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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1562/1588

少し、手を伸ばして

「第四軍団を処罰するつもりはありません!」


 大きく吼える。

 されど、第四軍団の者達の顔色に変化はない。


「ティツィアーノ様にも、けじめとして一時的な謹慎はしていただきますが、すぐに力が必要な時がやってきます。私が一度追放するのです。それから呼び戻すとなれば、ティツィアーノ様の立ち位置はより盤石な状態になるのは父上が証明しているはず。違いますか?」


 出航のための動きは、止まらない。


「話を!」


 それでも、マシディリは声量を大きくした。

 ちらちらという視線は増えている。だが、手の動きは変わらない。相も変わらず優秀な軍団だ。


「クイリッタの死後、私達は話せていません!」

「話し合いの使者なら出しましたよ」


 一番反応してしまったのはマシディリ。

 敵騎兵の列が割れ、顔なじみの、第四軍団第三列の重装歩兵が見えた。盾を構え、後ろに立つ隻眼の独裁官、ティツィアーノを守っている。


「クイリッタが殺されたと皆が知っている状況で、あの誘いに乗れるとお思いですか?」

「剣を置かねば話し合いになどならない」


「なら、今」

 剣を横にやり、手を離す。

「プブリウス!」


 ティツィアーノの叫びの直後に、プブリウスが何かを投げてきた。マシディリの目の前に影が現れる。アルビタだ。硬質な音共に、盾が何かを弾く。地面に落ちたのは槍の穂先プルムバータ。第四軍団の一部にも配備している、投擲武器である。


 マシディリは、右手を挙げて猛る私兵を抑えた。

 静かになったのを待って、口を開く。


「貴方がクイリッタを殺すはずがありません」

「私はあの男が嫌いでしたよ」

「好き嫌いで動くとは思えません」

「師匠は、私とクイリッタを組ませたがらなかった」

「サジェッツァ様は組ませたがっていました。相性が良い、と」


「どちらが正しい?」

「どちらも」

「歴史的には、師匠だ」

「今は、です」


「後継者がそれを言いますか。なんとも、マシディリ様らしい」

「父上が正しいのであれば、内乱に繋がるこの行為はすぐにでも終わらせなければなりません。今すぐ、一緒にアレッシアに戻りましょう」


 ティツィアーノの顔が横に向く。


「そうですね」

 短い一言は、闘志が衰えていない言葉であり。

「ほとんどの高官を置いてきていたのなら、迎え撃ち、マシディリ様をアレッシアに連れ帰れば良かった」


「今から上陸させればよろしいではありませんか。必要なら、場所を開けますよ」


「どうかな。アリスメノディオは苛烈な男だ。今回の戦いによる武勇を示し、ドーリスと離縁した後のチアーラ様を嫁に迎えたいと言う風説も、あながち嘘では無いかも知れないと私は思っていますよ」


 結婚は政治的な動きだ。

 エスピラもマシディリも、妻の家門の者と敵対しても離縁しなかったが、より優位に進めるために離縁と婚約を繰り返すのも珍しい話では無い。


 むしろ珍しいのは、義兄が追放されたと言うのに婚約者との結婚を強行したティツィアーノの方である。


「アワァリオも、絶妙に師匠に近い場所に立っていたことのある家門と言うのが良くなかったですね。来ますよ。彼は。上陸しようとした瞬間を手勢だけで突っ込み、この首を取ろうとするはずです」


「止めます」


「マシディリ様は一人。高官はいない。味方を攻撃すると言う覚悟を決められる者は、と、カウヴァッロ様であれば、そうか。止められますね」


「高官は二人います。一人はカウヴァッロ様ですよ」

「もう一人は?」

「クーシフォス」


 ティツィアーノの目が閉じる。


「素直な人だ。マシディリ様であれば嘘では無いのでしょう」


 ですが、とティツィアーノが目を開けた。左右の重装歩兵がティツィアーノの正面を閉じる。腰を落としているため、ティツィアーノの顔は見えるが、他は完全に盾の後ろに行ってしまった。


「立場上、信じ切ることは出来ません。どこかからアビィティロが兵を連れて現れたら、終わりだ。第三軍団は百人隊長だけでも十二分に戦えるのは私も良く知っていますからね。

 話は、此処まで」


「お待ちください!」

 払うような仕草で手を振ったティツィアーノに、何とか叫びかける。


 敵の動きも止まってくれた。

 その中で、一歩。

 アルビタをどかして、前へ。


「何故、こんなことを。私にティツィアーノ様と戦うつもりはありません!」

「何故、ですか」

 敵重装歩兵の盾が、僅かに持ち上がる。


「私も、少し、手を伸ばしてみたくなりまして」


 ティツィアーノの後ろから、青い光が打ち上がった。馬の嘶きが響き渡る。足も上がり、蹄の音が高らかになり、暴走するようにこちらに駆けてきた。上に乗る者はいない。


「では」と言ったのか。言っていないのか。

 ティツィアーノの口が動き、騒乱の奥へと消えていく。


「待って!」


 馬が迫る。

 思わずこぼれそうになった悪態を噛みつぶし、自身の兵へと目を向ける。


「馬を落ち着かせることを優先してください! 敵は船です! すぐには逃げられません!」


 それに、ティツィアーノはイパリオンとの戦いで足に後遺症を残している。

 最後まで残るのは如何にも誇り高いアレッシアの高官らしい振る舞いだが、今に関して言えば足かせでもあるはずだ。


(それに)

 アリスメノディオとアワァリオへの評価。

 あれは、忠告だ。

 ティツィアーノも戦いは望んでいないようにマシディリには聞こえたのである。


「くそっ!」

 兵が悪態を叫ぶ。


 暴れる馬は、簡単には鎮まらないのだ。

 その間にも、敵兵はどんどんと海へと浮かんでいく。


「内乱を長引かせたいのか!」

 兵が叫んだ。


「戻って来い!」

「国を割るのは愚かな行為だぞ!」


 次々と。

 海に向かって叫び、ある者は石を投げ、ある者は縄を投げ。


 でも、帰ってくることは無い。来るはずが無い。

 船団は次々と小さくなるだけだ。


「決着を!」

「アレッシアのために、というのは嘘だったのか!」

「嘘つき共!」

「悔しかったら戻って来い!」

「大嘘つきめ! 戦友だと思っていたのに!」


 叫びは、ただただ空気を震わせるだけ。

 打ち寄せる波は何も持ってこない。

 叫ぶ空気は、時には湯気となり、白く見え、ただ出てすぐに透明へと変わっていく。消えていく。


 手には剣。腰帯に短剣。盾も手放さず、その裏には槍の穂先を備えている。鎧だって着込んだまま。


 でも、叫ぶしかできない。


 マシディリは、海へと並ぶ兵を見ながら、何も言わなかった。


「マシディリ様」

「ええ。聞こえていますよ」


 アンティオに返しながら、陸の方へと体の向きを変える。

 包囲するように迫りくるのは第三軍団を中核とするマシディリの味方。足を止め、天を仰ぎながらもゆるゆると円陣を組むのは、敵老兵だ。


 中心で指揮を執っているのは、トトランテ。

 大粒の汗を浮かべ、顔を真っ赤にしながらも笑っている。


「マシディリ様っ」

 駆け寄ってきたのは、アワァリオだ。

「あと一息です! 突撃を。必ずこの手で討ち取って見せます!」


 持ち場にして欲しい位置を離れているのは、アワァリオだけでは無い。


「僭越ながら、アグリコーラを守ってきたのはイロリウスです。最後の一押しは、私が、いえ、せめて機会をっ!」


 アリスメノディオ。

 彼も、功を奪われまじと言わんばかりに詰め寄ってくる。


「勝負が決した場面で余計な死傷者を出すことは避けたいですね」

 熱量なく、マシディリは静かに言った。


「この状況に持っていったことこそ、大きな功です。アワァリオ、アリスメノディオ。本当に良くやってくれました。真っ先に駆け付けてくれたことも、最初期から私達を信じてアグリコーラを守ってくれたことも、感謝しています」


 次に感情をこめ。

 それから、息を吸って二人を後ろにするように前へ。

 腹から声を出す。


「お久しぶりですね、トトランテ様。まさかテルマディニの次に会うのが此処だとは思っていませんでしたよ」


「儂もじゃ」

 呵々、とトトランテが笑う。

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