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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1544/1589

敵か味方か霧の中

「マシディリ・ウェラテヌスを国家の敵と認定する」


 その言葉に最も動揺が見られたのは、パラティゾとクーシフォスだった。


(なるほど)


 トトランテの提示がティツィアーノの最初の妥協であるならば、これはティツィアーノのせめてもの戦略だ。どのみち、制御が効いていない、あるいは家に暴徒を置かざるを得なくなっているのか。

 第三軍団を国家の敵と認定しなければならないのなら、マシディリだけに絞った方が効果が大きいと思い、実行までできるのはティツィアーノほどの者でないと厳しいはずだ。


「フロン・ティリド遠征の援軍で出ていっただけの軍団に対し、何を以て国家の敵だと言われるのですか?」

 パラティゾの言葉は、いつもより早口である。


 次期アスピデアウス当主の有力者。

 にもかかわらず、アスピデアウス派に属していたはずの男は顎を上げて答える。


「皆々様を国家の敵と断じた訳ではありませんし、軍団を解散すれば良いだけのこと。いえ。独裁官様はアルシリビニア・ボルセラーナ線を越えなければ軍団の解散にまで波及させていないほどの寛容性を示されているのです。


 難しいことでは無いでしょう。

 そもそも、武装した一団を率いてアレッシアに入ることなど許されないのですから」


「カウヴァッロ様は」

 噛みついたのはクーシフォス。


「反乱者の息子が反乱者を呼んだのですか?」

 冷たい目は、使者としてきた男。


 マシディリは、手をクーシフォスの前に出した。

 目の前の男は、調子に乗っている、というよりも、攻撃を望んでいるのかもしれない。


 ただし、ティツィアーノの条件は全く違う。トトランテもそう。ならば、これは暴徒側の意思。攻撃をさせ、ティツィアーノを完全に味方にしたいのか、防備が既に完璧であるがために攻め寄させのか。


 いずれにせよ、これは小物だ。

 マシディリは計算を終えると、にこり、と微笑みを浮かべる。


「政情が不安定になれば、野盗は増えるモノです」


 一瞬で剣を抜き放ち、使者の腰帯を切り落とした。

 ぱらん、と彼の家門を示す短剣が地面に跳ねる。


「え?」


「ティツィアーノ様が私だけを国家の敵に認定したのは、僅かでも第三軍団に楔を打ち込みたいがため。即ち、第三軍団にまとまられてはアレッシアを守れないと計算してのことです。次点でアグニッシモが来る前に攻撃をさせるため。先んじてテュッレニアに人を派遣するほどの男が、そこまで読んでいたと言うのに。


 哀れな。貴方のしたことはパラティゾ様を挑発しこちらに残る意思を固めさせ、クーシフォスを馬鹿にすることでルカンダニエにも許すことは無いと告げたこと。


 なるほど。オピーマの権益も奪い去り、海をわが手にする算段でも立てましたか? いえ、追放先で良き協力者を得た、と言ったところでしょうか。彼らに利権を与えるために、オピーマはやはり反逆者で、ウェラテヌスも率いていたと言う形にした方が邪魔な者達を一掃できる。


 その結果、私が抑圧していたスィーパス・オピーマが台頭することになるのですが、理解できていないようですね」


「え?」


 男の胸には、もうマシディリの剣が埋まっている。

 後ろにいた者達も、第三軍団の高官が切り伏せた。


「アレッシアを不当に混乱に貶めた者達を討伐します」


(兵の説得材料には弱いですが)

 一先ず、先の裸の付き合いも含めて高官からの離脱者は出さずに済みそうだ。

 口から血をこぼし始めた使者が、結局言葉を発することなく事切れる。


「すみません、ノルドロ様」

 マシディリは、ジャンパオロのいない間にテュッレニアを管理している嫡男に声を掛けた。

「折角神々のお導きでノルドロ様がテュッレニアに残っていたと言うのに」


 フロン・ティリド遠征にアグニッシモが赴いた時には参加させなかったのだ。

 その時は少々関係性に気を配ったモノだったが、今となれば参加させずに良かったと思える。今回使者を簡単に殺したのも、もうノルドロ、もといナレティクスを逃がさないため。


「いえ」

 ノルドロの目が、死体から外れた。


「アレッシアの港が、十八艘の船団で守られていると伝えたことがマシディリ様の決定に影響を与えられたのなら、ナレティクスの次期当主として誇らしく思います」


「ええ。もちろん」


 半島北方の要所テュッレニア。

 そこで北方諸部族への備えを進めていたジャンパオロがアレッシアに向かったとは、テルマディニで既に聞いていた。続報として、到着直後に駆け寄ってきたノルドロが伝えて来てくれたのだ。父上もアレッシアに入るのに苦労しました、と。


 守りを固める十八艘の船団は、いずれも小さな海運業者が持つ戦に使える船。オピーマを使い、ウェラテヌスの船団もある以上これまでは大きな権益を得られなかった者達だが、この機に一気に、と思ったのだろう。


 分からなくもない。

 が、決定は結局のところ、それまでにどれだけの船を持っていたのかと、その前の海賊退治にどれだけ貢献したかによって決定している。


 完全に、逆恨みだ。


「彼らにはこれまで通りを保証する手紙を送り、降伏を促しておきます」

「応じないのでは?」

「構いませんよ。あくまでも元老院の意識をアレッシア外洋に向けさせたいだけですから」


 応じてくれない方が都合が良いのだ。

 応じられても、助けは出せない。それに、応じてくれない方が処罰もしやすい。


 政治家マシディリ・ウェラテヌスとしては、この機に不穏分子を一掃したいのだ。


 血の通わぬ考え方ではあるが、クイリッタの死を無駄にしないとはそう言うことでもある。

 まだ十代のノルドロも、奴隷を呼び寄せて死体の隠ぺいを命じていた。手慣れた命令風景に見える。少なくとも、動揺は外からは見えなかった。


「使者が来ていたのは気の所為だったみたいですので、ナレティクスが把握している情報を先にお話しさせていただきます」


 す、とノルドロが背筋を伸ばす。

 外から聞こえる音楽には詩が乗っていた。アレッシアの歴史を謳う詩である。食事に関しても、新鮮な果物や魚が多い。乾物でも水で増やした物でも無い食事は、兵にとっても嬉しいモノだ。


「まず、父上からの連絡は断たれてしまいました。中がどうなっているかは、ナレティクスでは情報を集められておりません」


 それにしては堂々としているな、とマシディリは感心した。

 疑念も、無い訳では無い。


「それから、アレッシアには第四軍団が招集されたようです。クイリッタ様も事前に北方諸部族に対する備えとして第四軍団の招集準備をしていましたので、もうアレッシアの周囲に居ます。同様にアルシリビニア・ボルセラーナ線以南の各地にも、数十から数百の兵が配置されました。いずれも、クイリッタ様の備えを乗っ取った形でしょう。


 クイリッタ様の戦略家としての働きは、私よりもマシディリ様の方が詳しいでしょうから、何も言いません。


 そして、ボルセラーナにはコクウィウム隊が着陣したと、今朝、連絡がありました。


 僅かな差で逃したと言うべきか、むしろ良い時に情報がやってきたと言うべきでしょうか」


「厄介なことになりましたね」


 コクウィウムは、東方遠征には縁故採用で登用されたような男だ。

 だが、バーキリキに嵌められた越冬に於いても良く兵をまとめ上げ、度々かき回されることはあれども部隊が崩壊したことは無い。マールバラとの戦いにも参加し、マシディリが参加しなかった父と師匠のフラシ遠征にも同行している。以後、マルテレス反乱、エリポス鎮圧戦と、現在のアレッシアでも屈指の戦歴を誇る男へと変貌したのだ。


 特に、トーハ族に対して決定的な打撃を与えた時の奇襲は、提案する胆力も含めて見事の一言。


 野戦に引きずり出せれば問題ないが、出てこないだろう。待ち構える形になれば、時間がかかる。時間がかかれば第四軍団もやってくる。


 国家の敵と認定されるマシディリとしては、時間は敵だ。

 早急にアレッシアにたどり着き、解除しなければならない。

 そこまでが、勝負である。


 対してティツィアーノ側は時間を稼げれば、マシディリの基盤地域ですらひっくり返していくことができるのだ。


「コクウィウムの籠るボルセラーナに迫れば、六千のウルバーニが後ろを突いてくる。ボルセラーナ攻略自体が、鎚と鉄床戦術に自ら嵌りに行くようなもの、ですか」


 アビィティロが地図を広げた。

 山を抜けるのも同様に。ウルバーニにそこまでの戦術眼があるかは分からないが、襲われそうになれば逃げるぐらいはするだろう。そうなれば、コクウィウムに背後を突かれかねない。


 そして、一撃を加えて籠れば、コクウィウム隊は士気高く籠れるのだ。

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