表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十九章
1538/1588

混乱の中で灯る光 Ⅲ

「クイリッタ様を弑逆するなんて真似を、突発的に?」

 ヴィエレがあり得ない、と声音で言ってくる。


 シニストラの視線もラエテルにやってきた。とことこと通り過ぎていったソルディアンナは、ヴィエレが連れてきた男達をとりあえず敷地内に入れて、防備を完成させようと考えていてくれているのか。図面とにらめっこしている。


「突発的、というと、少し違うかも知れませんが、計画的では無いと思います」


 言いながらも、こちらへ、とラエテルも家の中に移動し始めた。

 シニストラ、ヴィエレ、セアデラとついてくる。


「すみません。考えがまとまっていないので取っ散らかるかも知れませんが。

 えと。そうですね。まずは建国五門の中の有力者の内、今朝の時点でアレッシアに居たのはクイリッタの叔父上とルカッチャーノ様とティツィアーノの伯父上と」


 少し、言葉が途切れる。


「アスピデアウスの当主だけ」

 続きは、ぎこちなくなかっただろうかと俯瞰しながら。


「アグニッシモの叔父上は前々からフロン・ティリドに。タルキウスの三人は山登り、ジャンパオロ様はテュッレニアで北方諸部族の探りと父上の出迎えをしていました。ニベヌレスもヴィルフェット様がフロン・ティリド遠征に参加中。パラティゾの伯父上もそう。


 そして、父上も援軍としてフロン・ティリドへ。


 他の有力家門としても、スペランツァの叔父上はセウヒギオの祭典のためエリポスに。クーシフォス様もフロン・ティリドに居て、アレッシアにいるマルテレス様の血縁者は皆初陣前。


 有力者でも、アルモニア様は復帰が近いと噂されているとはいえ療養中。リベラリス様もフロン・ティリド。メクウリオ様はディファ・マルティーマ。親ウェラテヌス派の実務官もエリポスに派遣された者達やフロン・ティリドの援軍に連れて行かれた者も多く居ます。


 長くなってしまいましたが、叔父上を狙う、好機だった、のでしょう。


 これほど多くの者がいないことはそうありませんし、皆、秋には帰ってきます。それに、仮に計画が広がり過ぎて漏れ出していたら、焦りはあったかと」



 恐らくだが、話を漏らさないが参加を渋る者も居たはずだ。

 それこそ、この前来ていたサンテノ・ラクテウスも話は聞いていた人物だったのかもしれない。



「クイリッタの叔父上が憎い、殺したいのなら、今が好機です。

 ただ、叔父上を除いて自らがアレッシアで主流派になりたいのなら、ウェラテヌス派の主流も一緒に襲わないといけません。


 少なくとも、自発的に旗頭になり得る者達を残しておいては、内部に敵を抱えた状態で父上と戦うことになります。そもそも半島で父上と戦っても勝ち目なんてないのに、余計に窮地に陥るだけ。


 計画的な襲撃ならば、クイリッタの叔父上とレピナの叔母上あるいはフィロラード様を含むアルグレヒト、セアデラ、そして僕を殺し、母上を急いで別の家門に嫁がせるべく確保し、オピーマに何らかの圧を加えて屈させねばなりません。


 その策があったとしても動かしていないのなら、あるいは派閥の制御ができていないアスピデアウス派らしいと言えるかもしれません。


 好機を逃さずに事を起こしたと成れば、運命の女神の信奉者かも知れません。


 っと、最後の二つは、少し、飛躍が過ぎました」



 忘れてください、とラエテルは小さく言った。


「ただ、軍団を動かすことができていて、集結を待っているのならその限りではありません。逃がさない準備とも言えます。すぐに、外を確認しましょう」


 それから、と声を張る。


「カウヴァッロ様に伝令を。即座に軍勢を率いてアレッシアに駆け付けてください。父上には私が命を懸けて嘆願いたしますので、アレッシアに軍勢を伴ってくることも武装解除せずに入ることも何の罪にもなりません。尤も、間に合わなければかけるべき命も亡くなってしまいますが、と」


 別の奴隷と、視線を合わせる。


「イロリウスにも伝令を。『イロリウスの意地を見せろ』と。アグリコーラはアスピデアウスの監督地です。無事では済まないかも知れませんが、奪われてはなりません。市街戦に発展したとしても、此処を簡単に明け渡すことのないように。

 ペッレグリーノ様、イフェメラ様と二代続いた軍略が、三代も有効であると、同じ三代目として信じております、と伝えてください」


 あるいは、四代目か、と思う。

 すぐに、ウェラテヌスの旗頭が重要だ、と思い直しもした。


「一番、恐れるべきは」

 黙って聞いていたセアデラが重く口を開く。

「兄上を首謀者とされること、か。アレッシアの二頭様となっている体制が気に食わなかったとか、理由は何とでも付けられる。好機を逃さないのが運命の女神の教えなら、兄上とも結びつけられるし。私が突発的な計画の発動を御しきれなかった立場なら、そうする」


 迷いは、一瞬。

 この後に及んで、最早時間をかけて悩むことなどあり得ない。


「死ぬ時は、先に死んでくださいね」

 疑問を聞く前に、次を。


「大広場に行って、演説を行います。


 ウェラテヌスは今日の凶行を許さない、と。議場と言う話し合うべき場で暴力に訴えたそのやり方こそがアレッシアを否定する行為であり、父祖が積み上げてきたモノを無視する行い。対話を自ら捨てた態度であり、対話に応じた場で殺すと言うこともありうるのだと自らが示したのだ。相手を説得させられなかったら、思い通りにならなかったら殺す者であるのだと自ら宣言したのだ、と詰ろうと思います。


 うんと、そうですね。やっぱり、曾祖父様の名も使います。


 曾祖父タイリー・セルクラウスが尊重した元老院を蔑ろにし、祖父エスピラ・ウェラテヌスが守ったアレッシアを否定し、父上がいない隙にこそこそと動くしかできない者に、父祖の誇りと矜持と、何よりも魂を受け継いだ私が屈することは無い。


 このラエテル・ウェラテヌスが相手になる。

 文句があるなら、異論があるならかかって来い。諸君らの対話が暴力なら暴力で応えて見せよう。諸君らの対話が真に対話であるならば、最早語るべきことは何も無い。疾くと自ら牢に入り給え。


 諸君らが刃を向けたのは、我らが積み上げてきたアレッシアの歴史そのものだ!


 とか、どうでしょうか」


「良いですねえ。良いですねえ。一緒に戦いますよ」

 ぐ、とヴィエレが握りこぶしを作った。ぱん、と上腕を力強く叩いている。


「良い演説になると思いますが、広場はやめた方が良いと思います。数的不利が確実な時に、何も障害が無い場所で戦うのは、エスピラ様もマシディリ様も避けようとするはずです」


「うっ」

 ラエテルは、胸を抑えた。


「でも、此処で言ってみんなに伝えてもらうだけだと、演説の前から逃げているような気がしてしまうのですが」

 よよよ、と机に手を着きながら、言う。


(父上やじいじなら、なんか、こう、迫力で押せたのでしょうか)


 比べるモノでは無いと思いつつも。

 やはり、自分は非才だと言う思いは拭えない。


「家の前でも十分だと提言しておくよ」

 そんな時に頼れる兄弟に似た叔父が、静かに言う。


「既に注目はされているはずだし、時間が経つにつれて自邸に閉じこもっている有力者もウェラテヌス邸に探りを入れるだろうから。にわかには信じられないかも知れないけど、家の前で言うだけでも十分に伝わるはず。

 まあ、止めた形式を取るために、私やシニストラ様が必死に止める演技は必要だろうから、その打ち合わせぐらいかな。やらないといけないのは」


 それでしたら、とシニストラが渋々と言った様子で頷く。


 ラエテルが演説を行ったのは、ほどなくして。同じ内容を少しずつ遠くに行きながら、遠くになる度に誰かに回収される演技を加えて、何度も。何度も。アレッシアに浸透するまで行い続ける。


 ただし、肝心の暴徒達に伝わるのは遅かったようで。


 新たな火の手は、昼過ぎに上がってしまう。


「カッサリア邸に残っていたクイリッタ様の妻子が脱出した様子は、ありませんでした。恐らくは……」


 サルトゥーラからクイリッタが受け継いでいたようなモノであったカッサリア邸。

 新たな襲撃地点は、やはり私怨説を濃くするモノ。


「セルクラウス邸、オピーマ邸、アルグレヒト邸にそれぞれ連絡を。選択肢に、一緒にウェラテヌス邸に籠ることも伝えてきてください」


(リリアント様も? いや、でも、第三軍団の全ての家族を守ることはできないし。アビィティロは父上の相婿で父上の代理もできる人ですから。いえ)


 そもそも、伝令が無事にたどり着くかも分からない。

 悩みが尽きることは無く。


 昨日まで、次はいつ遊びに行こうかとか話していたのに、とラエテルは床を見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ