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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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ささえるもの Ⅰ

 わざわざ出迎えに来た奴隷に、申し訳なさを覚える。

 間隔も角度もしっかりと調整された調度品に、ますます申し訳なさが重なった。


 それは、寝室には不要な色味と不要な箱、何よりも積み上げられた書類を見て、より深くなる。


「お見舞いに来たのですから。ありのままで良かったのですよ」


 眉を下げ、謝意をたっぷりと込めながらマシディリは言った。

 これまで見たことが無い重ね着を見に纏ったアルモニアは、寝台の上で体を起こしている。


「そう言うわけには参りません」

「アルモニア様」

「マシディリ様が私のことを慕ってくださっているように、私にとってもマシディリ様はエスピラ様のご子息以上の意味がございます。私の自己満足に付き合ってはくれませんか?」


 マシディリは、嘆息した。

 そう言われてしまえば、もう何も言えない。


「アルモニア様の調整能力が、ただただ欲しい限りです」

「フロン・ティリド遠征とエリポスへの派遣人員で人材が減っているからこそ、一人でも味方が欲しいと思ってしまっているだけですよ」


 アルモニアが柔和な笑みを浮かべた。

 見舞いの目録を奴隷に渡し、手にしていたりんごを三つ、机の横に置く。


「フラシで採れたばかりのりんごです。今が、一番おいしい時期ですよ」

「エスピラ様もメルア様も、りんごが大層お好きでした」


 懐かしいですね、とアルモニアが目を細める。

 その内の一つが奴隷の手に渡り、奴隷がりんごを切り分け始めた。ウェラテヌス邸で出る時よりも小さく切り分けられている。


「歳は取りたくないものですね。昔は長期遠征を行い、初めての土地で交渉を続けても平気だったのに、今や緑のオーラ使いに治してもらっても、次から次へと。


 いえ。エスピラ様が素晴らしかった、と言うことでしょうか。


 マルテレス様のオーラ量も常人には真似できぬほどのモノではありましたが、エスピラ様をそれを児戯のように消された、と聞いております。それで我らを守ってくださっていたのでしょう」


 見て見たかったなあ、と他人に対してアルモニアが使わなさそうな口調でこぼしている。

 フェリトゥナの発熱頻度を思えば、マシディリも同意せざるを得ない加護だ。来年で弟妹が全員成人するのも、父がいたからこそと言えるだろう。


「弱気は、病の友とも言いますよ」


「ふふ。いいえ。マシディリ様。懐かしい夢を毎日見て、活力を頂いているのです。あれだけの苦境があり、全てを乗り越えてきた。対して今は別荘でゆっくりと出来る環境がある。何を負けることがあろうか、と、そう思えているのですよ」


「その調子です。まだまだ働いてもらわねば困りますから」

「やはり、マシディリ様が一番ウェラテヌスの当主に向いております」


 アルモニアが楽しそうに笑う。


「エスピラ様の最大の長所はその目にあります。エリポス遠征軍での度重なる抜擢と、伝令部隊の作成。今や伝令部隊出身者はアレッシア軍団の中核を担う人材ばかりとなりました。

 加えまして、ウェラテヌスの当主候補も、今となっては素晴らしい決断の数々です。


 功を積み上げているクイリッタ様を早々に候補から外し、リングア様も明確に候補に挙げないままで終わらせ、マシディリ様に何かあった時はアグニッシモ様を中継ぎと表明された。


 正直に申し上げますと、マシディリ様に何かがあった場合は、クイリッタ様が当主をやればよろしいのでは無いかと思ったこともございます。ですが、ウェラテヌスの当主として大木であり続けるにはアグニッシモ様が適任でございましょう。


 そして、何よりもその大きすぎる期待に、十分どころか上回る活躍で応えたマシディリ様も素晴らしい。エスピラ様が自慢を続けたのも良く分かります」


「父上も私も、アルモニア様を頼りにしていますよ。

 と言うことは、なるほど、アルモニア様もまた素晴らしい人材だと言うことですね」


 アルモニアが楽しそうに肩を揺らす。

「ウェラテヌスに賭けて正解でした」


「アルモニア様ほどの方に賭けていただける魅力を、これからも維持、発展させていきたいと思っています」

「心配はしておりませんよ」


「リベラリス様も、ウェラテヌスに賭けていただけそうですか?」

「御心配なく」


 やはり、とでも言いたげな表情で、満足そうにアルモニアが頷く。

 昨年よりも肉の落ちた腕で、アルモニアが紙の束を手に取った。


「息子はやりがいを感じているようです。尤も、最初は言いたいことをどれだけ言って良いのか図りかねていたようですが、アグニッシモ様であれば素直に全て言った方が上手く行くとだけ伝えさせていただきました。アグニッシモ様は、何か言っておりませんでしたか?」


「最初は文句ばかりでしたよ」


「はは。息子はマシディリ様をよく見ておりましたし、私が語るのもエスピラ様でしたからね。アグニッシモ様の良い点では無く、至らぬ点に目が行ってしまっていたようです」


 申し訳ございません、とアルモニアが謝る。

 マシディリも、アグニッシモが厳しいことばかり言ってしまったようですみません、と謝った。


「ですが、リベラリス様には大変助けられました。率直に申し上げますと、交渉の才はアルモニア様には及びませんが、軍事指揮官としての才はエリポス遠征時の第一軍団高官と比べても上位です。特に作戦理解と現場への落とし込みは、誰もが出来ることではありません」


「ありがたいお言葉ですが、息子の言葉を借りるならマシディリ様が指針を立てていたから出来たことにございます。


 抵抗勢力とて空腹は覚えますし、性欲を抱え込むことはあります。そこを突いて生活を守る側をアレッシア、脅かす側と抵抗勢力とするのが第一段階。そうして、抵抗勢力に対する認識を、『一種の纏まった集団』にするのが第二段階。内部を切り崩して和を請う者を出すのが第三段階。


 最後に、功を焦る者を焚きつけ、こざかしい者達には和を請うふりをしてからの襲撃をさせるように仕向け、仕上げとする。


 義にもとる行動を取ったのは抵抗勢力となり、中道で揺れていた部族の者達も、抵抗勢力を見捨てざるを得なくなりました。


 それもこれも、情報統制の中にアレッシア人を紛れ込ませる策も同時に進行していたからこそ。後処理として、各部族を守る者や戦い方を教える者が必要となり、アレッシアが浸透していくのも、支配のために大事な方策です。


 そこまで見据え、エリポスに関する話もされていたのでは、とリベラライスが畏怖していました。メガロバシラスは軍団を制限され、ハフモニは軍団を持てないことにされているのに、フロン・ティリド諸部族は軍備を認められたと言うのも、自尊心をくすぐる手となり、マシディリ様への信頼が目に見えてわかる、とまで申しております」


「持ち上げすぎですよ」

 今度新鮮なイチジクを持ってきますね、と冗談めかして笑う。


 ハフモニで採れるイチジクは、即座にアレッシアに運ばないと生の状態では美味しく味わうことは出来ない。そして、それだけのことをやろうと思えばできてしまうのが、今のウェラテヌスだ。


「私は、机の上で描くだけ。実行する方が何倍も何十倍も何百倍も大変です。

 私の理想論を現実に起こしたのはリベラリス様やヴィルフェット、スペンレセ達がいたからこそ。当然、取りまとめたアグニッシモも優秀な指揮官と言えるでしょうね」


「豪快だが支えたくなる指揮官。フロン・ティリド遠征組の中ではアグニッシモ様はそう言われているそうです」


「そうなのですか?」


 マシディリも、フロン・ティリド遠征に従軍している高官全員に対し、一回以上は手紙を送っている。主には不平不満が無いか、欲しい物は無いか、と言ったことを聞いているのだ。その中では、アグニッシモへのそのような評価を聞いたことは無い。


 尤も、指揮系統の混乱を避けるため、作戦の指示はアグニッシモを通じてしか送らないようにしている。大事なことはスペンレセにも送ることもあったが、基本はアグニッシモからしか発しない。

 そのようにしているため、書くことでは無いと思われたのかもしれない。


「フロン・ティリド遠征での不手際は、ほぼすべてがアグニッシモ様の責任のように論じられていますからね」


 アルモニアが、痛いことを言う。

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