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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1552/1589

バルバラ湖畔の戦い

 ボルセラーナの開城をアレッシアに知らせる使者どころかウルバーニの敗報を伝える使者にすら追いつく勢いで第三軍団が進軍を開始する。


 無論、誇張だ。だが、アレッシアに向かう者は背に大軍の影を感じていたことだろう。


 そうして南下しつつも、マシディリは騎兵を六つに分けた。と言っても、均等に分けたのではない。主に軽装騎兵を分割し、道を指定して物資の集積地点を襲わせたのだ。ウルティムスの重装騎兵は一塊で比較的大きな地点を陥落させる。そうして得た場所を守ることにはこだわらず、物資も燃やさなかった。


「すぐにこちらの物になります」

 燃やさなかったこと、捨てなかったことについて、そう大きく言い放ち。


(ユクルセーダのようなことを言えれば格好がついたのですが)

 それよりも、実益を優先して。


 マシディリの言葉を各地でばらまきつつ、抱えられるだけの物資を持った騎兵が向かう先はテヴェリ・バルバラ。歩兵が足を止めた地だ。目の前に陣取っているのは、コクウィウムから聞いた通りハフモニに残された傭兵の亡霊たち。


 あらかたの状況が想定群から逸脱していないのを確認すると、マシディリは被庇護者を斥候をより活発にさせた。


 偵察の中心は、淡水湖。

 水の汲み取りと毒の確認なども時間をかけて行ってもらう。当然、飲み水として使うかのように入れるモノにも気を配らせた。


 そうして、もう一つ。


「所詮は負け犬の軍団だからな。これまでで一番雑魚だろ」

 そんな風に、アレッシア語で目の前の亡霊軍団を揶揄する。


 奴等がアレッシア語を理解しているかは分からない。聞き取れることを隠しているかも知れないし、分かるのはエリポス語だけかもしれない。


 だが、どうでも良いのだ。

 彼らの中にはドーリス人の血を引きつつもエリポス人と認められていない者もいる。同時に、ハフモニではハフモニの人とも思われず、エリポス人であるとも見られているのだ。


 年嵩の者達も、生き残ったのは臆病だからだとか、帰れないのはドーリスに帰れば臆病者と罵られるからだ、だとか言われてきている。


 即ち、悪意に晒され続けた者達だ。

 故に、悪意に敏感なのである。あるいは、悪意で無くとも自分達への悪口だと思いやすい人間達だ。


 また、彼らの耳目を明らかにするためにも近くの者達に水の高額買取を持ちかける。民だけでは無い。防衛線に布陣している者達の中にいる、第三軍団の者と仲の良い者も通じて、だ。


 買えなくとも構わない。

 むしろ、買えない方が都合が良い。


 ただし、買えるのならきちんと高く買う。世間話もさせた。ドーリス人は子供の時に盗みを奨励させている、と。やや誇張を持って。正確には相手を騙す訓練になり、それは相手の裏をかくことにも繋がるからなのだが、相手を騙して自分の利益をかすめ取る卑劣な奴等だ、と捻じ曲げる。


 気を付けろ、と。


 それはドーリス人だけではなく、防衛線の中にも離反する者がいる、との噂にもなって。


(まあ、どちらでも)

 書き辛かったであろう手紙、布に血で記された読みづらい文字を読みながら。


 翌日。マシディリはアピスと千二百の兵を森の中に入れた。

 山中での戦いは第三軍団の中で最も得手としている部隊である。防衛線を良く知る者を案内につければ、敵陣に接近するのは容易であった。


 が、もぬけの殻。

 彼らの物資など無く、アレッシアからの物資が転がっているだけ。


 では、亡霊軍団はどこに行ったのか。

 アピスの襲来を読み切った彼らが待ち構えなかったのは、何故か。


 当然、より大きな獲物を狙うためだ。つまり、マシディリを。この一戦で討てずとも窮地に追いやれる方向へ。


 即ち、淡水湖へ。


 そこには、恐らく亡霊軍団も想定した通りであろう水汲み中の部隊がいる。そして、これまた彼らの良い想像通りであろうことに、水汲み部隊は急いで撤退を始めた。桶も何もかも投げ捨てる無様な退却である。彼らを守る部隊もいたが、こちらも徐々に撤退を始めた。


 徐々に、なのは、最初は亡霊軍団も罠を警戒して慎重な攻めを展開していたから。

 後ろの部隊の慌てぶりと伝令を多く走らせた光景や、打ち上がる光を見て、亡霊軍団は作戦の成功を確信した。の、かも知れない。


 その後も第三軍団の退却は続く。


 じりじり。じりじり。と。


 現在の戦況は、軽装の第三軍団を攻め立てる重装の亡霊軍団の形。誰が見ても、優勢なのはどちらか分かる状態だ。


 もちろん第三軍団も、必死に、生き残るための後退を進めている。湖畔を周るように、少数でも防げるように必ず右手に湖を用意して。盾を持つ側を陸に。敵がやってこない右手を湖へ預け。


 数の利点が死んだとは言え、亡霊軍団の方が軍団を展開できるのだ。

 前衛が動き出したことで後衛も活気づき、後衛の活気が前衛に勢いを与えていく。


 そうして、ついに水汲みをしていた場所まで敵軍が殺到した。捨てられた桶は、幾つも流れ、湖に隊列を為すように広がっている。


 そして、全ての準備が整った。


「アルビタ」

「了解した」


 信頼する護衛が湖に剣を刺し込む。放つのは白い光。湖に一気に広がった明かりは、当然ながら合図だ。


 全ての桶が一斉に跳ね上がる。声による疎通の無い場でも、第三軍団の行動は統制のとれたモノ。

 一瞬で敵兵を引き付ける音と共に、桶を使って呼吸を確保していた潜水部隊が投石具を振り回した。


 もう木々も色づく季節だ。

 湖など、温かいはずも無い。しかも飲み水ならばあまり兵を浸からせようとは思わないものだ。長時間水につけるのも、その部隊は動きが鈍くなるだけではなく体調を崩す恐れの高い行動。


 普通なら、しない行いだ。

 特に兵の損耗率が低いウェラテヌスなら採らないとどこかで敵も思ってしまう作戦。


 ただし、敵の盾は湖側。戦い続けている前衛ならともかく、中団にとっては奇襲になれども致命的にはならない。意表を突けたのに、対処もすぐにされてしまう。


 もちろん、投石だけなら、の話だ。


 次の行動は森の中から。

 潜み続けていた部隊の出現。


 確かに防衛線に先についていたのは亡霊軍団だ。しかし、地の利を得ているのは第三軍団。しかも周囲との意思疎通が上手く行っているのも第三軍団であり、亡霊軍団は半ば孤立していたのだ。


 その状態で、エリポス式の重装歩兵の最大の弱点である右側からの強烈な攻撃。


 しかも、殺し切らなくても十分。重装歩兵を湖に突き落とせば、あとは自重で身動きが取れなくなる。立ち上がる者がいても、一瞬で恐慌状態に陥ってしまった者も居るのだ。


 立てば足が着くのに、体をばたつかせ、近くの味方を引っ張って余計に混乱を大きくしてしまう者も居る。湖で息ができにくく成ればなおさら。水が口に入るのも、今の精神状態では大きな恐怖へと成長するモノ。


 当初、開戦時には要警戒し張り詰めていたところから、自分達の思い通りだと高揚してしまい、そこからの再びの恐怖。今亡霊軍団が味わっている恐怖は、最初に恐怖を食らうよりも大きな恐怖。精神的な動揺は大きいのだ。


 その上、数の利を活かせない地へと進むために伸びきった軍団は、状況が分かっていない後ろの者がどんどんと足の止まった前を押してしまう。湖に落とされてできた隊列の隙間に、後ろから押された者が入る。隙間に入った者が湖に突き落とされ、先に落ちていた者の重石となる。


 止め。

 敵陣を見て回ったアピスが駆け付ける。出る位置は、自然、敵の真後ろだ。

 湖を利用した包囲殲滅。しかも、六千の亡霊軍団に対して、騎兵を除く九千の第三軍団だ。


「マールバラは、これを初見の地で行ったのですから。本当に化け物ですね」

 まあ、私はマールバラのような中途半端な戦略は採らないのですが。

 そう紡ぎ。


 捕虜は、生きたまま尻の穴からのくし刺しに。

 死体ももちろん飾り付けて。


 その作業は予定時間になっても終わることのできない量となっており。

 マシディリは降伏してきたアレッシア人に残りの作業を任せ、第三軍団をテヴェリ・バルバラまで退かせたのだった。


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