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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1522/1588

ギジョウ Ⅰ

 目を向けずに視線の主を探しながら、マシディリはファリチェの報告に耳を傾ける。

 視線の主たちを覚えていっているが、耳は真剣だ。しかしながら、内容はマシディリの方が詳しいとも言える話。即ちフロン・ティリド遠征について。どちらかと言えば、マシディリからした共有に齟齬が無いかを確認しているに近い状況である。


(さて)

 周りはどう思うでしょうか、と眼球を動かさずに思う。


 今日のマシディリは定刻の際で議場にやってきたのだ。此処しか知らない議員であれば、マシディリが何の打ち合わせもしていないように見えるかもしれない。隣に座るイーシグニスにも何も言わず、伴ってきたアルビタも当然無言。珍しく伴っているフィロラードも、当初は観察の対象だったが、護衛に加えた義弟がどこにも行かないことが分かると興味が減っていったようである。


 無論、ファリチェは開始の十分ほど前に来たのは知っているほどに、マシディリは情報を得ている。朝一で打ち合わせを行ったクイリッタも、いつも通り早く来ていたようだ。


「一つ、よろしいか?」

 中老の男が、ファリチェと同じ中央へと降り立つ。


 セルレ・アステモス。たたき上げだ。祖をアスピデアウスからの解放奴隷に持つ、アスピデアウス派の元老院議員。第二次フラシ戦争でも最初期から駆けずり回った男なだけあり、今も瑞々しい筋肉を持つ、立派な漢だ。


 同時に、ウェラテヌスが私腹を肥やしていたようなアスピデアウス派の議員を排除していったからこそ椅子がまわってきた男であり、マルテレスの反乱に端を発するオピーマ派の離脱によって空いた席に座った男である。


「夏を越え、収穫が迫る作物を守るためにと言っているが、本格的な会戦に移行したのは、前年度のマシディリ様の遠征が失策だったからでは?」


 眉を顰めた者の中には、アスピデアウス派もいる。不機嫌を現したのはウェラテヌス派の者だけでは無い。余計なことを、と言いたげな者も居て、セルレでは無くマシディリをちらちらと伺う者も少なくは無かった。


「抵抗勢力の発現に関して、マシディリ様の影響が無かったとは言えませんが、考えうる最悪な事態および昨年の成果を全て無視するような発言でもあることはご留意いただきたい、とまず、申し上げます」


 落ち着いた声はファリチェのモノ。

 セルレも、敵意を浮かべることなく頷き、続きを促している。



「マルテレスの反乱にて、我らよりもマルテレス側の接触の方がフロン・ティリドの各部族に容易に出来た環境であり、事実、エスピラ様の死後、フロン・ティリドの部族に襲われたのは我々です。


 いわば、フロン・ティリド全てが敵に回る恐れがありました。その場合は、現在の何倍もの兵力となり、襲い掛かってきたことでしょう。


 しかしながら、現在はフロン・ティリド内に拠点を持ち、物資だけではなく情報も手に入れられている状況。特に、プラントゥムとの境目となる山地付近は、アレッシアの直轄領とも言える地になっております。


 強力な基盤と、多くの協力者。特に現地部族の支配者層とは、抵抗勢力を共通の敵とすることができております」



「昨年の遠征に成果があったのは事実だとは、某も認識しております。しかし、言いたいことは持ち上げすぎでは無いか、ということ。フロン・ティリド遠征が長引きそうなのは事実であり、抵抗勢力が三万とも五万とも言われているのも事実。対して、アレッシアが派遣している兵力は二万。認識が少々甘いのではありませんか?


 もしも二万で足りると言うのが、見栄を張った結果の数字だと言うのなら、即座に援軍を送るべきであると、執政官殿には進言いたします」



 セルレの目がマシディリにやってきた。

 見栄とは何だ、とセルレの後ろで別の議員が毒づく。セルレは、相手にした様子が無かった。



「第七軍団の中核はエスピラ様が育て上げた旧伝令部隊出身者であり、随伴する軍団も実力者揃い。何より、アグニッシモ様の武功は言うに及びません。例え数が多くとも問題はありません。


 それから、誤解があるようですが、アグニッシモ様は少数で多数を打ち破る英雄的な戦いを好む方ではありません。例え敵の総数が多くとも、その場その場では多数を形成して少数を打ち破る戦いを得意とする方。下手な指揮官の増加は、アグニッシモ様の柔軟性を損なう可能性が高く、弱体化を招くと私は考えております。


 それから、昨年のフロン・ティリド遠征が大成功であったとは民会も思うところ。凱旋式の打診を元老院に上奏する話もありましたが、立ち消えたことを付け加えさせていただきます」



 最後の言葉は、議場の空気を見て付け加えたようだ。


 思いながら、じっとファリチェとセルレを見続けているサジェッツァの観察にも入る。瞬きが減ることも増えることも無く、背筋はいつも通りぴんと伸びている。指先だけが重なるように置かれた手は、不要な力が入っている様子は無かった。


「あくまでも夏までの戦い方の話ではござらんか?」

「夏までの戦いが実例となっただけです」

「もう一つよろしいか」

 訊ねる形を取りつつも、質問では無い。


「敵が烏合の衆であるならば、指導者も多いはず。援軍を派遣するのが吉と見ますが、如何に? また、その場合は両執政官のいずれか、執政官が出ないのであれば、ティツィアーノ様と第四軍団を新たに派遣されるのは如何か。


 アグニッシモ様とは東方遠征を始めとして戦陣を共にしたことがあり、今年に限れば明確な上下が無い。別動隊としても、新たに作るにしても、問題なく過ごせると思うが」



「ごり押しだな」


 嘲笑の響きが、議場に良く通った。


 笑っているのはクイリッタ。同意を求めるような視線の先はティツィアーノ。当のティツィアーノは、クイリッタを睨んでいる。

 セルレもまた、クイリッタに険しい視線を飛ばしていた。


「何か?」

 笑みを変えず、両手を広げて正中線を露わにしながらクイリッタが問い返す。


 セルレの鼻筋が引くついたのが良く見えた。拳も硬い。だが、何も言わず、険しい視線を体重をかけて引っ張るように強引に外している。


 セルレの二人の娘は、どちらもクイリッタにお熱だ。その恨みが無いと言えば、嘘になるだろう。


 いや、セルレだけでは無い。


 夫はクイリッタの政敵でも、兄弟がクイリッタと反目していても。

 それでもクイリッタと関係を持っている女性は、多いのだ。


「だらしが無いのは、私生活だけでは無いようだな」

 低い声はティツィアーノのモノ。


 ティツィアーノの娘とクイリッタの息子の婚約が結ばれているため、その内、縁戚になる間柄だ。が、一方で家が力を失っても結婚を強行したティツィアーノはクイリッタと対照に見られているのも事実である。


「だらしが無ければ、そこら中が私の子供だらけですよ」


 失笑。

 しかしながら、マシディリが評価している者には、派閥を問わず一切笑みが無い。


「エリポス遠征の時もそうでしたが、どうやらアスピデアウス派と言うのは無理にでも自身の利権をねじ込むのがお好きなようだ。そうでしょう、セルレ・アステモス。アグニッシモとの連携であれば、普通はスペランツァや私の名をあげるものでは?

 アグニッシモの上につけるとすれば、それは両執政官だけであり、役職を除けば兄上を除いて他にはいない。それとも、サジェッツァ・アスピデアウスでも引っ張り出しますか?」


 クイリッタの手のひらが、サジェッツァへ。

 能面のまま、サジェッツァの口だけが開いた。


「『励め。エスピラも、活躍を見守っている』」

「あ?」

「父上が関わるとすれば、そのようにアグニッシモ様に伝えるだけだと仰せなのです」


 パラティゾがにゅうわな声を出した。

 サジェッツァの言葉が不足していたのは、今回に限ればわざとだろう。

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