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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1533/1587

素直じゃなくて素直な弟

 アグニッシモから、元老院の招集も依頼する急使が飛び込んできたのは、夏の終わりのことであった。


 セウヒギオの祭典はこの前開幕し、エリポスは基本的に休戦期間に入っている。伴って、北方諸部族にも停戦の風習を伝えたばかりだ。


 無論、守れ、とは言っていない。

 不穏な動きを察知しているぞ、程度のつもりである。


(あそこも、いろんな家門の思惑が混ざってしまいましたからね)


 穏当な支配が続いているのは、カルド島やオルニー島。いずれも他の家門の思惑が入ることなくウェラテヌスやニベヌレスが監督している地域だ。


 となると、フロン・ティリドも基本は単一の家門による監督が望ましい。


(さて)

 いつもと違い、早めに家を出る。

 太陽はまだ登りゆく途中であり、パンを焼いている煙もあちこちで立っている時間だ。それでも、議場にたどり着くころには額にじんわりと汗が滲んでしまっていた。


「今日はお早いお着きですね」


 わざわざ立ち上がり、礼をくれたのはセルレ・アステモス。数少ない他の顔ぶれも、報告で聞いたのと同じモノ。大抵は同じような時間に来ているらしいのだ。早出の者の中には、アビィティロもいる。グロブスは中頃来るとのことだ。マンティンディはまちまちらしい。


 そして、愛弟であり二頭様と呼ばれている一角であるクイリッタは、今日も変わらず報告通りの早い時間に議場にやってきた。


「兄上」

 ぴく、とクイリッタの顔が動く。

 マシディリは首を傾け、議場の端に弟を呼びつけた。


「どう思う?」

 アルビタとティベルディ―ドが人払いをしている一角であるが、声量を落として一言。


「兄上の考えている通りでしょう。アグニッシモは、援軍を必要としていませんよ」


 夏の間に軍事行動は起こさないのが基本だ。

 その上、苦戦していると言う報告も無い。マシディリは道路整備やアレッシアの区画整備に注力しつつ、フォマルハウトが持ってきた膨大な情報も読みこんでいた。クイリッタもセウヒギオの祭典に集中している。


 どれもこれも、フロン・ティリド遠征は放置しても問題ない状況になったからこそだ。


「愛いやつだ」

 感情のままに微笑む。

 クイリッタも、厳しい顔を維持しようとしているようであるが、少し崩れていた。


「ようやく普通の政治家くらいにはなったと言うだけです」

「誰かの入れ知恵だと思うかい?」


 クイリッタから、ため息がやってきた。


「あの愚弟らしいのでは? 兄上が来てくださったからこそ達成できたのです、なんて、見え透いた世辞を使うだなんて。まあ、アグニッシモが兄上の忠実な配下であると世界に知らしめることができますから。あの愚弟にしては悪くない手だと思いますよ」


「素直じゃないね」


「兄上の手を煩わせたと言う結果でもあり、今後の遠征があったとして毎回兄上を呼ぶのかと言いたくもあり、そもそもとどめの段階と油断して足元をすくわれないかとか。まだまだ考えが浅いと言いたくもなります。だいたい、軍団を動かすためにどれだけの財が懸かるかが分かったはずなのに、援軍要請だなんて。しかも大々的に元老院の開催を要求するようなことをしでかしてですよ。緊急でも無いのに。

 ただ、……まあ、成長したな、と言ってやっても良いんじゃないでしょうかね。ようやく一人前になったなと言ったところですが」


 相変わらず、素直じゃない。

 いや、早口でまくし立てておきながら、最後だけ歯切れ悪く言ってしまうのは一つ回って素直すぎる状態か。


「よくやったって言っていたって伝えておくよ。もちろん、元老院の招集はやり過ぎだとは言っておくけどね」

「別に、言わなくて良いのでは?」

「どっちを?」


「…………前者以外にないでしょう」

「分かった。後者を伝えないでおくね」

「兄上!」


 笑いながら、肩を竦める。

 クイリッタの言葉は右から左へ、だ。


「ま、クイリッタとも意見があったわけだから。プラントゥム以来の一千だけを連れて行くよ」


 元老院の招集までかけられた以上、少し警戒していたのは事実だ。

 それでも違うとの見解が長弟とも一致したのなら、躊躇うことは無い。


「いえ。兄上。第三軍団を全員連れて行くべきだと思います」


 だが、見解は僅かに違ったらしい。


「要らない援軍だと悟った者もいるでしょうが、援軍を求められたのは事実です。ならば、軍として動かすのが筋。兄上の力で、と示すのにも役立ちますし、アグニッシモは必要としていなかったと言うのにも支障はありません」


「余計に物資を食うことになるけどね」


「元老院議員に返り咲きたい卑しき者達が必死に買い集めた物資は既に北方に移動させています。テュッレニアに入れた物はそのままに、アルシリビニアに入れた物資を転用されては如何でしょう」


 アルシリビニアは、都市アレッシアとテュッレニアの道中にある都市だ。干潮時には陸続きになる島が近くにあり、港もそれなりに整備されている。


「北方諸部族の睨みに対しては、ボルセラーナから運び出すだけでも十分です。量も、距離も」


 ボルセラーナはアルシリビニアよりも内陸にある。テュッレニアに至り、そこから北方諸部族の住まう地域へと抜ける主要街道に位置する植民都市だ。


「あるいは、北方諸部族から忠義の確かめとして一部物資を供給させるのも有りだと思います」

「そうだね。ラエテルとセアデラのためにも、計画は練っておこうかな」


 復帰した元老院議員は多く無い。

 そして、復帰できずともアレッシアに戻ることを許された者はいる。彼らの中から、挑発に向いていそうな者を選抜し、煽り、やる気にさせて送り出すのもありだ。


「北方諸部族に対して調整することになったとしても、あるいはフロン・ティリドで何かが起こっても対応できるような布陣にはしておくべき、か」


「ええ。兄上が直接赴いて万が一があってはいけませんから。ああ、もちろん、統治に関して、です」


「その付け加えで、むしろ不吉になった気がするよ」

「申し訳ありません」


 ひょい、とクイリッタが肩を竦めた。

 マシディリも、別に本気では言っていない。


「基本は、いつも通りかな。

 軍団長補佐筆頭にアビィティロ。軍団長補佐にグロブス、マンティンディ、アピス、ルカンダニエ。騎兵隊長は廃して、重装騎兵隊長としてウルティムス。軽装騎兵隊長にクーシフォス。副官にパラティゾ様。他にもアスバクとか、一部の護民官出身者を連れて行くよ。

 アレッシアはクイリッタに任せるから。頼むね」


「一部の馬鹿が大騒ぎして功を取られるとうるさくなりますので、第四軍団の編成と招集を認めることになっても良いですか?」


「今回の派兵は北方諸部族と矛を交えるモノでは無いと宣言しておくよ。北方諸部族が仕掛けてこない限りは、ね。

 それから、改めてティツィアーノ様にラエテルとセアデラの初陣の話をしておこうかな。明日明後日にも、ティツィアーノ様を交えた晩餐会を開くよ。クイリッタも空けといてね」


「兄上の頼みなら」

「それから、その場ではあまり参加者の娘に手を出さないようにね。評判悪いから」

「何を今さら」

「クイリッタ」


 愛弟からは、大きなため息が一つ。


「遠征後にはサンテノ様やセルレ様とも会談の場を設けてもらうから。秋口には、と約束してしまったしね」

「その頃まで彼らの存在価値があれば良いですが」

「クイリッタ」


「道路整備で、兄上の意思がそのまま出力された方が速く質も良いのが証明されました。カナロイアやメガロバシラス、ジャンドゥール、マフソレイオとの外交もそう。むしろマフソレイオは兄上の息がかかった者以外との交渉を拒絶している節もあります。

 彼らから見て元老院は、兄上の意見を否定しかしない者達と映っていてもおかしくはありませんよ」


「アレッシア国内で意思が変わってこそ、だよ。焦る必要は無いさ。既に多くの人が私の意見を求めてきているも同然だからね」


 この前のサンテノもそうだ。

 クイリッタのことについて、マシディリに相談に来ている。マシディリの意思を確認してから、どうするかを決めようとしていたのだ。


「父上やアグニッシモの言葉を借りるなら、一歩ずつ、かな」


「愚弟に諭されるとは」


 クイリッタが吐き捨てる。

 その顔は、少し微笑んでいるようにも見えた。

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