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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
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ままならぬは互いに

 マシディリが置き去りにした物資を守りに来たサッピトルムの部隊と合流し、ボルセラーナへ。

 到着すれば、開け放たれた城門と武装解除した状態のコクウィウムらが見えた。


 隣のグロブスが小さく安堵の息をこぼしたのが聞こえる。当然だろう。このままマシディリ達を引き入れて壊滅を、と言うこともあり得たのだ。しかも、コクウィウムの場合は弟を差し出してもなおやりかねないと言う、アレッシア人としては名誉な確信もある。


「お待ちしておりました」

 深々とコクウィウムが頭を下げる。


「こちらこそ。幾ら感謝してもしたりません。ウルバーニ討伐の第一功は、間違いなくコクウィウムですよ」


 マシディリも労いの言葉をかけ、盾を手渡す。コクウィウムがマシディリの盾を受け取り、横に並んだ。


「ありがたきお言葉ではありますが、私は直接戦闘に参加した訳ではありません。それに、国家の敵宣言の乱発の裏には父上が関わっております。ティツィアーノ様は避けようとされていた対決を望んだ者の一人が父上である以上、私の働きは当然のこと。アレッシアに残り、元老院からの追及を受けているルベルクスの方が、より大きな功ですので、もしも生きて合流出来たら、あるいは墓前で褒めていただけると幸いです」


「ルベルクスは、そうですか」

 下手な同情は望まれていないとは分かりつつも、声が沈んでしまうのはどうしようもない。

 ある程度は示さねばならないと言う言い訳もある。


「ティツィアーノ様ご自身はまだ定まっておりませんでしたので、生きて会える可能性は十分にあります。父上も、まさかあっけなく見捨てるようなことはしないでしょう」


「私も、出来ることならティツィアーノ様と戦うようなことになる前に決着としたいですね」


 言った後で、口元を引き締める。

 眼光も変え、はっきりと軍事命令権保有者としての顔を作り上げた。


「第四軍団は、やってきますか?」


「タルキウスの両名ははっきりとしていませんが、ボダート様もスキエンティ様も第四軍団として従事すると言っておりました。トクティソス様は、聞くまでも無いでしょう。もちろん、直接的に聞けたわけではありませんので、全員に対して可能性を捨てるものでも無いのですが。

 ですが、多分、私が大勢を連れて抜けたことで元老院から第四軍団への信は下がっていると思います。それを受けてティツィアーノ様が静かにされていれば、すぐに終結すると信じています」


 ティツィアーノがクイリッタ暗殺の首謀者たちに担ぎ上げられた形だとはマシディリも理解している。ただ、民衆から見た場合、ティツィアーノが首謀者とみられる可能性も十分にあるのだ。二人が不仲なことは周知の事実であることも痛い。


 マシディリとて、ティツィアーノをお咎めなしとは、もうできないのだ。


 同時に、穏便に済ませたいとも思っている。ティツィアーノは担ぎ上げられただけだと、証明したいとも。


「マレウスは、優秀ですが不安定な人物です」


 アビィティロの推測通りですかね、とマシディリはコクウィウムに目を向けた。

「不安定、と言いますと?」



「多くの協力者を作り上げる実力といざという時の自分の部隊を作ってしまう能力。そして、事が思い通りに進んでいないと見るや否や暴徒を引き連れてアスピデアウス邸に赴き、ティツィアーノ様を担ぎ上げてしまう決断力。


 元老院議員でも無いのに議場で大きな力を握っているのはマレウスです。


 ティツィアーノ様の下にカナロイアの使者が来ていた事実を上げて、カナロイア国王から了承は得ていると発言したり、ハフモニに取り残されていたドーリス人傭兵とその二世達を連れてきてドーリスとの繋がりも深いと発言したり、アフロポリネイオの例を出して最高神祇官選挙を行うように迫ったりと、虚実を混ぜてティツィアーノ様を権威付けすることも忘れていません。


 ですが、一方ではセルクラウス邸の包囲を決断したり、ウェラテヌス邸への本格攻撃を提案したりとますます人心を失う行動もとっています。特に、即座に非難声明を出したラエテル様を過剰に敵視していますので、そこもマレウス自身が権力を握れていない要因があるのでは、とも。


 爪の先もボロボロになっており、妹に泣きついているとも聞きました。

 その妹から、夫であるティツィアーノ様に見捨てないでくれと言う話が言っている、とも。


 ですが、何より、クイリッタ様の暗殺後に民衆に恐れられたのが、効いているようです。


 解放者になれると言われていたようでもありますし、民衆が望んでいると思っていたようでもありますが、多くの者から見てより悪辣な独裁者が現れた、と、マレウス自身は見られてしまいましたから」



「なるほど。マレウスの排除を要請したのは、不味かったかも知れませんね」

 処罰を下すのは当然として。今は、懐柔するふりをした方が良かったかもしれない。


 それから、エリポス三都市に関してはあり得ることだ。カナロイアに関してはこじつけだと思われている節もあるが、フォマルハウトの行動と父への暗殺未遂を思えばカクラティスならやりかねない。


「仕方がありません。一応、ティツィアーノ様も各家門へと交渉を進め、元老院議員を呼び戻そうと努力しておりましたが、ウェラテヌス派、特にエスピラ様と近かった者達は誰一人として応じようとせず。


 ティツィアーノ様が直接説得に赴けばべルティーナ様が出てきて、強烈に拒絶されてしまうのも何度も目撃され、今や誰もが知るところになっていますから。サジェッツァ様をウェラテヌスが確保していることも知られています。


 マシディリ様もアグニッシモ様もスペランツァ様もいない状態でこうなのです。

 戻ってくれば、現政権に先は無い。そう思って未だに出仕しない議員もいました。


 と、そうじゃない。

 マレウスの排除の要請でしたね」


 でしたね、と言っているが、マシディリは特段そのことについて聞きたかった訳では無い。

 が、聞きたく無い訳でも無いため、黙っている。



「べルティーナ様も、ティツィアーノ様とラエテル様の直接交渉の条件を七つ突きつけていました。


 一つ、クイリッタ様暗殺に関与した人物の引き渡し。

 一つ、セルクラウス邸襲撃犯の引き渡し。

 一つ、現元老院議員による混乱に陥れたことに関する謝罪。

 一つ、独裁官の辞任。

 一つ、国家の敵宣言の解除。

 一つ、アルモニア様を中心とする監察官の臨時設置と国家の敵宣言に賛同した全ての元老院議員の監査。

 一つ、現在地を問わず全アレッシア人の中から新たな独裁官の選定。


 パラティゾ様の二人目の妻の確保とサジェッツァ様の養女であるリリアント様の確保もべルティーナ様主導で実行済みという噂もあります。マレウスとしては、これ以上ない恐怖のようでしたよ。パラティゾ様の正妻はマレウスが確保したと言う話もありましたが、私が出る直前ではティツィアーノ様の監督下にありました。


 ただ、結局、マレウスは、アスピデアウスからの信任も得られていないと見られているようですね。

 本人もこぼしておりました。ティツィアーノが引き渡しに応じた時点で、自分は本当に犯罪者になる、と」


「本当も何も」

 思わず、呆れた声が出てしまった。

 引き継ぐように口を開いたのは、グロブス。


「アレッシア一の才女と言われたこともあるべルティーナ様相手に警戒が薄かった時点でさもありなんと言ったところでしょうか。少なくとも、エスピラ様もエスピラ様の義弟であるジュラメント様も相手方の女性まで調べ上げてから作戦を練っておりました」


 グロブスの言葉は油断では無い。

 あくまでも、味方を鼓舞するための言葉だ。


「べルティーナが襲われない内に、戻らないとですね」


 兵には間違っても伝わってはいけない言葉だとは理解している。

 しかし、マシディリはこぼさずにはいられなかった。

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