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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1547/1587

炎が燃え上がる

 両手を広げ、首を含むすべての急所を晒す。


 それでも、クンドスの重心は下がったまま戻ってこない。

 それだからこそ、クンドスの顎は下がって首を隠すように動いている。胸も丸められて少しでも急所を隠そうとしているようにすら映った。


「既に、ジャンパオロ・ナレティクスにも国家の敵の嫌疑がかけられている」

 ぼそり、とクンドスが言い放った。


 嫌な手だ。とことん、本人では無いところに危害を加える作戦を取っている。マシディリだけを国家の敵にしたのも、クイリッタを殺したのも。


「それは、マシディリ・ウェラテヌスに協力したことによるモノだ。国家の敵となれば、やはりとなるぞ。お前がナレティクスの当主を殺すのだ。二代続けて、ウェラテヌスが殺すのだ!」


「フィガロット様の籠るアグリコーラを攻略したのはアスピデアウスでしょうに」

 ナレティクスの調略には、確かにウェラテヌスが動いたが。


「それだけでは無い。フィチリタを娶っているオピーマも無事では済まないぞ。アルグレヒトもだ。もし、アルシリビニア・ボルセラーナ線を越えたら、べルティーナ・アスピデアウスも引き取らせていただく。マレウス様と伴侶になることで、より強固な関係になるのだ。

 それだけの準備がもうできている。

 後は、マシディリ様。貴方の出方次第だ!」


(為った)


 やはり、強気な男である。それなりに芯もはっきりしており、同時にクイリッタに若い愛人の心を盗られた男でもある。見事に踏み抜いてくれた。


 そのクンドスの肩は先ほどより少し高い。

 すっかりと息を取り戻したのか、目も大きく、声も張っている。ただし、指を突き刺すように動かしているため、マシディリからは相変わらず急所が隠れていた。



「アレッシアは人質を認めない」


 郎、と一言。


 動揺が現れたのは、幾人かの百人隊長も同じ。

 その中で、マシディリは堂々と足を前に出した。


「今日のウェラテヌスが、最早父上の直系しか残っていないのは、先の言葉がウェラテヌスから発生した言葉だからですよ。外交を担うことの多かったウェラテヌスは、良く外に出て、そして捕らえられて殺されることも多かった。ですが、アレッシアは軍事行動を止めず、人質にひるまず、そのために今日の栄華がある。


 べルティーナ? フィチリタ? レピナ?

 人質を取ったつもりか? 人質で止まると思ったか。


 私を、アレッシアの誇りを忘れた愚かなモノだとでも思ったか!


 引き返す決断をした時点で、ラエテルもソルディアンナもリクレスもヘリアンテもフェリトゥナもカリアダも。今すぐにでも抱きしめたい愛しい我が子だ! その幼い温かさでさえもう抱きしめることは叶わないのだと、もう涙も出ないほどに苦しんでいる。


 覚悟無くこの場に立つものか。覚悟無く引き返すものか。覚悟無く、軍団を動かす愚か者がいるか。剣を抜くのに、己を懸けることもできない愚か者だと思ったか!


 私が家族を愛していないとでも思ったか?

 それ以上に、家族のために父祖のために皆のために。アレッシアを守ろうとしているとは想像も付かなかったか? そのためには何をも捨てると。それだけの覚悟があって初めてウェラテヌスの当主が務まるのだと。


 私が継いだのは、ウェラテヌスの魂だ! アレッシアを鎮護する誇り高き一門に流れる決意だ!


 愚弄するな、クンドス・テルイエ。

 非常に不快だぞ」


「不快だと? まるでエスピラ様のような言い回しを為されますね。簒奪者の癖に。そうやってウェラテヌスの家督は奪えたようだが、アレッシアは奪わせないぞ。不義の子め。所詮は、ハフモニ人かハフモニと通じていた者との子だからな! 馬鹿なウェラテヌスは騙されたようだが、私は騙されんぞ。それとも、墓にしっかりと書いてやろうか。騙された馬鹿な者な父親と、愛しているふりをして騙した売女と。

 貴様が国家の敵となれば、誰も止めやしない! それだけの大罪を貴様は為そうとしているのだ!」


 クンドスが絶叫する。

 マシディリは、足を止めた。手も下ろす。ばちり、と音がした。太腿からだ。音からして、太ももの鎧板を破壊してしまったのだろう。


 少しの深呼吸。のち、顎を引いて、冷たくクンドスを見据える。マシディリに突き刺されていたクンドスの指が、ゆるく曲がった。丸くなった目が、瞬きを忘れている。


「言うに事欠いて、父上と母上をも愚弄するか」

 気づいたとて、もう、遅い。


「マシディリ様も、言った、ことだ」

「父祖の事績を捻じ曲げ、不当に貶めるとは言っていないのですがね。それとも、そこまで言われて折れる腑抜けだと思われていたのでしょうか?」


 ゆっくり、近づき。

 クンドスを守ろうとした従者も睨み、縫い付けた。


「いえ。決して、本心では無く。マシディリ様が為されようとすることがそれほどのことであり、ただ軍団を置いてアレッシアに来ていただければ国家の敵となることは無く、弁明の機会も得られましょうから、是非ともと言うことを言いたかっただけです」


「罪も無ければ弁明することも無い」

 ぐい、とクンドスの指を掴む。


「弁明の必要がある罪ならば、クイリッタが追放した者達を受け入れようとしたことであり、追放した者の面倒を陰ながら見ていたクイリッタを止めなかったことであり、追放された者達に伝えなかったことだ」


「それを、元老院で言っていただけなければ、と。ウェラテヌスの当主の言葉を誰が疑いましょうか」


「おやおや、さっきと言っていることが違いますね」

 ぐい、と下顎骨の下、首と顔の境目を握りしめる。


 動いた従者は、即座にアルビタとアビィティロによって蹴とばされた。マンティンディとグロブスが、従者を抑え込む。


「簒奪者。ウェラテヌスの者では無い。そう言っておりませんでしたか? それでもウェラテヌスの当主と認めると? おかしいですね。


 認めないから怒っていたのでしょう? あるいは、嘘を吐いたのですか? 興味本位で父祖を愚弄したと? おかしいな。アレッシアはそのような教育をしていないはず。父祖に罪を言及する場合も軽い気持ちでは無く、本気でやる時だけ。普段は父祖を敬い、間違っても貶さないのがアレッシア人。他人の父祖であっても、他国の父祖であっても。


 貴方の舌は、何枚あるのですか?」


 アルビタがクンドスのこめかみを両手で抑え、締めあげた。

 マシディリは左手を下顎骨の上に当て、下げようとする。クンドスは必死に抵抗し、口を開かないようにしていた。


「アビィティロ」


 短剣が煌めく。クンドスが力を緩めた。その隙に、一気に口を開く。

 アビィティロが小石をクンドスの歯の間に入れ、指を口に入れた。出てきたのは、一枚の舌。

 アビィティロの持っていた短剣は、マシディリの手に。


「アルシリビニア・ボルセラーナ線を越えるなと言いつつ、越えさせるための挑発を行う。面白いですね。本当に一枚なのでしょうか。切り落とせば、増えたりしませんか?」


 ぴと、と刃を舌に当て。

 クンドスが呻き始めた。叫ぶ従者には、マンティンディが重い一撃を喰らわせている。


「どこに隠しているのですかー?」


 マシディリの言葉に合わせ、アビィティロがクンドスの舌を乱雑に動かす。

 もちろん、舌が二枚あるはずが無い。


「あらあら。主人の願いが分からず、しかも嘘ばかり吐く舌だなんて、不要ですね」

「んー!」


 クンドスが暴れた。だが、小さい。間違ってマシディリの手に当たって舌が切り落とされることを嫌がっているようだ。そうだとしても、マシディリの意思一つで舌が落ちると言うのに。


「冗談ですよ」

 笑って、離れる。

 アビィティロも手を離した。アルビタがクンドスの膝を折り、頭を地面に着かせる。


「降伏を認める条件は四つ。

 一つ、マレウスを始めとするクイリッタ暗殺の首謀者全員の引き渡し。

 一つ、国家の敵の裁決に賛同した者たちの再度の監査。

 一つ、最高神祇官選挙などと言うさらに混乱を加速させる者に賛同した者への政務停止命令。

 一つ、独裁官ティツィアーノ・アスピデアウスの謹慎。謹慎先は、アグリコーラにあるアスピデアウス邸で構いません。


 如何です? 穏当な条件でしょう。

 ああ、もちろん、私やジャンパオロ様、メクウリオ様への国家の敵認定は解除するように」


「立場が違う」

 クンドスが言った。


「何か?」

 静かに微笑み、問い返す。


「降伏するのはそちらだ! 軍事命令権もおぼつかない男と一万の兵で何ができる!」

「威勢が良いですね」


 しゃん、と剣を抜く音がした。

 従者を組み伏せた方向に、右手のひらを向ける。


「アレッシア人がアレッシア人を殺すのは、私は好きではありませんから。使者は、出来る限り生きて返したいと思っているのです」


 もちろん、テュッレニアで使者を即座に殺したのはマシディリである。

 必要とあれば相手の父祖も愚弄するし、これからも使者を殺すつもりだ。

 舌は、一枚である。


「正確に元老院に伝えてもらえますね? それとも、それすらできないと? そのような者に任せざるを得ないほど人材が枯渇しているのか、それほどまでに今の元老院の目は節穴なのか。どちらにせよ、貴方がまともに使者の任を果たせないようなら、既に大穴の開いた船だ。

 私と此処にいる第三軍団の皆と言う大船で、アレッシアを助けに行かないといけませんね」

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