炎が燃え盛る
(この感覚も久々ですね)
頭となる人物について、探るような視線。軍団編成最初期もあった視線だ。
尤も、元となっている色は違う。
前は命を預けるに足るのか。エスピラ・ウェラテヌスの息子としての力量があるのか。エスピラ・ウェラテヌスが親馬鹿なだけでは無いか、と言った力量に対して向けられたモノ。
今は、行動に対して。国家の敵になるのは本当か。なるつもりがあるのか。なる時に後悔しないのか。迷っているのか。
此処まで異常な強行軍を続けていた軍団が、常識的な高速機動に落ち着いているのも第三軍団の者達に疑念を抱かせているのだろう。だが、常識的と雖も強行軍であることに変わりはない。兵に余計な思考を抱かせないように制御しているのも、事実だ。
(さて)
軍団の足を止めさせたのは、湖で。
その昔、マールバラがアレッシア軍団の多くを沈めたいわく付きの湖だ。その次の大規模な水源は、南下してのボルセラーナか、あるいは北上してのララプランパ。
前者はコクウィウムが籠っており、後者一帯はウルバーニが軍団を展開している。
「弟の死にすっかり耄碌して、わざわざ挟み撃ちに嵌りに行ってしまったのか、とか、誰も言わないんですね」
百人隊長も集めた場で、マシディリはゆるりとこぼす。
「言えませんよ」
「相変わらず冗談が下手ですね」
アビィティロが生真面目に、マンティンディが笑い飛ばしながら否定した。何人かの百人隊長も笑い、一部はふざけてマシディリの言葉を真似して投げかけた。もちろん、隣の百人隊長に小突かれている。
「さて。クンドス様。貴方は、というよりも、元老院は先ほどの私の冗談に同調できるのでは?」
百二十名の百人隊長に、三名ずつ計六名の重軽騎兵部隊長。そして、マシディリ含む高官が九名。他、マシディリの護衛でアルビタ。
それだけの人数に見つめられながらも、元老院からの使者を名乗るクンドス・テルイエの態度はふてぶてしかった。
「その自覚があるのなら、足を止め、疾く降伏なされては?」
クンドスの服装は武装。
鎧を身に着け、腰には長剣が一振りと短剣を下げている。盾は共に来た者が持っているが、槍は手にしていない。
「何故?」
全員が立っている中で、唯一座っているマシディリは足を組みかえた。
クンドスの眉間に皺ができる。
「もしもお隠しになっていたのであれば申し訳ありませんが、あえて言いましょう。
速度を落としてもあと四日南下すれば、アルシリビニア・ボルセラーナ線の延長線上。両都市を通っていないからなど通じません。そこに踏み入れば、マシディリ様は国家の敵。
軍団の皆様も敬愛する軍事命令権保有者を国家の敵としたく無ければ、軍団の解散命令を発するか、自ずと崩れることをお勧めいたします。
建国五門が一つ、最大の没落と最大の栄華を経験したウェラテヌスが、国家の敵になるなど。歴史に残る汚点ではありませんか?」
「おや。記録抹消刑とまではいかないのですね」
クンドスの拳が硬くなったように見える。
なるほど。事前の調べ通り、トトランテよりずっと扱いやすそうな男だ。その上でこの胆力。賊徒たちも重用したい人間であろう。
「四日後にも御冗談を言っていられるか、見ものですね」
「お楽しみに」
くすり、と笑う。
ぴきり、とクンドスの額に青筋が走った。
「元老院は、国家の敵と認定するのに躊躇いませんが?」
「既に躊躇っているのでは?」
「冗談を言っているのではありません! 何を根拠にされているかは分かりませんが、マシディリ様の思い描いた通りになど行くはずが無い。
これまで、何人の方が国家の敵となったことか。
そして、イフェメラ・イロリウスやマルテレス・オピーマでさえアレッシアには敵わなかった。国家の敵と認定されるとは、即ち破滅を意味しているのだ! しかも、これは連鎖である。イロリウスを匿い、オピーマと婚姻を結んだウェラテヌスまで国家の敵となった者を出したとなれば、加担した者は皆殺しを免れないだろうなあ」
クンドスが高らかに吼える。
それは、マシディリに、というよりも周囲の百人隊長に対して言っているようであった。
動揺は当然だ。
第三軍団の百人隊長達と雖も、アレッシアに忠誠を誓った存在。年老いた両親を抱える者も少なくないのであれば、そして父母から働きを誇りに思われているのであれば、当然のことである。
だからこそ、マシディリは余裕を見せて笑った。
クンドスの言葉の後に訪れた静寂に染みわたるように、楽しそうに。
「壊れたか」
「壊れた? まさか。
逆に聞きましょう、クンドス・テルイエ。
イフェメラ様とマルテレス様を討ったのは誰ですか?」
静かに左手を持ち上げる。
背筋を伸ばし、組んでいた足を解いて、少しだけ上体を前に出した。各左指の先を、胸部に軽く当てる。
「私です」
に、と笑って。
「ディーリー・レンド。ジュラメント・ティバリウス。イフェメラ・イロリウス。
インテケルン・グライエト。オプティマ・ヘルニウス。
マルテレス・オピーマは父上が持っていったので加えませんが、それでも第二次フラシ戦争の英雄を数多葬ったのは私ですよ。
雷神の化身も殺してしまいましたからね。
国家の敵となった者が死んだのではない。私の敵と認定された者が死んだのだ。そして、私はアレッシアのために戦っていたから、即ち国家の敵であっただけのこと。
まあ、神々が裁定を下しましょう。
貴方が見届けることは無いと思いますが」
クンドスが周囲に目をやった。
もちろん、誰も剣を抜いてなどいない。直立不動だ。
「アレッシアとご自分を同一視する気か」
「同一視していたのですか?」
怒気まみれのクンドスの声。
対して、マシディリは声に怒気など一切含めない。
「そもそも、不思議なのですよ。私がやったことはフロン・ティリド遠征の援軍。アレッシアの敵となる者を討ち、援軍の務めを果たしてからこうして帰還している。
そのどこに罪が?
国家の敵? アレッシアの敵を討った私達が?
さてさて。これでは、まるで異民族を討てばアレッシアの敵と言っているような、アレッシアの元老院議員でありながら他国の国益を追求している者がわめいているようではありませんか」
意外なことに、即座に反論が飛んでこなかった。
(ほう)
マレウスの協力者に、外国人がいる可能性がある。
ティツィアーノの独裁官を望んだ国が他にあるかもしれない。
権威で言えば、ドーリスやアフロポリネイオの可能性はあるか。
「アレッシアを独裁的に支配しようとしたことが、罪だ」
「では、今のティツィアーノ様は?
独裁的と言いますが、私はクイリッタも協力者としていましたし、サジェッツァ様も存命です。しかしながら、今の元老院にはサジェッツァ様は出ていないとか。
即ち、ティツィアーノ様が一人で動かしている。
クイリッタを殺し、大した罪もない私を国家の敵として、政敵を排除するように。
これこそ、独占しているのでは?
それとも、またやっちゃいますか? 議場で。短剣を使って何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も! 刺し殺しますか?」
クンドスの瞳に、怯えが宿った。
僅かであっても見逃さない。見逃すはずが無いほど、マシディリは多くの者を見て、交渉を重ねてきた。
故に、今、椅子からゆっくりと立ち上がる。
クンドスの重心が合わせて後ろに下がった。足はそのまま地面にくっついている。
「私が怖いからとりあえず国家の敵にしよう。そんな私的な理由で公権を振り回した貴方がたこそ、私に擦り付けようとしている罪を犯している」




