表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/1588

顔合わせ

 それまで我先にと、てとてと短い手足をめいいっぱい使って石の階段を登っていたクイリッタが止まる。エスピラが追い付けばそそくさと甘えるようにエスピラの下に戻ってきた。


「挨拶はしなきゃ駄目だぞ、クイリッタ」


 エスピラは口元を緩ませながら、巧妙に逃げようとした次男の背中を押した。


 次男が裏切られたような、そんな驚愕の表情を浮かべて、彼にとって『苦手な』人の前に出される。


「おひさしぶりです。クイリッタ・ウェラテヌスです」


 ただたどしくクイリッタが言う。


「ご丁寧なあいさつありがとうございます。ですが、四日前は久しぶりと言わないのではありませんか?」


「父上」

 サジェッツァがクイリッタと視線を合わせるようにして言えば、彼の息子であるパラティゾに窘められていた。クイリッタは背中から後ずさりながらエスピラの足元に戻ってきている。


 エスピラが仕方ないと自分の足を両手で掴むクイリッタを受け入れている間に、サジェッツァがパラティゾに目を向けていた。


「お久しぶりです。エスピラ様。こちらは、妹のべルティーナです」


 幼いながらも「とことこ」と言う擬音では無く「さ、さ、」と言った綺麗な動作で女の子が前に出てきた。


「はじめまして。べルティーナ・アスピデアウスです。今日はエスピラさまに会えてこうえいです」


「よろしく。可愛らしいお姫様」

「母上におこられますよ」


 エスピラがしゃがんでサジェッツァの次女べルティーナに返せば、エスピラの服をちょいちょいと引っ張りながらクイリッタが言った。


 顔を向ければ、クイリッタはアスピデアウスの者とは顔を合わせないように後ろを向いている。

 そんな中、マシディリが口を開いた。


「初めまして、べルティーナ様。マシディリ・ウェラテヌスと申します。父君にはいつもお世話になっており、この間の晩餐会で初めてお会いした兄君の建国五門の後継者たる立派な態度には深い感銘を受けました。以後も続くアスピデアウスとウェラテヌスの良き関係に微力ながら私も尽力いたしますので、お見知りおきをお願いいたします」


 サジェッツァの能面も崩れているが、一番驚いているのはエスピラだ。


 こんな言葉を教えたことは無いし、文章としても全てこの場で考えたものだろう。

 第一、エスピラはクイリッタに対して甘さを捨てる意味合いで意味合いでわざと堅苦しい挨拶をさせたのだ。


 それをアスピデアウスの立派な態度に対してウェラテヌスとして立派な態度で返す。エスピラとサジェッツァと言う親しい間柄であるため問題なく流せたところをしっかりと他の家と同じように、親の関係を持ち込まずに応対したのだ。


 ズィミナソフィア四世の時もそうだったが、本当に年齢の割にできることが多い子供である。


「末恐ろしいな」

 とサジェッツァ。


「天才だろ?」

 とエスピラ。


 軽いやり取りに対して、クイリッタが抗議の意味を籠めてかエスピラの服を引っ張ってきた。

 長男しか褒められていないのも不服なのだろう。


「クイリッタはまず逃げないこと。どんな状況でも踏みとどまれる者こそが強い者だからね」

「逃げたのか?」


 サジェッツァが僅かに揶揄いを含んだ声でクイリッタに問いかける。


 クイリッタはまたエスピラの後ろに行こうとしてか顔をエスピラの後ろに動かして、それから体はエスピラの足にくっついて、顔はサジェッツァに戻した。


「にげて……ました」


 頬を膨らませてクイリッタが言って、その場にとどまる。


「良く認められたな」


 エスピラは褒めて、クイリッタのやわらかい髪を優しくなでた。

 エスピラの服を掴むクイリッタの手がどんどん硬くなり、エスピラの足の間に入っていく。


 来るか、とエスピラはマシディリに言いかけて、やめた。


 折角マシディリが立派な挨拶をしたのだ。そんなことをしては台無しになってしまう。


「他の子は呼ばなくて良かったのか?」


 代わりに、エスピラはサジェッツァに問いかけた。


「わざわざ背負う者の多さを見せる必要のない年齢だからな。エスピラは……手が足りないか」

「まあね」


 壁の上ではクイリッタの手は握っておく必要がある。マシディリも、走り回ったり不用意にのぞき込んだりはしないだろうが、念のために手を開けておく必要があるのだ。


 奴隷も二人連れてきているとはいえ、一人は子供のための荷物持ちであり、もう一人も不測の事態があった時のため。


 何より、多層型共同住宅インスラでは高い所ほど貧しい者が住むとはいえ、奴隷に上から見下ろされるのをあまり良く思わない人も多い。だから、数を連れてくるわけには行かないのである。


「始まったな」


 そうしている内に、兵数だけでも六万を超える軍団の出発行進が始まった。


 今年の軍団の内、残りの二万強の内一万弱は既にグエッラと共にピエタ・インツィーア方面でマールバラを見張っている。残りの一万強はアグリコーラ近辺から出立し、やはりピエタ・インツィーア方面で合流する予定だ。


「おお」と興奮して前に行こうとするクイリッタを、エスピラは手を掴んで制した。

 マシディリは目を輝かせつつも口は真っ直ぐに結んでいる。


 サジェッツァの息子であるパラティゾは父に似た能面で、べルティーナもまた堂々と見下ろしていた。


「まだいる!」


 クイリッタが幼い声を張り上げた。


「そうだな。将来、クイリッタも背負うことになる人数だぞ」


 エスピラは優しく返す。


 アレッシアの歓声を背負って出ていく者達は、皆胸を張っていた。

 軍団をアレッシアの中に入れるわけにはいかないため、武器は何一つ持ってはいないが内に抱く誇りこそが最大の武器である。そんなことを言わずとも示している集団なのだ。


 クイリッタも「すごいすごい」とはしゃいでおり、名門としての目的を除いてもこれだけで見せた甲斐があるというものだろう。


 だが、そんな集団もずっと続けば退屈になると言うもの。


 ただでさえ似たような見た目の服装が続くのだ。ある程度は自弁しているとはいえ、アレッシアの軍団としての規格に近いものもある。買う店もある程度定まってくる。


 これで武器を持ち込んでの行進であったならばもう少しクイリッタの目も楽しめたのだろうが、半ばを過ぎる前に四歳になろうかという次男は完全にだれきってしまった。


 エスピラの手を掴んで足をつけたままぶらさがり、ゆらりゆらりと揺れている。


「まだいる……」


 エスピラは腕を引っ張ってしっかりと立たせるが、数秒もしないうちにクイリッタはだれてしまった。


 サジェッツァの鋭い目がクイリッタに行った時だけクイリッタが直立になるが、まただれる。幼い子ゆえ仕方ないと思っているのか、サジェッツァからの注意は無い。


「元老院議員も大変だな」


 エスピラはクイリッタを庇うために話題を振ってみた。


「これだけの軍勢に歓声を上げ続ける方が大変だ」


 サジェッツァが淡々と返してくる。


「でも、暇じゃないんだろ?」

「アネージモ様から嫌がらせを受けているとはいえ神祇官も忙しいだろう?」


「暇さ」

 とエスピラは肩をすくめた。


「何にも回ってきやしない。暇すぎて他の神殿で何が不満で何が満ち足りているのかを調べるくらいには時間があるよ」


 サジェッツァの目がエスピラにやってきた。

 それから、ゆっくりと戻っていく。


「飼い殺しか」

「そんな上等なものでも無いけどな。ま、余計なことをするな、余計なことを言うな。ってことじゃない? 仮にもカルド島の英雄だなんて持ち上げてしまったから無駄に警戒しなくちゃいけなくなったしな」


「ルキウス様と少し仲が悪くなったのも良くなかったな」

「タイリー様がルキウス様の評価を下方修正したのは私の所為では無いのだけどな」


「エスピラを重用しなかったからならば無関係とはいえないだろう」

「ま、そうかもな」


 エスピラの足元では「ちちうえをいじめるなー」と言いながらクイリッタがエスピラの足をぽかぽか叩いている。


 全くもって痛く無い。


「ちちうえは私がまもる!」とか言いつつ、叩いているのは父の足なのだ。本当に可愛い息子である。


「ヌンツィオ様は一応そんな争いごとからは一歩引いている方ではあったんだけどな」


 ヌンツィオは平民側の執政官である。


「だが平民に人気があり、会戦賛成派だ。昨年の妨害には関与しなかったが、会戦の必要性を訴えて当選している。政争をけしかける気は無いが、こちらが閑職に追いやられるならば庇いはしないのも当然だ」


 サジェッツァが淡々と言っている間に、クイリッタの「ちちうえをいじめるな」の声が小さくなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ