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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1556/1587

フィアノアレシの戦い

 作戦の開始は、粛々と進められた。


 昨日まで歓談に花を咲かせていた者達と同じだとは思えないほど淡々と、運び込まれたばかりの投石機と対人兵器を、組み立て前の状態で陣の前へと並べたのである。直後に軽装騎兵と軽装歩兵を繰り出し、敵をかく乱。展開するだけの空間を作ってから、投石機と対人兵器の組み立てを、陣外で開始する。


 無論、一からでは無い。大枠は完成済みだ。そう長い時間はかけずに完成する状態である。

 しかし、普通は安全な場所で作る物であるのも確かだ。相手が籠った攻城戦などで使う物であり、野戦で起用する物では無い。


 それは、致命的な欠点があるから。


 組み立ての時間に、攻撃間隔。目標を定めるのにも時間がかかるし、定めた目標を簡単には変えられない。しかも兵器運用に取られる兵も多い。目標を決めるのは専門の技術がいる。


 裏を返せば、それらさえ達成してしまえば強力な威力を発揮するのも事実だ。特に野戦用に作られた陣地などには致命的な打撃を与えられる。妨害に来た兵にも、初撃は大きな損害を与えることができるのだ。


 しかも、その作戦を採ったのはマシディリ。率いているのは第三軍団。作っているのは第四軍団兵。アナストらの兵は敵兵と日常会話をしてしまっていると言うおまけ付きだ。


 兵の乗り気では無い気持ちは十人隊長や百人隊長にも伝わってくる。高官も空気を感じ取るはずであるし、耳にする者も居るかもしれない。


 事実、今裏切ることは出来ないが本心では戦いたくない、という降伏の言葉もマシディリに届いているのだ。マシディリが直接の調略を禁じたにも関わらず、向こうから訴えてきているのである。しかも、マシディリが調略を禁止しているので、何かが足りないのだと差し出そうとしてくるモノも増えているのだ。


「さて」


 とは言えど、投石機は攻撃する人を選べない。

 誰誰だから手を緩めようと言うことなどできっこない。


 それが、敵軍に『誰かを突撃に向かわせよう』という結論を導かせる。


 事実、正しい。正しいのだ。そうやって防ぐのが一番であり、組み立て中と言うことは防御が薄いと言うことである。しかも投石機や対人兵器を破壊できれば城塞都市の攻略に後れをもたらせるのだ。守るべきアレッシアからは人が抜けていると言うのに。


「ティツィアーノ様が逃げ出したことは知らせなくて良かったのですか?」

 百人隊長が聞いてくる。


「承知の上かもしれませんし、逃げる時を稼ぐ、と必死になる可能性もあります。それならば伝えずにいて、知らなかった時にアレッシアに帰った時に守るべき人に裏切られたと言う絶望を味わっていただいた方が効果があるかな、とも思いまして」


 知っていた場合は、何も無い。


「それに、作戦としては十分心理的な動揺を誘ったはずですしね」


 敵の門が開く。

 真っ先に出てきたのは騎兵。見慣れた姿。ティベルディード・カッサリア。


(ああ。知っている人、ですね)


「出来れば生け捕りに」


 ウルティムスとクーシフォスに直接告げるが、二人はまだ動かさない。その間にも敵軽装騎兵と敵軽装歩兵がコクウィウムの部隊と激突する。


 此処に、アレッシア帰還までの間で最大の激戦となるフィアノアレシの戦いが幕を開けた。


 先頭に立って攻め寄せてくるのはティベルディード。鬼気迫るその勢いは、第四軍団の盾を崩し、餌としていた投石機に肉薄した。

 一方で鬼気迫らざるを得ないのは第四軍団も同じこと。第三軍団から三名を離脱させてまでマシディリが第三軍団を最も信頼する軍団のまま維持したことは分かっているのだ。


 故に、此処で負けることは許されない。

 後方支援も大事なことであり、信頼の証ではあるが、兵の心情としては功を挙げることができてなんぼ。此処で作戦失敗、あるいは撤退なんてことになれば、二度と起用されないのではと尻に火がついている。


 その両者の気迫が、高いところで拮抗した。

 槍が刺さり、折れ、剣が曲がり、盾が削れる。鎧も変形した。


 血も流し続ける戦いの中で、第四軍団がティベルディ―ドらの突撃を止めたのである。


 一方で、軽装部隊と言う、組み合えば不利な兵種でありながら、ティベルディードも押され返されることなく前線を維持しているのも立派の一言。互いに東方遠征では第四軍団として組んでいた者同士の潰し合いだ。


(さて)

 マシディリは、ちらり、と第三軍団の面々に目をやる。


 必要なのは第四軍団を用いることを第三軍団の兵に納得させることだ。第四軍団で押し返すことでは無い。むしろ、拮抗が続くのはマシディリの策を弱くする愚行。第三軍団の信頼を確たるものにすると言う最優先事項が無ければ、もう騎兵を突撃させている頃合いなのだ。


(大丈夫そうですね)


 石突を地面に突き立て、直立不動を貫く第三列。

 馬をなだめながらも獰猛な口元を隠し切れていない騎兵集団。


 彼らの目には、戦いを待ち望む昂りが見て取れる。


「ウルティムス、クーシフォス。突撃開始」


 マシディリの声を受け、アルビタが光を打ち上げた。


 どん、と大地が揺れる。崩れ去るのでは無いかという重低音を響かせながら、ウルティムス率いる重装騎兵が走り出した。蹄は地面を抉り、湿った土をどかどかと降り注がせながら、猛烈な勢いで直進する。


 一方で兵の野太い雄叫びの方が大きなクーシフォスの軽装騎兵は、川辺を行き戦線を広げてティベルディード隊へと突撃を敢行した。一部の兵はティベルディード隊を包むように。一部の兵が横を通過して敵本陣へと狙いを定める。


 ティベルディード隊は、恐らく千二百だ。受け止めたコクウィウムの隊だけで二千。ウルティムスが一千で、クーシフォスが差し向けた部隊が三百。約三倍の相手に持ちこたえるには、率いている兵種が防御に向いて無さすぎる。


「死兵は恐ろしいですね。積極攻撃を控えるように合図を。それから、マンティンディは川を渡り前進するように。目標は敵本陣です」


 次に、重装歩兵が動き出す。

 マンティンディに続いてアビィティロの隊も敵本陣に向け走り出した。ただし、アビィティロ隊は川を越えない。敵の横を、クーシフォスが遺した防衛兵を強化する形で壁を作っていき敵に迫るのだ。


 見知った兵である。

 昨日まで話していた仲だ。

 しかも、軍団としての功績は圧倒的に第三軍団が上。


 戦う前に降る兵など、数えられる人数では無い。


 敵軍が乱れたのがマシディリからでも良く見えた。逃げ出す兵も多くなるだろう。その混乱からか、柵もすぐに壊れ、遠くから金属音が鳴り響き始める。


 ややもすれば、敵後方、森の中から光が打ち上がった。


 アピスとルカンダニエの部隊二千四百。山道を進軍させ、フィアノアレシの後方へと向かわせていた部隊、即ち、バルバラ湖畔の戦いの後で鎧を脱いで休憩していた部隊の登場である。


 戦意を失っている兵三千四百を、戦意の高い精鋭部隊一万三千が囲んだ形だ。


 戦いなど、もう終わる。

 最大の激戦と雖もあくまでもアレッシアに帰還するまでの間で。第三軍団の損害は常に微々たるモノ。


 今回の戦いが最大の激戦であった理由も、集団での戦闘に起因するモノでは無く個々の理由から。


「申し訳ありません。抵抗が激しかったので、殺すしかありませんでした」


 第三列も止めとして動かし、敵を潰走させた後にウルティムスが持ってきたのはティベルディードの指輪。


(見知った顔ばかりだ)

 そしてきっと、知っている者ばかり。


 覚悟を決めた者はフィアノアレシで散り、そうでない者が逃げ延びた。纏まり切っていない、軍団では無く群衆。無論、逃げた者の中にはサンテノやアナストもいるため、逃げさせられた者も居るだろう。


(ですが、これでは、パトロスやシマコス、カラサンドがあまりにも)


 可哀想だ。


 覚悟を決めて第三軍団を去ったのに、その先がこれとは、あまりにもやり切れない。


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