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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1561/1587

アグリコーラ市街戦 Ⅲ

 多くの者がウェラテヌス邸の別荘に入っていく。

 チアーラが「汚すな」と睨みつけているが、無理であることはチアーラ自身も承知の上だろう。


(どのみち、大勢に隠し通路が露見した以上は新しい家を作らないとですね)


 また財のかかる、と思いながらも、マシディリは指示を口から出し、手では別の命令文書を作り上げた。


 頭を極限まで使う行動を、時間いっぱいまで行う。


 その時間とは、五百人の部隊が隠し通路に入るまでの時間だ。アグリコーラの長い午後ではまだ幼子だったラエテルやリングア、チアーラが通って逃げた道である。


 繋がる先は港。

 前回は逃げるための道が、今回は攻めるための道となる。


 レグラーレを先頭に、地下の道を光で照らしながら先を急ぐ。ただし、整然と。暗闇でも普段通りに足音を揃え、三列で突き進んだ。止まる時も前の者とぶつかることなく、美しく。


 兵が開けた道を、マシディリはペリースをはためかせながら前へと進んだ。


「レグラーレ」

 上へと呼びかける。

 最も親しいとすらいえる被庇護者が、顔を下に戻してきた。


「気づいている様子はありません」

「数は?」

「二千程が見える範囲に」


 時間を考える。

 どれほど住民が湧き出て来たか次第ではあるが、少なくとも無視できない位置に残りの第三軍団も足を進めているはずだ。


(無理なら、逃げましょうか)

 イフェメラ・イロリウス、マルテレス・オピーマと戦い抜いた者達だ。

 敵中突破からの帰陣だってできると信じている。


「アルビタ」

 常に背中にいる兄弟弟子を呼び、今日は先に登らせる。

 アルビタと二名が昇り切った後で、マシディリ。そこからは隠れられる範囲でぎゅうぎゅう詰めになりながら通路から出て、敵を伺う。


 港の方へ急いでいるようだ。

 多くの者の顔は港へ。遠くの一部が内陸、港への出入り口方面を伺っている。顔の動き、つま先、腰の武器に触れる様子から、第三軍団はそう遠くにはいないと推測がつく。


「マシディリ様」

 声の主はゲルトモド。

 四十を越えた、第二次フラシ戦争従軍者だ。


「船が島のように浮かんでいます」


 緊張が高まったのが、ありありと分かった。

 マシディリも、舌で軽く下唇を湿らせる。ゲルトモドに向けた目を、眼球だけ動かして目の前の集団へと移す。


 罠か。

 脱出か。


 罠なら、気づかれる前に逃げないと逃げることも叶わない。第四軍団に加えた船団なのであれば、敵中突破はかなり厳しい。数だけではなく、敵が待ち構えている中でもあるのだ。

 一方で逃げるつもりなら、此処で追いすがらないと次はいつ会えるか分からない。


(私は)

 何のために来たのか。


 戦うためでは無い。

 ティツィアーノを思いとどまらせるためだ。可能なら、此処でマレウスらも殺しておきたい。


「全軍」


 異様に静かに感じた。

 張り詰めた空気が満ちるどころかマシディリを押し出そうとしているかのようである。


 自分の命令一つで全てが変わると。

 まるで、分厚い本をめくる時のようだ。結末を望み、されどまだ知りたくない。だが、登場人物がどうなるか気になる。願わくは、大団円を、と。堕ち行く物語と描いてしまう暗い結末を抱えながら、すぐにも切れてしまいそうな希望に縋って。


「私を信じて死んでください」


 返事を聞く前に壁に手を伸ばす。


「とうに捧げた身なれば」

 真後ろのアンティオが呟いた。


 赤い光で前面を満たし、壁を破壊する。

 粉々だ。父の最後を知る者は、父譲りだと分かり、父の威光をもマシディリ自身へと集める、圧倒的なオーラ量を誇るが故の力技。


「全軍、突撃!」


 オーラを打ち上げる必要は無い。

 声で全て通じる。


 三万にも四万にも匹敵する五百の雄叫びが、雷鳴のように地面から這い出てひたすらに前進を開始した。

 海に浮かぶ船団に動きは無い。いや、当然か。反応したとしてまだ動ける時間では無い。動けるとしたら、未来が見えている者。そんなこと、あり得ない。


「一番槍を決めた者には、熱い接吻をくれてやる!」

 タッテウスが吼える。

 いらねえ、と軍団兵が吼え返しながら、戦闘集団がたった一本しかもたない投げ槍を構えた。


「どりゃっ!」

 十二名が吼え、投げ槍が大きく弧を描く。

 敵の隊列は乱れている。僅かな乱れだ。間隔が狭まったが正しい。


(どっちだ)

 見た目は想定外。

 だが、第四軍団であれば演技も可能。


「盾を捨てよ」

 しわがれた大声が対面から聞こえた。


 横から駆けてきたのは新たな部隊。数は多く無い。三十人程度だ。後から続いているが、それでも五百は超えないだろう。


 投げ槍が盾に当たる野太い音がする。すぐに槍は折れ曲がり、盾を持ち運びできない重さへと変えた。その盾が、地面に捨てられる。


 全軍の前に立った敵は、盾を捨てた十二名。


「我らが命、既に亡くば!」

 号令と共に、盾を捨てた十二名が抜剣した。

 味方を置き去りにした突撃。老兵か。囮としても、老兵を使えば余計な警戒を招くだけ。それも策か。いや。


「何も変える必要はありません。四人一組を厳守し、いつも通り連携してことに当たってください!」


 脳裏に過るのはインテケルンの最後の策。数人ずつを置いていき、マルテレス撤退までの時間を稼いだ捨て身の戦法。


 実際、目の前では敵老兵が大きく腕を振り回し、小さく立ち位置を変えながら狂兵の攻撃を遅らせている。その奥の兵も腰を落としていた。だが、彼らの動きは後ろへ後ろへと言うモノ。それだけなら誘われている可能性もあるが、次々とやってきた老兵が隊列を整え、盾の後ろで腰を落としていた。


 目の端に、光が走る。


「トーリウス」

「船団からです」


 見ているのなら、マシディリ自身はオーラを追わない。

 目の前の戦闘を注視する。老兵数人が倒れ、狂兵が前進しても新たに数人を差し出さない敵を。


「東方遠征時のモノであれば、早急な撤退を告げております。それから、残る戦友に感謝を」

「逃がすか」

 低い声で強く言っておきながら、心は迷う。


 この行動すら罠では無いか、と。


 それでも、決断は変えない。どのみち五百しかいないのだ。少ないと判断され、冷静に対処された時点で終わる。少数での奇襲は不意を突いてこそ。不意を突けば、一万に対して五十人程度の部隊による奇襲を繰り返すだけでも十分なのだ。逆に待ち構えられてしまえば、五千でも六千でも対処されて終わるだけ。


「残りの船団の出航を止めてください。他の者達にも総攻撃の指令を」

 マシディリの命令が白い光に代わって空に打ち上がる。

 こちらの命令も敵は読めるはずだ。だが、問題ない。関係ない。


「かかれ!」

 兵が再び牙を剥く。

 涎をまき散らし、首元に噛みつき爪を胴に突き立てる飢えた獣のようだ。


 一個軍団の重装歩兵の既定兵数は八千。内、軍事命令権保有者の直接監督数は千六百。彼らが第三列に属することになる兵だ。


 だが、今マシディリの周りにいるのはそれとは別の一千。父が見込んだ者達では無い。マシディリと共に長く戦い、特例で第三軍団に入り、異例なことにマシディリの直接監督下の兵が二千六百になる要因となった者達。


 普通の戦いでは温存され、フィアノアレシの戦いでも出番が無かった部隊だ。彼らが投入されるのは、決まって厳しい戦いになる。


 そのことが最高の誇りとなり、最大の武器になるのだ。

 目の前の老兵に劣らぬ経験と、彼ら以上の訓練の積み重ね。彼らと同等かそれ以上の覚悟。


 本当は許されないことだが、領域国家アレッシアにではなく、マシディリ個人に忠誠を誓う漢達。


 迫りくる他の第三軍団の兵すら、彼らが力を発揮する燃料となる。


 負けてなるものか。自分達の方が信頼されている。最後にマシディリ様が頼るのは自分達の方だ。

 そうあるためにも、彼らの牙はより獰猛に敵戦列を噛み砕いていく。


 なるほど。流石は老兵だ。

 随時投入されていく兵でも、それなりに戦列は整えられていた。並びも綺麗で、即席であっても規律が取れている。


 でも、彼らはバーキリキの策で勢いに乗らされた者達では無い。

 インテケルンが死兵と変えた鉄壁の肉壁でも無い。

 オプティマの鼓舞で笑いながら最後まで動き続けた男達でも無い。


 ただのアレッシア人だ。


 接岸したままの船と、残る騎兵。一人一人の顔がはっきりと見える位置まで、老兵を蹴散らしてマシディリはたどり着いた。


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