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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1557/1587

覚悟諸々

 夜の襲撃を、第三軍団が完全に遮断する。


 二百対一万三千だ。敵味方の区別がつかない状態であれば、襲撃の成功はありえたかもしれない。ただし、今回は敵味方の区別どころか立ちどころに襲撃者の数も分かるほどの警戒態勢下。

 数の差が、明確な戦力差に直結したのである。


「タルキウスですか」

 死体を検分し、判別する。タルキウス姓を持つ者はいない。されども、戦場で見たことのある顔も多かったのだ。


(さてはて)

 今夜の襲撃の政治的な意図を図りかねたまま、アレッシアへ。


「門が閉じていますね」

 兵が言う。


 近くにいた者達がマシディリを見た。少しにやけた顔は、何を言うのか期待している顔である。

 マシディリも、彼らに対して気安い笑みを向けた。


「家に帰るのに言い訳が必要なのは、悪戯をした子供か妻と喧嘩した夫だけですよ?」


 一笑。

 瞬変。


 近づき切る前に開いた門に、全軍の足が止まる。正確には足を止める指示をすぐに打ち上げた。


 人だ。砂ぼこりを立て、一気に出てきている。十や二十では無い。もっとだ。


「熱烈な歓迎ですね」

 軽口も、此処まで。

 唇は即座に乾燥する。


 盾を持った軽装の者達の後ろに、荷台を引く馬が見えた。乗っているのは、スコルピオ。貫通兵器。祖父が考案し父が改造した、父の戦いを何度も支えた対人兵器だ。多少の砂ぼこりを立てながら、横に広がっていく。的確な間隔だ。台数も多い。

 

 十台は、超えている。


 アフロポリネイオの整備されていなかった兵器では無い。アレッシアで保管されている整備済みの兵器だ。型落ちしか配備していないと記憶しているが、それでも威力は十分。やけに手際が良い。


「軽装歩兵突撃!」

 あふれ出る冷や汗と共に、マシディリは吼えた。

 緊急事態と伝えるためにも自らオーラを打ち上げる。


「盾は意味がありません。ですが、盾があることで後ろにいる味方を守ることができます。立ち止まる者達は、決して盾を手放さないように!」


 後は運だ。

 故に前に立ち止まろうとしたマシディリを、後ろから何者かが引っ張る。


 アルビタだ。百人隊長達もいる。抗議の声を一度上げるが、マシディリは大人しく第三軍団の盾の内側に入った。


 真っ先に飛び出したクーシフォスすら追い越すように、軽装騎兵が一気に間合いを詰めていく。


 砂ぼこりと砂ぼこり。

 縦に迫る第三軍団の砂塵と、横に広がる何者かの砂塵。


 スコルピオの最大の特徴はその貫通能力だ。

 盾と鎧を着こんでいても、人一人なら簡単に貫いてしまう。防御の利かない攻撃は、絶対的な性能だ。音だけでも恐怖の象徴として機能するのは、マシディリがフロン・ティリド遠征でも証明している。


 一方で、弱点もマシディリは良く知っていた。


 発射間隔だ。

 元々野戦では使いにくい装備。主に防衛で使用する兵器である。父も使う場面は基本的に相手が突撃してくる場面で使っていた。使い方も、最初は一斉射して、あとは装填時間をずらしながら間隙を少なくすると言うモノ。


(二十二台)

 スコルピオの音が鳴り響く。

 数秒後にはうめき声も聞こえてきた。

 白い光が各所で漏れ出し、治療が始まる。


(ですが)

 弾幕が足りない。


 二十二回の攻撃、最大死傷者数は七十名にもいかない攻撃だ。


 送り出した軽装騎兵が六百である以上、五百以上はたどり着く。見える敵も、百五十から二百。倍以上だ。しかも、全体的に軽装であり、スコルピオを守るための兵もいる。撤退偽装のためか、荷台に乗っているのは布も多く、男達の足回りも軽いものばかり。


 軽装騎兵が苦手としている覚悟の据わった重装歩兵では無い。無論、覚悟の据わった軽装歩兵ではあるようだが。


「第一列は治療を最優先。ルカンダニエ、一瞬で圧し潰せ」

 マシディリの指示がアルビタの白い光となって全軍に伝播する。


 軽装騎兵に戦列を切り裂かれる中でも四回スコルピオの発射音が聞こえたが、遠慮のない千二百の重装歩兵による包囲だ。勝負は一瞬。軽装歩兵の機動力を殺すための包囲であるのだから、逃げ場も無い。


「スコルピオを荷台で運ぶ発想までは良かったのですが」

 予め壁の前に陣を作れなかったのは、脱走を恐れてか。それとも漏洩を恐れてか。

 アレッシアに籠れなかったのは、アレッシアを戦場としたくなかったからか。それとも籠ることのできないほどにマシディリの帰還を望む者の割合が増えたのか。


 いずれにせよ、防衛に来た者はできる限りのことをしたのだろう。そこにあるのは、ティツィアーノ・アスピデアウスへの恩義か。それとも、マレウスなどの暴徒への忠誠か。


(何も分かりませんね)

 確かなのは、アレッシアへの入城自体は簡単に終わりそうなこと。


「指揮官が分かりました」

 剣戟の無くなった戦場跡で、ルカンダニエが指輪と短剣を持ってやってくる。


「サンテノ・ラクテウスです」

「サンテノ」


 遠征に行く前にウェラテヌス邸に来た者だ。あの時の様子は、そうか、なるほど。既に話は知っていたのだろう。だが、逃げなかった。多分、サンテノ自身は殺すつもりは無かったと見て良いはずだ。


「捕縛しようとしたところ、奴隷が頭を打ち砕き、残念ながら」

「奴隷は?」

「主人の槍で自害しました」

「サンテノは、計画を知りつつ乗らなかった人間ですか」


 この前死んだ、ティベルディード・カッサリアのように。

 もちろん、全てマシディリの推論だ。違う可能性だって高い。


(私が、もう少し、把握していれば)


「知っていて止めなかったのは罪でしょうか。あるいは、知らせなかったのが罪でしょうか。

 奴隷がそう言っておりました。

 マシディリ様がどう思われているかは分かりませんが、サンテノにとっては罪であった。それが全てであると、進言いたします」


 それでは、とルカンダニエが兵の指揮に戻っていく。

 マシディリも顔を上げると、口を締め鼻から息を吐いた。


 ティツィアーノは逃げてしまった。暴徒達にも逃げられている。だが、今のマシディリはあくまでも国家の敵。此処まで来た理由は帰還のため。追いかけるための理由が、無い。


「アビィティロ」

「はい」

「予定通り、私の国家の敵を解除してきてください」


「入らないのですか?」

 とは、近くにいた兵の言葉。

 マシディリは、哀の笑みを浮かべつつアレッシアの城壁を見上げた。


「国家の敵ですからね。入れませんよ」


 一息。

 すぐに視線を切り替える。


「元老院議員ならばアレッシアのために命を捨てる覚悟を持つべきではありますが、無駄にする事とは違います。今日この日まで出仕を控えていた者は大事を為すために命を大事にしていたのでしょう。


 しかしながら、もう出仕しても良いはず。

 これ以降も出仕しないのは、国家のためではなく保身のため。我が身可愛さに趨勢が決まるのを待っているにすぎません。


 そのような椅子が、果たして元老院に必要でしょうか。


 それから、もしも私と共にいすを並べられないとお考えなら、今すぐティツィアーノ様を追うことをお勧めします。このような国家の一大事に何を選ぶのか。今問われているのは、貴方がたの資質です。


 そのような喧伝もお願いしますね」



 連れ出された元老院議員が果たしてどの程度の数になるのか。

 それ次第では、今の元老院議員で国家の敵宣言を解除しても、諸国からは認められない可能性も高いのだ。いや、口実になればそれで十分。故に、マシディリとしては過半数の出席とそのほぼ全員による解除への同意が欲しい。


 そして、願わくは。


「マシディリ様」

 馬の音と共に、荒れ狂う荷台にしがみついているファリチェがやってきた。

 衣服がぐちゃぐちゃだ。だが、無精ひげは生えていない。髪の毛も綺麗だ。さらさらと動きに合わせて暴れている。


「やられました。元老院議員であることを盾に国庫が開けられてしまい、中身を大分持っていかれました」


 ファリチェが口を大きく開き、叫ぶ。

 目は少し笑っていた。

 マシディリも、はは、と声が漏れる。


「アレッシアに家族がいる者は入城を。アレッシア以外に住んでいる者は、盗賊を追わねばなりませんね。ええ。盗賊ならば、追いかけてすぐに捕まえなければ」


 ただでは転ばないのが父。

 その父の行動を書き留め、学んでいた者の一人がファリチェ・クルメルト。


 見越していたのではなく用意の一つではあるだろうが、国庫を生贄に捧げると言う思いきった決断でマシディリに即座の行動の理由と国家の敵解除の正当性を持ってきてくれた英傑だ。

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