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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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ささえるもの Ⅱ

 アグニッシモ責任論の形成は、クイリッタがアグニッシモを厳しく評価していることにも起因しているのだ。そして、それを見逃しているマシディリも同罪である。



「息子も、ヴィルフェット様やスペンレセも聞いたことがあるそうです。アグニッシモ様の責任にされていて、よろしいのですか、と。そうしたら、アグニッシモ様は一切躊躇わず「おう」と答えられたと


 時に笑いながら、時に難しい顔で手紙を書きながら、特に食事を続けながら。責任を取るのが上に立つ者の責務だと躊躇いなく続けられ。マシディリ様やクイリッタ様には愚痴をこぼしていないか、と息子は気にしておりました」


「アグニッシモが自分の評価を気にしているようなことを聞いたことはありませんよ。クイリッタの言葉を借りるなら、元老院のことを気にしなさすぎる、ほどに」


「その豪快さと抜けているところがアグニッシモ様の魅力なのです」

「抜けているところ」


「ええ。人間だからこそ、誰にでも弱みはあります。エスピラ様も、今日多くの者が言うほど優れた方ではありませんでした。ですが、エスピラ様はまさに、この人に着いて行きたい、この人であれば安心だ、神意を知る方だ、と思える方です。


 私はマシディリ様の子供の頃を知っておりますから、どこかで守らねばと言う不遜な意思もありますが、周囲から見たマシディリ様はエスピラ様と同じような方でしょう。時には自らの行く末を照らす松明であり、時にはよりかかれる大木、とでも言うべきでしょうか。


 ですが、アグニッシモ様は少し異なります。豪快さに心地良さを覚え、一種気が楽になるほどの割り切った方でありつつ、自分達が支えないと、と思わせることの出来る方。それもまた、上に立つ者の資質でしょう。


 そして、誰よりもマシディリ様のことを敬愛している。


 フロン・ティリド遠征が成功に終われば、ウェラテヌスはより盤石になります。二方面、三方面同時に遠征も出来るようになると思えるほどに。クイリッタ様とアグニッシモ様と言う絶対の信頼を置ける弟二人が、実績も手に大海に漕ぎ出す訳ですから」



「ありがとうございます」


 手で奴隷を制し、アルモニアのために水を注ぐ。

 遠慮するアルモニアには、私の自己満足です、と微笑み返した。


「やはり、アルモニア様には一日でも早く良くなってもらい、復帰していただかないと困りますね」

「息子は、第七軍団の調略・情報収集の才にも目を見張ってしましたよ」


「私が遠征軍の仲を不安に思っていると見抜き、話してくださったのでしょう?」

「事実以外、話しておりません」

 口角を上げ、頬を緩めながらアルモニアが小さく頭を下げた。


「手紙には書いてはいませんでしたが、息子も夏前は不満も多かったようです、と言っておいた方が安心いたしますか? 今では、マシディリ様の策を成功させ、抵抗勢力を民草に紛れ込ませないようにする準備期間だと見抜けなかった私が未熟でありました、と言っておりますが」


「アグニッシモの練習だったのも事実ですよ。それに、疑心暗鬼の結末を見せることでラエテルやセアデラに教訓にしてもらえれば、とも思っています。二人は、父上の事績だけではなく、私の遠征記録も見てくれていますしね。

 なので、私益もあってのことなのです。だからでしょうか。やはり仕事の多さ、偏りに思うところが無いかが気になって仕方がないのは」


「息子は頼られている証拠であると息巻いております。他の者の不満も、ある意味ではアグニッシモ様に裏表が無さ過ぎますので、実力なのだと歯噛みしているくらいであると。

 老婆心ながら、仮に是正しようとされるのであれば、マシディリ様からの介入という形にした方が、今後のウェラテヌスのためにもなると具申させていただきます」


「そうですね。『軍団の』高官な訳ですから。戦う方では是非に、と送ってみます。私も力を見たくて引き立てたのだともつけて。ついでに、対象とする高官にも手紙で伝えておきますよ」


 対象としない者にも謝罪と共に伝えておいた方が良いですね、とも思う。


「他には何か、アルモニア様の中に気掛かりはありますか?」


 少しでも病を助ける憂いを取り除きたいですからね、と微笑み、アルモニアから水を受け取る。陶器はそのままアルモニアの横にある机へ。マシディリ自身も椅子に戻る。


 インフィアネの奴隷は、マシディリとアルビタにも切ったりんごを出してくれた。切り方は、普段ウェラテヌス邸で見るのと同じ大きさ。アルモニアのために切られた物の六倍くらいの大きさで切られている。


「アスピデアウス派の失敗の一つに、エリポスで成功したエスピラ様を強引に剥がしたことがございます。


 私の力不足故でもありますが、最早ティツィアーノ様がエリポスとの繋がりを持ったことは切りようがございません。ならば、むしろドーリスとの手打ちはティツィアーノ様に任せ、アフロポリネイオへの追及も任せてしまっては如何でしょうか。


 代わりに、カナロイアとメガロバシラスとの会談はマシディリ様しか行わず、ジャンドゥールともウェラテヌス派の者が関わり続け、影響力を維持されるのが吉では無いかと思います。さらに踏み込むのであれば、ビュザノンテンの整備をクイリッタ様以外の弟君に任されては如何でしょうか」



 言葉にしたいことはいくつかある。

 そして、そのほぼ全てに、恐らくアルモニアと共有している答えもあった。


(素直に)

 人の意見を聞くところにも、父が一気に勢力を拡大し、三弟が上に立つ者として相応しいと思われている所以があるのだ。


 とは言え。


「ビュザノンテンの整備をするのなら、クイリッタに任せたいと思います」


 出来れば曲げたくない思いも、ある。


 アルモニアの表情は、まるでマシディリがそう言うことを予期していたかのようなやさしいモノ。

「ディミテラ様とサテレス様ですね」

 クイリッタの最愛の女性と、愛息だ。


「はい」

 隠すことでも無いのですぐに認める。


 アレッシアのために最愛の女性を呆けた老人に嫁がせもしたのだ。ならば、これから先はできうる限り一緒の時間を過ごしてほしいと願うのが、兄心である。


「私は、呼び寄せて問題になる方がよろしいと思います。カッサリアの主導権など、ティツィアーノ様に渡してしまっても構わない、とも」

「クイリッタが正妻に気を遣っているのも事実です」


「チアーラ様とスペランツァ様は十分に伴侶への情を見せております。フィチリタ様もオピーマに溶け込もうと頑張っているのは誰もが知っておりますし、レピナ様は愛人を作らないでしょう。セアデラ様も、実像と虚像両方のエスピラ様を追っているため、心配は無用です。


 弟妹への影響は、考えなくても問題無いように思えます。批判も、敵対するティツィアーノ様への利益となれば矛を鋭くし続けることは厳しいでしょう。


 なれど、ビュザノンテンの強化を求めてしまえば、その踏み台を作ってしまえば、クイリッタ様の利益にしかなりません。一方ではアレッシアの壁の破壊を求め、一方でビュザノンテンの壁を強化する。壁の破壊を認められるアレッシア人は多く無く、どちらも認められる者はどれほどいるのでしょう。


 エスピラ様の神格化に関しても、まずは半島から始めるべきことであり、ビュザノンテンで実施されかねないと言う不安を抱かせる時点で大きな負の要素であるとしか言えません」



 非常に真剣な声だ。

 先程までやさしさが入っていた場所を、気概が埋めている。


「ビュザノンテンでは、もう半ば神のような扱いですよ」


 時折、セアデラやラエテルを差し向けたが、居座るのは叔母(カリヨ)だ。

 抑えきれるものでは無いのは、分かり切っている。


「マシディリ様。フロン・ティリド遠征につきまして、アスピデアウス派の者が何度か援軍の話を元老院で持ち出されていると聞いております」


 少し前の議場では、セルレなどの、一昔前だと「良識派」と一種の侮蔑を込めて言われていた派閥に入るであろう者達も言っていたことだ。


「裏に潜むのは、ウェラテヌスへの反感だと気づいているのではありませんか。

 援軍は物資を食うだけ。物資を食えば、現地部族の反感を余計に得てしまいかねません。それに、賄うために使われているのはウェラテヌスの財です。


 現地部族との関係を破壊し、ウェラテヌスの体力を削り、なおかつ自派の人間をねじ込めるかもしれない状況を作り上げられる。


 これが分からない者であれば敵ではありませんが、分かって言っている場合、明確に狙われております」


「その槍を突き出されないために、ティツィアーノ様がいます」

 返しはするが、アルモニアの懸念も尤もであった。

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