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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1542/1587

ばかなひと

 何も聞かなかった。


 トトランテを殺し、付きの者も殺せば知らぬ存ぜぬで通せるが、テルマディニに来ていたのは多くの者が知っている。そして、トトランテを殺したことが広がれば、マシディリも凶徒と同じだ。マシディリに従いたいと思う者も居なくなってしまう。


「独裁官は臨時の役職。私の軍事命令権は、元老院に五か年計画を認められているモノ。神のご意思もある以上、はく奪は不可能では?」


「ティツィアーノ様の指揮下には変わらぬでの」


「ほう。やはり、トトランテ様も元老院のように肥大化した組織ではなく、少数の者が取り仕切る方が今のアレッシアに適していると思われますか? しかも、父上の目指した寡頭制では無く、単頭であった方がよろしいと」


 ぅぅむ、などと、トトランテが唸った。

 緩慢な動作で、もみあげをかいている。

 もちろん、マシディリが待つ理由も無い。


「そもそも、人選もおかしい。何故執政官が独裁官になっているのですか?

 独裁官とは、混乱を鎮めるための役職のはず。父上のような場合は稀ですが、父上も執政官の任期が残っている状態では独裁官になりませんでした。普通はそうです。混乱の責は、時の執政官にもあるのですから。


 ですから、この場合、アレッシアに残っている適任と言えばサジェッツァ様のはず。しかもサジェッツァ様はアスピデアウスの当主でティツィアーノ様の実父。カッサリアの庇護者でもあり、私を通じればクイリッタも義息と言えなくもない。


 これ以上無い人選だと思いますが。


 ああ。


 なるほど。


 クイリッタを殺したのはアスピデアウス派か。

 そして、ティツィアーノ様により近しい人物。一人一人ウェラテヌスを呼び出して、全滅させる計画か。いや、それにしては人選が穏当すぎますね。


 クイリッタを殺せば解決すると思っていた世間知らず。アレッシアの情勢を知らずに、誰かに乗せられた。即ち、遠くにいた者。少なくとも都市アレッシアにいた者が主犯格では無い。そして、保身が大事な元老院議員が凶行に及ぶと知りながらも連れてくるような人物。ティツィアーノ様が独裁官を受けざるを得ない者。


 ああ。私も片棒か。最悪だ。ああ、本当に。まさか私が愛弟を殺すことになったとは。本当に最悪だよ。


 主犯は、マレウスだな!

 クイリッタが追放した、他の元老院議員もだ!


 全員殺しておけば良かった! 追放なんて生ぬるいことせずに! クイリッタに厳しいとか言った私が馬鹿だったよ! クイリッタは、分かっていた。クイリッタの言う通りにしておけばクイリッタは死ななかったのに! クイリッタを助けたい気持ちでクイリッタを殺したのだ!」


 喉から、血の味がした。

 トトランテの目が丸くなっている。口も丸い。間抜け面だ。


 だが、どうでも良い。

 つい壊してしまった机も、どうでも良い。


 強引に首根っこを掴み、トトランテの額と自身の額をぶつけた。

 マシディリ様! と数人がマシディリの肩を、腕を掴む。が、マシディリはトトランテを睨みつけるのも息が荒くなるのも止められなかった。


「マレウスに伝えろ。楽には殺さない。お前は、死にたいと懇願しながら生かされ続け、やがて絶命する。地の果てまで逃げても、世界をひっくり返してお前を捕まえてやる。


 追放先でもお前がのうのうと生きていけたのは、裏でクイリッタが手を回していたからだ。追放で済んだのは、クイリッタのやさしさだ。お前を戻すことができたのも、クイリッタが最後に折れてくれたからだ。


 お前は、そのクイリッタを殺した。

 私のクイリッタを殺した。


 私の弟を殺した! 大事な弟だ。私の半身だったのに!


 絶対に許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。

 誰がお前を許そうとも、私がお前を許さない。

 誰を敵に回そうがお前だけは、お前だけは殺してやる!

 無様に命乞いをし、その後に楽に殺してくれと懇願して、ようやく死ねるのだ。


 安心しろ。お前の記録は残す。絶対に子々孫々と伝え続けてやる。だが、お前の父祖は消えてもらう。記録抹消刑に処してやる」


 ぱ、と手を離す。

 マシディリは、すぐにおだやかでにゅうわな笑みを浮かべた。


「申し訳ございません、トトランテ様。

 貴方に当たっても詮無きことを。傷の手当てを行ってから、どうぞ、お一人でアレッシアにおかえりください」


 トトランテの目が、泳ぐ。

 レグラーレ、アルビタ、アビィティロ。

 この場にいる他の者を見回し、見てはいけないかのようにマシディリへと顔を戻し、頭を下げて背を向けた。


「先ほどの伝言もお忘れなく」

 いっそ恐ろしいほどに穏やかに言って、マシディリは去っていくトトランテを見送った。


 誰もいなくなった部屋に、ぎしり、と壊れかけの音がする。


「復讐は絶対ですよ」

 声の主は、レグラーレ。

「やっぱ自分達を守ってくれる人は、かたき討ちをしてくれる人じゃないと」


「復讐は何も生まないとも言いますが、少なくとも復讐したと言う結果を生み、復讐しない結果育まれる黒い感情は消してくれるかと思います」

 アビィティロも言いながら、机の破片を拾っていた。


「もとより、議場の、凶行。認めるのはアレッシアの精神に反すること、では?」

 アルビタが低い声が、今はいつも以上に心地よい。


「アビィティロ」

 地面に座り込みながら、頼れる軍団長補佐を呼ぶ。


「はい」

 副官にも軍団長にも似た男が、マシディリの傍で膝を着いた。


「トトランテ様を追って、フロン・ティリド遠征に於ける軍事活動があらかた終わったことを伝えておいてください。アレッシアの敵は、アグニッシモがしかと討ちました、と。元老院に報告しなくては」


 ゆらり、と頭を上げ、重心をずらす。


「かしこまりました」

 その動きを手で制され、マシディリはまた座り込む姿勢に戻った。


(ほんとうに、しんだのか)


 兄上の下手な冗談に私まで巻き込まないでくれますか?

 そんな風には、もう、憎まれ口を叩いてくれないのだろう。


 本当に?


 本当に。


「ぁぁ」

 小さくこぼし、背中が地面着く。


「ああ。ぁああああああ! あああ!」

 転がり、転がり、転がり。

 顔が下へ。べったりと土も着く。


「兄より先に行く弟があるか! 不孝者! 愚か者! 大馬鹿者! 馬鹿クイリッタ! 愚弟め! この愚図!

 ぐずは、わたしだぁ……」


 ふこうものも。おろかものも。おおばかものも。

 弟一人守れない、とんだ愚兄である。


「ばかはわたしだ」


 ばかは、わたしだ。

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