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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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炎碧密談 Ⅳ

 遠回しな言い方は、エリポスのやり方だ。回りくどく言い続けるのは一種の芸術に通ずる文化とも言える。

 が、マシディリの好むところでは無い。


「陛下に抗する軍団が欲しい、と言うことですか?」


 それでも、礼儀に似たモノだ。

 マシディリも、このやり取りに付き合うしかない。


「私の部隊ではありませんよ。ユリアンナに親しみを覚えている軍団です。それで良いですし、私としても父上の機嫌を損ねて王太子から外されるのはまっぴらごめんですからねえ。

 それに、カナロイア国内の治安維持部隊では無く、諸国へ派遣する部隊です。戦闘に来たわけでは無いと示すために、あえて目立つ格好をする、特別な部隊ですよお」


「軍事力ですよ」

「経験豊富な老兵をくーださい、と言う話です」


 ぐ、とマシディリは眉間に皺を寄せた。


 フォマルハウトは腰から上を左右に揺らしている。あわせて髪が、ゆら、ゆら、と動き、椅子がかすかに音を立てていた。静かな空間で無ければ聞こえない程度の音である。その内、髪の毛の音が聞こえそうでもあった。


「後に公式名称も第一軍団となるエリポス遠征軍には、当時十五歳の兵も多くおりました。二十七歳になる軍事命令権保有者のみならず、非常に若い、急造な軍団です。


 しかし、彼らの生存率は驚異的な数値を叩きだしていた。

 マールバラと戦ったことのある軍団としても、十年間戦い続けた軍団としても最高の数値です。


 ああ、失敬。マルハイマナ戦争から東方遠征にかけての義兄上の軍団の生存率とさほど変わらないですかねえ。これは失礼失礼。義兄上を軽んじる様では、笑っている元老院と同じだ。気づいたら、クイリッタ様に組み伏せられてしまう」


 声だけは楽しそう。顔は色の抜け落ちた不気味な笑みで。

 フォマルハウトが、左右の揺れを止める。


「二十年間戦場に立ち続けた兵、と言えば、皆が老兵と思うでしょうから。そこでお出しされるのが四十半ばの兵であっても、嘘ではありませんよぉ」


「第一軍団が欲しい、と」

「うい」


 第一軍団はマシディリにとっても扱いの難しい軍団だ。


 能力で言えば間違いなく未だアレッシア最高峰の軍団である。団結力も高く、兵一人一人の作戦理解度も高い上に、無駄な詮索もしない者達だ。忠誠心も高い。

 が、その忠誠心はエスピラ・ウェラテヌス個人へのモノと言う色が濃いのも事実。


 マシディリのことを幼い時から知っているが故に他の軍団が抱いている上下の感覚とは異なるモノを持っており、現在のウェラテヌスの主力高官である伝令部隊出身者に対しても、戦場に立てない頃から知っているがために若造だと言う認識がどこかにあるのだ。


 そして、ピエトロやカリトンと言った高官だけではなく、百人隊長や十人隊長も既に隠れている者やもう動き回れない者が多い。即ち、制御の利きにくい軍団にもなりつつあるのだ。


「互いに利がありませんかぁ?」


 フォマルハウトの顔が、にゅ、とやってくる。

 下からのぞき込むように。やけに、目が丸く大きく見えてしまうほどに。


「まだ働ける第一軍団の者を、ウェラテヌスの傍で働かせることができる。しかも、マシディリ様からは距離がありつつも、マシディリ様の大事な妹を守ると言う心理的な距離は近い仕事です。第一軍団の者達としても、女性であるユリアンナが直接戦場に立つことはそうそうなく、思い通りに、エスピラ・ウェラテヌスの幻影のみに従えば良い。


 そして、私も大樹の陰に隠れ、日差しを避けられる。


 エリポスで変事が起こった際も、ユリアンナの無事は確実であり、ユリアンナが動ける可能性は高いでしょう。ソルプレーサがいれば代理の高官も問題無し。


 表向きの用件としても、第一軍団程工兵として優れている軍団はそうは無く、駐屯経験豊富な軍団はありませんよ。

 故に、カナロイアの治安維持部隊は即座の復興と駐屯先での問題への対処能力を養える。戦う軍団では無く、守るための軍団になれる。


 義兄上に刃向かいながらも義兄上に許された者達の受け皿としてのカナロイアに、より、現実味が増すのではありませんかあ?」



 フォマルハウトの口は、此処まで大きかっただろうか。

 そう思えるほどに開かれた真っ赤な口が、ゆっくりと閉じられていく。


「うますぎる話ですね」


「マシディリ様にも不利益はありますし、お互い様ではありませんか」


 フォマルハウトがお茶を一口。

 その間を持って、再びフォマルハウトの口が開く。


「警戒されるのであれば、その内恩を覚えていただければ幸いですよ」

「エレスポント島の実効支配を許さないための監視、と私が言い触らすかもしれませんよ」


「であれば、それを以てこれ以上の内政干渉はやめていただきたい、との態度にして、要求を突っぱねることもあるでしょうね。でも、その時に見捨てられなければ、それで。こちらとしても東方諸部族と事を構えたくはありません。イパリオンと戦うのも以ての外。


 陸路からはメガロバシラス、ジャンドゥール。海路に潜むのはマフソレイオ。良港を睨むビュザノンテンに、世界最大かも知れないウェラテヌス海軍がディファ・マルティーマに控えている。


 一方でドーリスやアフロポリネイオは同盟相手としては心許なく、プラントゥムにいる亡命者は引き入れれば引っ掻き回されそうですし、フラシに関してもウェラテヌスとマフソレイオで二の手三の手を持っていると聞いています。


 戦えませんよぉ。カナロイア国内での私の立場もありますしぃ。


 ただ、気持ち悪さを持っていただけるのなら、それが私の武器ともなりましょうかね。義兄上。


 兄弟仲良く。


 どうせ、ウェラテヌスとアスピデアウスは喧嘩していると言っても、べルティーナ様と他の兄弟も仲が良いのでしょう?」


 これ以上胡散臭い言い方があるだろうか。

 そう思わずにはいられないが、話が通っているのもまた事実。アレッシアの弱みに付け込んで海上交易の重要地点であるリントヘノス島を我が物にし、エレスポント島への野心も見せて東方諸部族を大いに刺激したのもまたカナロイアなのだ。


 簡単に頭は下げない。

 だが、しっかりと和を形にする。


 そのための策としては、悪くない。


 ドーリス程直接的ではなく、断り辛くするのも、ある意味ではドーリスよりも安定していなかった王権に生まれたからか。


「最初の内はプラチドとアルホールを軍事教官の最高位として送ります。二人の統括としての頭はソルプレーサ。飲んでいただけますね?」


「三年の内に変事が起こると睨んでいるのですねえ」


 プラチドとアルホールは、もう六十も半ばだ。

 今も精力的に動いているとはいえ、普通は鎧をまとい武器を手に走り回り続けられる年齢では無い。


「お互い様でしょう。国内では無く国外に出すための治安維持部隊だなんて、最初に活躍の場が無ければ批判を封じ込めませんよ。それこそ、強力な王権でも無い限り」


 軍団の維持には莫大な財がかかる。

 故に、アレッシアは軍団の扱いに略奪の項目を含めているのだ。略奪を認めなかったからこそ、マルテレスは反乱時にアレッシア人を思うように集められなかったのである。


「ありますよ、強力な王権。父上がエスピラ様との交流の中で培ったモノを結集し、マールバラを真似して胃袋から何もかもを握って作り上げた王権が。

 治安維持部隊についても、大規模な徴収を行うつもりです。免除になった者達からは財を徴収し、平等を図る。飾り立ててカナロイアの新たな象徴にするとともに憧れにして、民の気を引き締めるための部隊でもありますからねえ」


「規模はどれほどを?」


 べちゃり、とフォマルハウトが上体を机に乗せる。


「アレッシアにはありませんもんねえ、強大な王権。お嫌いですか?」


 全く以て返事では無い。

 つまり、次の言葉は神経を逆なでするようなことなのだろう、とマシディリは身構えた。

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