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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1551/1587

半島では

「マレウスを起用し続ける限り正統性に薄いですから。ベネシーカ様がタイリー様に恩を感じている者は元老院に出仕するなとも言っておりますし、現政権とタイリー様、エスピラ様との繋がりは否定されています。サジェッツァ様もいないとなれば、これまでの積み上げは薄いとみなされても仕方がありません。


 解消のためにも、現政権はラエテル様を始めとするウェラテヌス邸に籠る者たちの懐柔が基本方針ではありましたが、私がいた頃はまだマシディリ様が半島にいない時でしたので」


「いえ。内情を知れるだけで、大分違いますよ」


 こちらは一万。

 相手は幾らでも。


 ならば各個撃破が基本だが、それが可能らしいと分かっただけでも大きな収穫だ。そして、マールバラよりもその後の展望がはっきり現実的に描けているとも自負している。


「軍団は、第四軍団とクイリッタが用意していた者達だけですか?」


「マシディリ様が最大三万を引き連れて帰ってくることを考え、随時募集中です。ウルバーニ様は先んじた兵力ではありましたが、ティツィアーノ様もマレウスも当てにはしていません。ナレティクスを封じつつマシディリ様の帰路を制限できれば良い捨て駒でした」


 自業自得とは言え、マシディリも少しだけ同情した。


「最大の兵力源になると考えられているのはタルキウスです。ルカッチャーノ様も既に軍団を動かしている様子ではありますが、確かな証拠は持っていません。ですが、第四軍団の二人以外にアナストと十数人の百人隊長も呼び寄せていました。もちろん、ただの交渉の札の可能性はあります。


 他に第二次フラシ戦争の時点で高官を経験した有力者で元老院にほぼ毎日来ていた者は、フィルノルド様、ファリチェ様、父上、それから、ティベルディードも、いましたね。

 特にティベルディードは出陣も決まっていました」


「ティベルディード様ですか」

 クイリッタの義兄に対し、ため息も出てしまう。


「クイリッタ共に死んだと思ったら生きていて、担ぎ上げられただけかと思えば向かってくるとは」

 感情をどこに持っていけば良いのか、全く以て分からない。


「メガロバシラス戦争以後、いえ、エスヴァンネ様の敗死以後は、戦争のほとんどがウェラテヌス派とオピーマ派が担ってきましたからね。そのオピーマ派を排除した今は、経験豊富な高官と言えばウェラテヌス派ばかりになっています。

 この状況ですと、やはりティベルディード様は現政権にとっては武勇に優れた猛将と言って差し支えないと、元老院議員の多くが思っていました」


 異論は無い。

 ついでに言えば、タルキウスの歴史と人材も強力な軍事力であるとも思う。


 仮にマシディリが即座にアレッシアを占拠できず、マールバラのように他所に追いやられるようなことがあれば、タルキウスはクイリッタの生前よりも大きな権力を手に出来るはずだ。


 それこそ、アスピデアウスを第一の家門として、第二の家門かつ軍事力を握る家門に。


「それから、マレウスがハフモニで傭兵生活を送っていたドーリス人と彼らの二世、他ハフモニの軍事制限であぶれた者達六千がいます」


「アレッシア北部の最終防衛線に行きましたか?」


「良くご存知で」

 流石はマシディリ様、とコクウィウムが目を丸くする。


「ノルドロ様が、見慣れない兵団が入った、と言っておりましたので」


「ナレティクスもアレッシアに来ていましたね。ただ、厳重な監視をつけられていました。名目は、第二次ハフモニ戦争時にフィガロット・ナレティクスを始めとするナレティクスの要人が裏切ったことがあるから、というこじつけですが」


「随分な恐怖政治を」


「作戦の根幹はマシディリ様が帰ってくるまでの三か月でアレッシアを掌握することでした。勝機は、此処にあると思っています。此処を過ぎれば、ティツィアーノ様と全面戦争になる可能性も、存在してしまう、と」


「ですね」

 ゆっくり深く長く息を吐きだす。


 ウルバーニを叩く前にクンドスに叩きつけた条件は、今頃アレッシアにたどり着いた頃だろうか。もう少し後かも知れない。ウルバーニの敗報は、その後か、あるいは追い抜いてしまうか。


「長期化させたくないのであれば、マレウスをどこかで出してくるはず」


 サルトゥーラの後釜としてアスピデアウス派を支えることを期待された過去を持つ男だ。責任感もある。不安定、という評価を下された今は別人と見るべきだろうが、それでも、誇りはあるはずだ。


「ハフモニの亡霊を叩き潰し、合図としましょうか」

「策があるのですね」


「ええ。半島の地形を私ほど良く知っている高官はいません。ましてや、敵は来たばかりの異邦人。マールバラであればそれでも地の利を奪えるのでしょうが、私も半島ではマールバラに負けるつもりはありませんよ」


 東方で勝っていたではありませんか、とグロブスが小さく言う。コクウィウムも同意するように苦笑していた。


「コクウィウムと分岐第四軍団には物資輸送を任せます。経路は此処をそのまま南下してもらって構いません。マールバラがこの地に苦戦したのは、湿地もそうですが、大軍過ぎて後続が通るころには酷い泥濘と化したからでもあります。季節も、雪解けの時期でした。


 ですが、今はあの頃よりもずっとずっと乾燥しています。行軍に問題は無いでしょう。


 それから、ウルバーニから預かっている捕虜を使者として各地に送ります。兵を詰めて守れる地点は決まっていますからね。そこに向けて、降参を示すなら物資を持って南下しろ、と伝え回るつもりです」


 降参を促すためでは無い。

 後退の決断を鈍らせるためだ。


「マシディリ様は?」


「軍団には適さない細い道も使うために軍団を分割し、迂回して一気に進みます。テヴェリ・バルバラで合流しましょう。五日後の朝には待っていてください。その時に、大量の布と火を起こす準備もしておくように。


 想定の範囲内を出なければ、その日には亡霊軍団を壊滅させて帰ってきます。想定通りにいかないと判断すれば、テヴェリ・バルバラで遅滞戦術用の陣地を構築してお待ちしておりますので、その後は頼みます。物資は捨てて構いません。


 第三軍団は、フィアノアレシへと急行します」


 テヴェリ・バルバラはアレッシア北部の最終防衛線の目と鼻の先の集落だ。

 その先の森の中に防衛線最大の水源である湖がある。


 対して、フィアノアレシはアレッシア北東部の街。インツィーアからアレッシアに入る道の一つでもある。同時に、アレッシアに脅しを利かせつつ第三軍団の最高速で以て駆け抜け、アグリコーラに抜ける道に入ることもできる場所だ。


 そう。アレッシアに通じる道は非常に多いのである。


 経済的発展には大いに役立つ特徴だが、防衛するには不向きな都市。アレッシアの発展と共に、そう変貌した都市がアレッシア。故に、マールバラとの戦いでは壁の中に籠るのを大前提としていたし、マシディリは壁を壊すべきと主張しているのである。


 守るなど、無理なのだから。

 守るとすれば、周辺に防御陣地群を築くしか無いのだから。


「上手く行きますか?」

「神々に祈っておきます」


 はは、とマシディリは笑い飛ばした。

 コクウィウムの顔には不安の色が浮かぶ。そんな従兄に、マシディリはにっこりと笑いかけた。


「相手がどのような性格の軍団かが分かればより成功率の高い作戦を立てられますので、コクウィウム様次第ですかね。それから、マレウスに「解放者になれる」と嘯いた者の推測も聞きたいですし、クイリッタを殺した者についても、出来る限り知りたいと思っています。

 今夜は眠れなくとも、明日から動いてくれますか?」


「きついですが、これほどマシディリ様に頼られるのも初めてですので。高揚しております」

「よろしい」


 何がよろしいだ、と心の中で言いつつ。

 ボルセラーナに着くと、マシディリは兵に鎧を脱いで休むことを許可したのだった。

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