラ様やマシディリ様の軍団は臨時給金や戦後の配当と言った物資面での褒美に加え、伝記にも載ることで名誉も高めておりました。


 ですが、他の者はどうだったのでしょう。


 クイリッタ様はマシディリ様の旗下の者の周囲には手を出しませんでしたが、他の者達にとっては如何だったのでしょうか。例えば、マシディリ様はスッコレト・マンフクスを叩き潰しましたが、他の者が同様のことをクイリッタ様に考えても不思議では無いと思えます。


 そして、マシディリ様はマンフクスの弁護にも回るなどできましたが、それは貴族としての誇りが根付いているから。貴族と言う神に選ばれた者だからです。


 貴族が持つ精神が分からない新貴族や平民にとって、クイリッタ様への暴挙は、暴挙自体は私も賛同できるモノではありませんが、暴挙に及んだ理由については僅かながら同情もしてしまうモノではありませんか。と、すみませんが、思ってしまいます」


 ただし、ウェラテヌスに近しいと雖も一枚岩では無い。

 この批判の主は、ボルビリ・セルクラウス。彼の発言自体が危ういのは父親であるティミド・セルクラウスの血を感じさせてしまうモノだ。



「ボルビリ様の意見は、本心からですか?」

 時間も短めの議会を終えた後、乱暴狼藉に対する罰を他の監督者が下すことを認める誓紙を神殿で書き、納めた後にアルモニアに問いかける。


 この集まりにはシニストラやパラティゾ、ジャンパオロと言った面々はもちろんのこと、マシディリを批判したボルビリや未だに中立を維持しようとしている者達も加わっていた。


「紛れもなく、ボルビリの意見ですよ」


 中立派にとっても、乱暴狼藉の話は良い話なのだ。何せ、自分の権益を守ることができるのだから。

 一方で、ボルビリの意見には同調しにくい。


「私にとって都合の良い批判の仕方でしたので、つい、疑ってしまいました」


 ボルビリに同調し辛いのは、新貴族や平民にとってもそうであるが、ボルビリの父ティミドが過去に謹慎を食らった経緯と照らし合わせると、貴族だって同調しづらいと思うモノである。


「ティミド様は謹慎処分明けも基本は後方支援でしたので、子供達と触れ合う時間も多かったのでしょう」


 アルモニアがやわらかく言う。

 立っている場所は、マシディリのやや後ろ。神殿では、マシディリは最高神祇官として独裁官と並んでいても、何なら上位の場所に立っていても何の侵害もしていないのだ。


「マシディリ様こそ、元老院で批判を聞くだけでよろしかったのですか? 狼藉処罰の件、元老院の御墨付こそ欲していたのでは?」


「皆の意見を聞いていただけです。私の同調するやや過激な意見もありましたしね。

 それに、私が欲しかったのは神殿での取り決め、元老院を介さない家門間での約定です。

 これなら、仮にティツィアーノ様がエリポスで元老院を開いて否定してきたとしても、この約定は取り消せませんからね」


 中立の家門も、何なら親子兄弟に敵対者を出している者も参加していたのだ。

 これが元老院での取り決めなら、渋っていた者も多いかもしれない。


「次は逃げた方々の土地を一時的に管理する権限を、私に味方してくれた方々や元老院に残っている消極的な敵対行為者に分けたいと思っています」


「もう土地の分配を行うのですか?」


「いえ。管理権だけです。土地は、逃げた方々に。所有権の移動は行いません。あくまでもアレッシアの国力を維持するために、管理して、利益の一部を受け取る権利を与えるだけ。本人が戻ってくればひとまず戻しますし、家門から奪いきるものではありませんよ。


 現地に入れる状況では無いのですからね。仕方ありません。放置する訳にもいきませんし。

 そのような、一代限りどころか、一年単位で更新していかないといけないただの権限です。


 通るよう、調整していただけますね?」


「エスピラ様も、出来ると言ったのなら容赦のない方であったと言うことを思い出しました」

「はは。アルモニア様を信頼しているからですよ」


 あとは、と、思考を巡らせる。

 第三軍団にはひとまず名誉を与え続けるつもりだ。俗物的な褒美は、コクウィウムとルベルクスが一番手か。本来ならファリチェだが、ファリチェは地位や官位を与える。コクウィウムとルベルクスなのは、近しい者が敵となってもマシディリに着いた本人は優遇するところを見せるためだ。


 ただ、それも後回し。

 今日すぐにやらねばならないのは。


「イーシグニス」

「ういっす」


 不敬、とイーシグニスと一緒に現れたレグラーレが尻を蹴っ飛ばした。

 うげえ、と神殿にらしくない声が響き渡る。この明るさも必要なことだ。イーシグニスが、娼館に度々有力者の次男三男を連れ込んで雰囲気の維持に努めているのも知っている。


「近々、トトランテ様にティツィアーノ様への降伏勧告の使者になってもらいます。ですので、何かがあっても脱出しないようにしておいてください」

「朝飯前ですよっと。二つの意味でね」

「言うとださい」

「酷くね?」

 レグラーレが気安く絡むのも、イーシグニスの空気感のなせる業。


「アグニッシモとテラノイズ様とスペンレセにも、改めて現状報告の使者を派遣したいと思っていますが、元老院から、でよろしいですか?」

「お任せください」


 人選は独裁官の役割。

 マシディリから言うのも権限を考えると微妙なところであるが、アルモニアであるからこそ円滑に事が進む。


「マシディリ様。私からも、一つお願いがございます」

「何でしょうか」


「不当な最高神祇官選挙に出ようとした者の処罰を、一時私に預けて欲しいのです。最高神祇官の権限の範囲内であり、神々を疑う冒涜的な行為であるとは理解しておりますが、どうやらマシディリ様の苛烈な処分を恐れて元老院に出てこない者も居る様子。


 マシディリ様の寛容性については今更語る必要はございません。

 ただ、マシディリ様はあくまでも元老院と言う枠組みの中にいること、これまで通りのアレッシアの中にいる人であると示しておかねばならないと思いました。


 例えそれが、マシディリ様の本心では無いとしても」


「私が目指すのは、あくまでも全アレッシア人の代表、アレッシアの第一人者ですよ」


 アルモニアに真意を語ってはいない。

 が、アルモニアは父の副官だ。理解してしまっても、何の不思議もない。


 マシディリは、足を止め、しっかりとアルモニアに振り向いた。


「最高軍事命令権保有者として、独裁官に一個軍団の新設と北方を抑える半個軍団を要望いたします。


 前者の軍団長はシニストラ様。後者はジャンパオロ様。

 また、前者軍団の高官にはヴィエレ、カウヴァッロ様、ルベルクス、エキュス、アリスメノディオの起用を希望いたします」


「用意いたしましょう。メクウリオの率いている軍団にも、正式な軍事命令権とマシディリ様の旗下に加わる体制を通達しておきます」

「助かります」


 前者軍団、シニストラに加わる他の高官は恐らくボルビリになる。

 セルクラウスはマシディリに近い家門でもあるが、ボルビリ自身はアルモニアの側近でもあるのだ。


(何人が、意図を理解してくれるか)


 第一軍団や第三軍団が最精鋭足りえるのは、その精神力と行軍速度、隊形変化の優秀さ、工兵能力の高さに忠誠心によるモノだ。


 もちろん、他にも要因はあるが、ウェラテヌス父子が何よりも信頼しているのはこの五つ。そして、マレウス脱出前に捕まえられるかも、行軍速度と隊形変化、軍団の柔軟性が大事となる。


「ひとまずは第三軍団で半島の西側から逃亡者を駆逐します。その後に、第三軍団はディファ・マルティーマまで移動してから北上。新設軍団はアレッシアからインツィーアを経由して半島東側を南下。確実に、途上で敵を捕まえます」


 実際には、半島の東西を移動する道は他にもある。

 ただし、大軍では無い。


 マレウスだけを捕らえる目的なら採るべきでは無いかも知れないが、多くの者を逃がさないことがマレウスを捕らえることに繋がるのなら、これが最善だろう。

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