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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1563/1588

トトランテ・ピグリニス

「この歳まで生きてきた秘訣はの、あまり自責と思い過ぎぬことでの。


 テルマディニでの儂の交渉は、下手だったと思うておりもす。マシディリ様を安心させるつもりが、逆に警戒させてしもうて。なれど、その後は儂の所為ではあらぬ。面前での交渉に失敗しながらゆっくりと帰ってきたクンドスが逃亡の決定打となりもすた。マレウスが黙っておれば、その内クイリッタ様が適度な役職を用意してくれたであろうて。


 うむ。儂の所為ではあらぬ。

 けんど、手塩にかけて育て上げた馬を奪われたのは、儂の所為じゃの」


 マシディリは、極力眼球を動かさないようにしながらも馬を観察した。

 言葉通りの意味でもあるかもしれない。筋肉の張りも、毛艶も良い馬だ。


「民を向かわせ、マシディリ様の足を止める。半島で死にたいと思うておる者達を纏め、最後の防壁となる。その上で、出来れば儂も逃げる。


 呵々。

 上手く行かぬの。


 ティツィアーノ様を前にださせてしもうたどころか、大事な騎兵戦力を削るような真似までさせてしもうておりもすからの。


 アグリコーラの保持も叶わず、最低限であったはずの第四軍団を弱体化させずの脱出も上手く行かなんだ。良くて引き分け、人によっては負けと言われてもしかたありもすの。


 けんども、それは人と人であればの話じゃな。


 儂のようなただの生き残りが、マシディリ様のような神の子と戦い、最低限の目標を達した。


 これは、儂の勝ちじゃ。

 この耄碌爺が、神々に愛されし者に一矢報いたのだ。


 寵愛が薄れておいでではないかの」



 後ろから、金属の擦れる音がする。

 マシディリは小さく手を挙げ、兵の動きを止めた。

 トトランテの声は、さらに大きくなる。



「クイリッタ様に三つの罪あり!


 一つ、我ら元老院議員の愛人、娘、妻を寝取った罪。


 一つ、正妻を蔑ろにし、エリポス人を正妻のように扱った罪。それも、エスピラ様を殺そうとした者の娘らしいの。御自らはエリポス人を蔑んでおりながらこの様子では、何の弁護もできぬの。


 一つ、戦功に比して絶大な権力を保持した罪。己が功は少ないにも関わらず、父であるエスピラ様や兄であるマシディリ様、果ては弟であるアグニッシモ様、スペランツァ様の権威を利用するだけ利用した卑劣漢じゃて。


 元老院議員として、このような者の増長を認めるわけにはいかぬ。故に、ティツィアーノ様に味方したまで。マレウスなどのために命を懸ける者などおらぬ。せめて己が力で半島を脱出してみよと言うまでよ。そうして初めて、マレウスがクイリッタ様を断ずる権利を得る。


 そうでは無いかの、大罪人の息子よ。

 内乱が罪だと言うのなら、最初の内乱であるイフェメラ・イロリウスの罪こそ最も重く、全ての着火点よの。詫びぬか、若造」



「野郎!」

 飛び出したアリスメノディオを、タッテウスが掴んで止めた。


「アリスメノディオ」

 マシディリも声で窘める。

 父上を侮辱した! と、アリスメノディオが噛みついてきた。地面に多量の斑点が出来上がる。


「老人連中に臆するから、出世が遅れるのじゃ」

 今度はアワァリオが肩を動かす。

 マシディリは、深く息を吸った。



「アレッシアの全軍よ、石に成れ」


 重く、低く、郎と通る声。


 でもっ! と吼える若犬とは対照的に、トトランテが困り顔で眼球を上に動かした。アワァリオの手は震えながら動き、やがて下りていく。


「儂には分からぬでの。今のマシディリ様が国家の敵なのか違うのか。命令を発せられる元老院がどちらなのか。諸外国はどう動いておるのか。


 石と成ろうや。

 最早未練はあるまいて」


 トトランテの兵の動きも止まる。

 アリスメノディオも、視線だけで殺しかねない勢いで睨みながらも動きを止めた。下唇を噛みしめ、血が流れている。


「好きにしなされ。老人は、朝早いものじゃてな」

「もとよりそのつもりで」


 トトランテが盾を地面に静かに寝かせ、その上に剣と腰帯を置いた。

 一部の老兵がその動きに続く。


「では、まず行動記録を提出してください」

「は?」

「レントゥルス、リボ、ヌルキウスは精査を。

 そうしないと、給金が出せないでしょう?」


 呵々と笑うトトランテとは違い、不服そうな表情をしているアリスメノディオとアワァリオにやさしく言う。


「ドーリスがどう動いているのかとか、知っていることも話してもらわないといけませんしね。特に大罪人であるマレウスの動向は、知っている限りで把握しておかないと。イフェメラ様も、情報は大事にしていましたよ。だからこそジュラメント様を放そうとはしなかったのですから」


 もちろん、それ以前に二人は親友でしたしね。

 安心させるように告げ、マシディリは次々と戦後処理を百人隊長ごとに飛ばしていった。


 功績を纏めるのも、百人隊長に任せる。

 自身は、顔をのぞかせたクーシフォスの方へ。


 たどり着けば、クーシフォスの報告を聞く前にマシディリは口を開いた。


「アグリコーラの混乱の要因はティツィアーノ様の乱入ですし、再建させる必要もあります。その仕事をパラティゾ様に残していかれたのは、アスピデアウスを思ってのこと。戦わなかったのも第三軍団と第四軍団がぶつかれば被害が大きくなるから。癒えない傷跡を残さないための最善の選択。


 何より、自身を慕う者を残して脱出したのは、私を信じているからであり、心が通じている証拠です。ティツィアーノ様も戦いは望んでいませんよ。この内乱は、すぐに終わります。マレウスも半島にいるようですからね」


「…………そうですね」

 クーシフォスの返答の間は、考えないことにする。


「アリスメノディオ様とアワァリオ様が何かを訴えていたようですが、よろしいのですか?」

「ええ。トトランテ様に戦闘の意思はありませんから。突撃は不要ですよ」


「攻撃したがっていたと。もしもトトランテ様に戦う意思があったら、どちらを起用していましたか?」

「質問で返して申し訳ありませんが、クーシフォスならどうしたかを聞いても?」


「アワァリオ様を向かわせました。

 イロリウスの被庇護者達は、マシディリ様に帰参を許され、イロリウスとの変わらぬ関係を守っていただいた者達です。忠誠は疑いようがありません。ただ、アリスメノディオ様を褒めないと、些かこじれるのではないかとも、思ってしまいますが」


「私も同じ考えです」

 目を、クーシフォスへ。


「一足飛びですが、アリスメノディオを軍団長補佐にします。軍団は、随時募集中の者達を接収しましょう。それから、アワァリオは騎兵の部隊長に。こちらも接収した部隊をにはなりますが、クーシフォス。第三軍団に混ぜずに、ただし貴方の部下として運用できますね」


「頑張ります」

「期待しています。フィチリタに、貴方が良い報告ができることも」


 で、用件は何ですか? と雰囲気を変えて問う。


「ラプティエと名乗るアグリコーラの宝物庫番が、ティツィアーノ様に財物と穀物を引き渡したそうです。

 何でも、アグリコーラはアスピデアウスの監督地であり、サジェッツァ様の遺言は分からないが半分はティツィアーノ様の物であっても不思議では無い、と言っておりまして。

 どのような処分も受けると言い、それまでは宝物庫を守るのが仕事だと今も宝物庫の扉の前に立っております」


「その忠勤は褒めねばなりませんね。剣を一振り、いただきましょうか」

 死体からはぎ取った剣を、受け取り、腰帯に垂らす。いつもの剣はアルビタに預けた。


 そして、マシディリはラプティエの前に立つ。


 アレッシアに貴方を裁く方はありません。以後できたとしても、遡って処罰するのは法を定める意味がございません。これからも任に励むように。


 その言葉と共に、褒美として道中に腰につけた剣を授けて。

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