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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1558/1588

因縁のチ

 痕跡はある。

 だが、追いつけない。


 即ち、アグリコーラに逃げ込んだのは第四軍団だ。居たとしても、第四軍団についていける者達。多くは無い。あるいは、ティツィアーノは自身の家族をも別途にしているのかもしれない。もちろん、アレッシアに残した可能性もある。


(どうしましょうかね)


 現在、第三軍団の高官はクーシフォスのみ。あとは元老院議員としてアレッシアに入っていったのだ。代わりと言っては何だが、カウヴァッロが騎兵を率いて合流してくれている。


 それから、軍団としても穴あきだ。アレッシアに入った者がいる以上、欠員が出ているのである。その欠員を埋めるための訓練も常日頃からこなしており、行軍に問題は無い。いや、並みの相手であれば簡単に打ち破れる自負もある。


 が、相手は第四軍団。

 第三軍団と数多の戦場を共にし、今やアレッシア第二の軍団として名高い軍団である。


 コクウィウムが欠け、兵力が減退したとは言え、トクティソス、ボダート、スキエンティ、ケーラン、ミラブルムと各高官そろい踏み。現場単位での即応力と調整能力は今の第三軍団を圧倒していると見るべきだ。


(想定内ではありますが)

 第四軍団を始めとする精鋭だけを手元に残しているのは、最悪の想定である。

 多くの者達を内包している方が、まだ都合が良かった。数だけ膨れ上がっている軍団の方が与しやすいのだ。第四軍団だけならば、戦場を広域に散らした随時投入で今の第三軍団は簡単に負けてしまう。


(仕方がありませんね)

 行軍を続けながら、軍団の指揮系統の再編を手早く済ませる。


 普段の戦いぶりや傾向、個々人の相性も考慮し、百人隊長や旧伝令部隊から五つの部隊を纏める者を選出する。規定通りの軍団であれば、四百人の監督役だ。それから、専属の伝令役を作り、現場からの連絡をすぐにマシディリに届けられるようにもする。


 もちろん、いつもに比べて軍団末端の動きは鈍ってしまった。現場判断で良かったことでもマシディリに連絡して、マシディリから連絡する手間が増えたからだ。


 それでも、高官達が戻ってきた時に即座に本来の体制に戻りつつ余計な嫉妬の生まない程度の出世、権力の分譲とするには仕方がない。


 今は、精神的な負荷の高い時期。

 余計なことで負荷を高めたくはないのだ。


「クーシフォス」

 南下三日目の朝。

 先行させている被庇護者達が生きている前提で軽装騎兵隊長を呼ぶ。


「八百の軽装騎兵を率いて先行してください。影も見えないと言うことはティツィアーノ様も強行軍を決行しています。問題は、被庇護者達を欺いて第四軍団は既に南下していたのか、第四軍団も一緒か。


 待ち構えていたら攻撃はしなくて構いません。

 行軍隊形を維持したままの休息であれば襲撃を。可能であれば私達がたどり着くまでの時間稼ぎを。


 罠であれば、即座の退却と引き寄せをお願いします」


「かしこまりました」

 兵を纏め、馬を変え。クーシフォスが突撃していく。


 軽装騎兵部隊が残した馬は半分以上人員が欠けている部隊に預けた。彼らを切り離し、マシディリも高速機動にて南下を続ける。


 アグリコーラへと至る主要街道は二つ。しかし、今日の昼には一つに交わる道だ。

 被庇護者達から連絡がないと言うことは、少なくとも交わるまでには第四軍団はいないと言うこと。


(待ち構えるのであれば)

 今日の行軍が丁度終わる近くの拠点。


 ティツィアーノもアグリコーラまでの道と第三軍団の高速機動を熟知しているはずだ。当然、どこに兵をためて置けば効果的な夜襲ができるかも、守る側が圧倒的に優位に立つかも分かっているはずである。


「懐かしいですねえ」

 カウヴァッロがのんびりと言う。


 日暮れまで動き、アグリコーラを中心とする平野まで一気に突き進んだ後で、だ。流石は第一軍団に属する歴戦の猛者と言うべきだろう。


「父上が初めてカウヴァッロ様に付いて記述したのは、此処でしたっけ」

「みたいですねえ。ボラッチャ様よりも随分と偉くなりました」

 えっへん、とカウヴァッロが胸を張る。


 ボラッチャは、父にカウヴァッロを推薦した男だ。優秀であったと父は回顧している。そして、副官と言う立場でありながら部隊を率いていた父の配下であるため、兵を纏める立場ではあるが一般的に高官として括られることは無い人物だ。


 対して、今のカウヴァッロは騎兵隊長を良く務める立場。騎兵隊長は、その時々で左右もされるが一般的には軍団長に次ぐ高位役職。第三軍団の場合は軍団長補佐と同格であるが、第一軍団であればカリトンが就いていた役職であり、カリトンはアルモニア、グライオあるいはヴィンドに次ぐ四番手集団の筆頭格だ。


「ひとまず、アグリコーラ近郊で私の方へと着いてくれる兵の募集も始めておきましょう」

「良いの、か?」


 アルビタが珍しく声を出す。

 それだけ、国家の敵宣言は効いているのだ。

 ただし、マシディリに焦りなどは何も無い。


「追撃を再開して四日です。国家の敵はもう解除されていますよ」


 アグリコーラまで五日で下る。それは、父が良く使っていた仕上げの訓練の行程。

 そして、その頃よりも道幅は広く、整備も進んでいるのだ。


(サジェッツァ様のように閉じ込める作戦もありですが)

 敵の兵力と自軍の兵力を把握しないと厳しいものはある。

 故に、まずはアグリコーラへの南進だ。



「マシディリ様。お会いしたいと言う者が来ております」


 早朝。

 朝食の最中に兵が駆け込んできた。汗だくだ。少し申し訳なくも思う。

 マシディリは、兵と共に朝食を取っていたのだ。定まった場所では無い。恐らく、一万人の中を探し回ってしまったのだろう。


「会いましょう。どなたです?」

「アワァリオ・グリクルスと名乗っております。カウヴァッロ様に言えば分かる、と」

「アワァリオ様。小アワァリオ様ですか」


 サジェッツァが独裁官でエスピラが副官だった時、エスピラの纏めていた騎兵の副隊長的な役割を担っていた男もアワァリオである。彼は、その甥だ。


「そう、なのでしょうか」

 兵が首を傾ける。


「すぐに向かいます」

 食事を流し込み、席を立った。


 記憶と記録が正しければ、マシディリと同い年。立場としては、既に執政官を複数回経験している者と財務官にもなれていない者では天と地ほどの差はある。


 しかし、無能、と言う訳では無い。

 むしろ父なら苦笑いをしてカウヴァッロにもっと推薦するようにと言うような人物だと報告が来ている。故に、小アワァリオ、と口にしたのだ。父の伝記を良く読む者達に、しっかりとアワァリオの権威をつけるために。


「お初にお目にかかります」


 鎧には細かな傷がついている。ただ、手入れがされていない訳では無い。むしろ手入れは行き届いていた。鞘に目を移しても、少し色あせた硬質な材質の中で革だけが色鮮やかに存在感を放っている。


 横に置かれた盾は、外縁部を真新しい金属で補修した物。中央の木を覆う革は古ぼけているが傷は少ない。この傷の少なさは、軽装騎兵と言う兵種に由来するものだ。


「初めまして、アワァリオ。ですが、どこか初めてのような気がいたしませんね」

 朗らかに。堂々と。


「は。ありがたきお言葉」

 アワァリオは、頭を下げたまま。

「本来であれば、此処で挨拶を続けたかったのですが、クーシフォス様に託された者がおります」


「クーシフォスに?」

 言葉だけなら嫌な予感。

 ただ、クーシフォスに何かあったとは思えない。何かあった場合は、真っ先に来るはずだからか、と思い至ったのは、その直後。


 そして、アワァリオの後ろから現れたのは、顔を汚し髪の隅々まで泥を行き渡らせたような男。異臭は、夏場で無いことに感謝するほどだ。


「このようなお姿で申し訳ございません」

 男が片膝を着く。恭しい所作とは裏腹に、瞳は爛々と輝いていた。


「それだけの理由があるのでしょう?」

 言いながら、マシディリは水を持ってくるようにと兵に指示を出した。


「は。実は、アリスメノディオ様から何としてでもアレッシアにたどり着くようにと命じられております」


 続けて、とマシディリは顎を動かす。

 男が頭を下げた。


「昨日、アグリコーラの門を破られました。乱入者はティツィアーノ様と第四軍団。アグリコーラ市街戦へと発展しました、と、ラエテル様にお伝えするようにと仰せつかっております」


(チアーラ)

 ぐ、と拳を固くする。

 ティツィアーノ様の居所がようやく掴めましたね、と、誰かが意気揚々と言っていた。


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