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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1555/1587

燃えない薪

「騎兵八百および軽装歩兵四百、重装歩兵八百が新たにこちらに向かってきました。取りまとめ役はティベルディード・カッサリアかサンテノ・ラクテウス。恐らく、ティベルディードだと思われます」

 二日後、レグラーレが朝一に報告を持ってきた。


「マレウスは?」

「少なくとも、伝統的なアレッシア高官の立ち位置にはおりませんでした」


 伝統的な立ち位置には、と言っているが、しっかりと調べているのだろう。


(マレウスはいない)


 まだ待つか、どうするか。

 挑発の手筈はまだ残っているが、使うべきか否か。効果があるのかどうか。


「マシディリ様。あえて言わせていただきます」


 目をアビィティロに動かす。

 頼れる衣服も、しっかりとマシディリの目を見ていた。


「判断を焦りませんよう。我らは迅速かつ丁寧に手を打ってきました。賭けと勢いがあったことは否定しようもありませんが、無謀は一つもなく、負ければ全てを失うと言うことも常に念頭に置いております。大事なことは、確実な前進。アレッシアに入ること。

 目標を目前にして負けた軍団程、惨めな歴史は存在いたしません」


 マレウスが来ないこともそうだが、ウォクスとの接触で家族への寂寥を覚えてしまったことも懸念しての言葉だろう。


「ありがとうございます」


 言われることで、はっきりと形になることもあるのだから。

 自分の心を見られるようで怖いところはあるが、自分の気持ちを他の人に言語化してもらうことも大事なことである。


「見知った者も多く来ていることでしょう。

 私達高官は敵対姿勢を崩しませんが、他の者は引き続き挨拶と交流を。同じアレッシア人同士ではありませんか。悔いの残らないように、話し合ってください」


 姿勢は待ち。

 真意は攻撃。


 マシディリの目の前で刃を研がれた時点で、斬りかかる算段を立てねばならないのは自明の理だ。

 しかも、騎兵がこの速度で集まったと言うことは、マルテレス討伐に関与していた兵である可能性も高い。一度軍団に変貌させた彼らならば、軽度の訓練で再び戦場に送り出すことも可能なのだ。


 そして、彼らは第三軍団の働きを知っている。

 隣人であっても、誇らしい勇者。

 第三軍団の戦働きは英雄譚であり、この一か月でさらに三回の武勇伝が追加されている。


 驚異的な速度によるフロン・ティリドからの帰還。

 ウルバーニに対する短時間の決着。

 六千の傭兵集団を文字通り消滅させたバルバラ湖畔の戦い。


 当たり前のように鮮やかな戦果が語られる様を見て、そのような者達と敵対する自身を顧みて。敵は、何を思うのか。


「第四軍団は、未だ動かず、ですか?」

「はい。未だに武器の手入れに勤しんでいますよ」


 随分と熱心なことで、と報告の態度を崩したレグラーレが手を横にする。膝もやや緩く、正中線も開いていた。が、目は鋭い。


「交流している、という話だけで目的を見抜かれてしまいましたかね」


「さあ。私は、神出鬼没の第三軍団に武器庫を奪われ、物資を補充される方が嫌ですよ。アグリコーラとの連絡船も絶たれますし。それなら、どうせアレッシアに来るのでアレッシアで迎え撃ちつつ城外にて第四軍団を用いて挟み撃ちにする。そんな鎚と鉄床戦術にしますが、浅知恵ですか?」


「十分に効果的な手ですよ」


 マルテレスをアレッシア最強たらしめた要因の一つは、単純な突撃能力の高さだ。

 下手に凝った作戦は、見抜かれた時に脆いのである。


「第四軍団もマレウスのことは嫌だとは思うので、今しかないはず」

 呟きながら、人差し指の側面を噛みしめる。


 クイリッタは東方遠征では第四軍団だったのだ。ティツィアーノとは良く衝突するし、口も悪い。ただ、戦場での兵への指示は的確かつ分かりやすく、女に飢えやすい戦地で女性を手配してくれる高官だ。しかも、自分達を野獣では無く人のままで欲望を発散する場を作っている。


 その絆、恩は今でもあるのが普通のこと。

 ティツィアーノも、クイリッタの実力は認めていたのだから、なおさらだ。


「明日にもコクウィウム隊が到着する、とアレッシアに噂を。ああ、明日、というのはアレッシアに入った者達にとっての明日にしてください」


 相手を焦らせる挑発を、一つ。コクウィウムの到着は翌日。

 ただし、報告は入れ違う。


「ファリチェ様より伝令。元老院に出仕しない者が多数。トリンクイタの言葉を信じるのなら、出し抜かれました!」


(是非も無し)

 ファリチェはエスピラからの薫陶を書き留めている男。


 ウェラテヌスを裏切るはずが無いのは、弟弟子であるティツィアーノにも透けていた、と言うことか。それでも残し続けたのは、縋りたい気持ちか。それとも、単にティツィアーノが権力者では無かったのか。


「ティツィアーノ様は?」


「ティツィアーノ並びに第四軍団のトクティソス、ボダート、スキエンティ、両タルキウスも見当たらず、マレウスもおりません。元老院に出てきたのは、一部のティツィアーノ側近衆に遅れて出てきた日和見勢の数名、ウェラテヌスに近しい、あるいは近しいと思われていた者達ばかりにございます」


 伝令の報告途中で、立ち上がる。


「レグラーレ!」

 いつもより体感早く被庇護者が現れた。


「第四軍団の確認をすぐに」

「はっ」

「アピスとルカンダニエからの定期連絡は?」

「予定通り、と来ておりました」

 夜間当番だったマンティンディが答える。


「そのまま維持を」

 顔を上げ、組み立て直す。


(逃げた?)

 アレッシアを捨てて?


 いや、違う。アレッシアを捨てたのではない。元老院議員を連れて半島から離れる決断をしたのだ。賢い選択である。勝つためならそうすべきだ。半島でマシディリには勝てないのだから。勝つためなら半島を捨てるべきであり、その時に元老院はこちらにあるとしなければマルテレスやイフェメラの二の舞。


(何故)

 がり、と指から血が出た。


「何故ティツィアーノ様が逃げるのです」

 半島で、などと、言う者はいない。


「降伏条件を変更。ティツィアーノ様の謹慎の項目を削除。マレウスらの引き渡し先もウェラテヌスでは無くアレッシアに!」


「無駄かと思います」

 静かな声は、アビィティロから。

 マシディリに睨まれることを承知の上での発言か。


「ティツィアーノ様は戻ってまいりません」

「あのティツィアーノ・アスピデアウスが」

 ぐ、と喉を締め、言葉を区切る。


「父上の弟子ですよ? アレッシアを割る愚は良く分かっているはず。父上が内乱を望んでいなかったことも、サジェッツァ様が巷で言われているような公的な暗殺を企んでいなかったことも分かっている、分かってくれるのは、ティツィアーノ様だからこそでしょう?」


 締め上げた喉からしゃくり上げるように。

 その心からの言葉にも、アビィティロは首を横に振るだけ。


「ティツィアーノ様にも譲れないモノがあった。それだけです」

「譲れないモノとは?」


「そこまでは分かりません。ですが、それを知るためには戦うしかありません。そうすれば見えてくるモノもあるでしょう。

 そして、マシディリ様。これだけは覚えておいて下さい。

 我らにも譲れないモノがあるからこそ、国家の敵と言われようともマシディリ様についてきたのだと。

 貴方に着くと言う決断を下した。そのことに一切の後悔はありません。勝ったから、では無く、どこかでこの身を野に晒そうとも。後悔することはございませんでした」


 下唇を噛みしめ、口を閉じる。

 いつもより少しだけ音を立て、マシディリは再び席に着いた。


「全軍。作戦の準備を。目の前の一団を撃破し、職務を果たそうとしない元老院議員を追いかけます」

 いつもより静かな声だが、全軍に命じる者として相応しい声を。


「は」

「かしこまりました」


 各々の返事の後、高官が一人、また一人と出ていく。

 残されたのは、マシディリとアルビタ、アビィティロのみ。


「また私から奪うのか、マレウス」


 故に、怨嗟の声も零れ落ちてしまう。

 いや、真に恨むべきは自分か。自分の失策が、クイリッタのみならず第四軍団を失ってしまう結末を招いたのか。


「私も、マレウスに対して恨みは持っております。ですが、マシディリ様。これまでのマシディリ様を慕って、半数以上のアレッシア人が残ったのです。どうか、ご自身を責めることだけはおやめください」


 マシディリの負の発露を拾うのは、無論、アビィティロであった。

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