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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1565/1587

大権をこの手に

 アグリコーラを出る直前に、次の使者がやってきた。もちろん、第三軍団の兵である。


「全会一致で、マシディリ様に最高軍事命令権保有者の権限を授けることが決まりました。これより先、アレッシア全軍の指揮権はマシディリ様に正式に付与されます。

 また、独裁官にアルモニア様が就き、混乱の収束を図る旨も発表されました」


「アルモニア様が?」

「はい。マシディリ様と入れ替わるように、アレッシアに到着されました」

「御無事なのですか?」

「任期の途中で尽きるようなことがあれば、それこそマシディリ様にしか後は託せない、と。アビィティロ様に語ったそうです」


(やはり)

 体調は戻り切ってはいない。

 その状態で独裁官などと言う激務を引き受けるのは、無謀だ。無茶が過ぎる。


「無茶は言うが、無理は言わない。それが第一軍団から見たエスピラ様でした。

 アビィティロ様から、マシディリ様に向けてそのような伝言を受けております」


「命を削れ、ですか」


 兵の命をどう効果的に使い切るかを考えるのも指揮官の仕事だ。死ね、と命じ続けているのである。

 武器を取る戦場と、言葉を武器にする議場で何が違うのかと言えば、その通りかもしれない。


「マシディリ様が帰ってこなければ、アルモニア様もファリチェ様も裏切り者として歴史に刻まれていたかもしれませぬの」

 ほほ、とトトランテが笑う。


「ウェラテヌスはアレッシアの期待を裏切りません」

「エスピラ様の好まれていた言葉だのう」

「ウェラテヌスの真実ですよ」


 兵に労いの言葉をかけ、クーシフォスを始めとするアレッシアに家族がいながらついてきた者達も連れて急いでアレッシアへ。


 使者同様の強行軍だ。軍団として足並みを合わせる必要は無い。トトランテの体調だけに気を配りながら、五日かけた道を三日で帰る。


「英雄の帰還だ!」

 門の入り口で、マンティンディが吼えた。


 トガを身に纏った元老院議員を始めとする民衆が出迎えてくれる。だが、数は少ない。いつになく静かだ。

 それでも壮麗さは保たれており、中央にいるアルモニアと支えているファリチェには確かな威厳がある。


「お待ちしておりました」


 歓声に比べて大きいとは言えない声だ。

 でも、しっかりと届く芯がある。


「私はアレッシアの求めに応じるだけですが、体調の方は問題ありませんか?」

「此処で動かなければ、最後の最後に私は戦友にあわせる顔が無くなってしまいます」

「アルモニア様」


「例えあと半年で死のうとも、後悔はございません。後悔を抱くとすれば、それは何も為そうとしなかった時。エスピラ様が全てを於いて思い、グライオ様が命を賭して国が割れるのを防ごうとしたのに、私は割れていく様子を眺めているだけなど、どうしてできましょうか」


 頷き、一歩離れる。

 仕切り直すようにアルモニアも動きを止めた。処女神の神殿の神官を伴ったヴィアターノが粘土板をアルモニアに渡す。


「アレッシアの神々と元老院の承諾を得て、独裁官アルモニア・インフィアネが父祖と戦友に宣言いたします。


 マシディリ・ウェラテヌスこそが、この内乱を鎮圧できる勇者であると。


 故に、最高軍事命令権保有者としての権限を授けます。範囲は、アレッシアの影響が及ぶ限り。戦友の足が向くところ全て。

 第二次フラシ戦争時にサジェッツァ・アスピデアウスが手にしたモノと同じ権限を、より巨大化したアレッシアに於いてマシディリ・ウェラテヌスに預けます。


 我らの期待に、必ずや応えるように」


 紫のペリースを後ろに弾き、膝を曲げる。

 恭しく両手を伸ばし、粘土板を受け取った。


「全てはアレッシアのために。ウェラテヌスの名に懸けて、必ずやアレッシアの期待に応えましょう」


 ぐ、と粘土板を握りしめる。


 最高神祇官と、最高軍事命令権保有者。第三軍団と言う共和国の軍団では無くマシディリ個人の軍団があり、カルド島とディファ・マルティーマにはウェラテヌスの海軍がいる。


 元老院議員が減った今、行政の主体として行動を麻痺させないためには、第二次フラシ戦争以後ウェラテヌスが積極的に支援していた護民官経験者の力が必要だ。


(あと、少し)

 高鳴る心臓を長い吐息で覆い隠す。

 最愛の弟が死んでいると言うのに、何と冷たい男だ、と脳内が呻いた。


 そして、その合切をひた隠しにし、頼れる最高軍事命令権保有者として粘土板を掲げ、民衆を見る。



「今日のアレッシアがあるのは、父祖の血と努力によってに他なりません」


 始まりは静かに。

 民衆のざわめきも、徐々に収まっていく。



「その歴史が、議場での不当な血によって流されそうになっている。父祖が描いた未来が、暴力と暴虐に依って冒涜されたのです!


 これを許して良いはずがありません。


 そうでしょう?


 私にはウェラテヌスの血が流れています。そして、誇りを胸に抱き、魂を受け継いでいる。

 皆さんもそうだ。父祖と繋がる血を宿し、誇りと魂を持ってこの地に立っています。


 暴挙を許すのは此の全ての否定だ。歴史の否定だ。太古の混乱へとアレッシアを突き落とす行為に他なりません。


 父上の戦いの人生を、弟の死を無駄にすることなど私にはできない!


 私は、今、全てのアレッシア人に問いましょう。

 守るべきは、自分だけが座ることのできる椅子か。父祖が得たモノか。子々孫々伝えていかねばならない誇りか。



 アレッシア人とは何だ。


 私達が、父祖と神々に胸を張って報告できる結果は何だ。



 それを考えれば、おのずとすべきことは定まります。


 ご安心ください。私に懸けたことは間違いではありません。ウェラテヌスは、アレッシアの期待を裏切らない。


 アレッシアのために、正しく命を懸ける覚悟が揺らぐことは無い。ウェラテヌスが見据えるのはより良きアレッシアの未来ただ一つ。クイリッタもその覚悟の下に殉じました。どうして兄である私が、弟の気持ちを踏みにじれましょうか!


 これをアレッシア最後の内乱とする!


 以後、争うことは許しません。言いたいことがあれば聞きましょう。許せぬのなら、今からでも遅くありません。ティツィアーノ様に合流してください。今日明日中なら見逃しましょう。


 愚かなのは、アレッシアを割り続ける行為そのもの。


 思い出せ!

 私達は何のために戦って来たのか。父祖は何に命を懸けたのか。家門を残すとは、血を繋ぐとは何かを。


 血は、ただ流れているだけでは意味がありません。

 その行動が、誇りが、魂が見えてこそ、繋いでいる意味がある。


 もう一度言いましょう。

 これをアレッシア最後の内乱といたします。


 貴族も新貴族も平民も関係ない。

 全アレッシア人が、己の信念に従い、父祖の目指したモノを、発展させ子々孫々に伝えたいモノを、その魂を。見つめ直し、決断してください。


 私の目指すアレッシアか。

 ティツィアーノ様の作るアレッシアか。


 それ以外は無い。

 あったのなら、何故動かなかったのか。


 そして、私は違えない。

 祖父オルゴーリョ・ウェラテヌスが全てを懸け、全てを失い、それでも手に入れたアレッシアの未来を。

 祖父タイリー・セルクラウスが最後まで案じたアレッシアの将来を。


 父エスピラ・ウェラテヌスが描いたアレッシアの光を!


 必ず作り上げましょう。誰にも侵されない、誰の顔色も窺わない、誰も冒涜しないアレッシアを。

 私と、皆さんで!」



 少々危険な発言だ。

 独裁官はアルモニア。


(まあ、いまさらですね)

 アルモニアが誰の味方かなど、誰もが分かっている。

 マシディリは、神牛の革手袋をはめた左手を天に掲げた。


「アレッシアに、栄光を!」

「祖国に、永遠の繁栄を!」


 大合唱の奥に、ひっそりと義父(サジェッツァ)がたたずんでいるのが見えた。

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