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それぞれの考え

「ジュラメントは如何しましょう」


 エスピラの思考中に今回従軍する前回の出撃メンバーの近況を説明し終えたイフェメラがそう言った。


 ちなみに、ジュラメントは今回の遠征軍からは外れている。カルド島の軍団に居た、昨年従軍しなかった面子は多くがマルテレスと一緒に北方諸部族との戦いへ。


「如何も何も。何かアプローチをかけねばならないことがあるか?」


 確かに義弟たるジュラメントの発言がエスピラの怒りを踏みぬいたのは本当のことだが、エスピラとて冷静に振り返れば大人気おとなげなかったなという思いがある。


 ジュラメントが責められるのなら、エスピラも責められるべきだろう。


「よりにもよって師匠の子供を師匠の子供じゃないと言いやがりましたよ」

「断言はしていない。…………それに、そんなこと街のそこら中で言われている」

「良いんですか?」


 イフェメラの吐息がかかる距離まで顔が近づいてきた。

 エスピラは目を逸らさず、ため息を吐く。


「良い訳が無い」

「じゃあ!」

「今は待て」


 エスピラは意図的に言葉のペースを落とした。


 何かを言いかけたイフェメラの目の前に右手を広げて見せて、口が止まれば横にやりながら指を結んだ。


「何事も機がある。それを見極め、逃さないこと。そうすれば必ずやフォチューナ神の加護を得られる。万事、上手くいく」


 イフェメラの顔が離れた。

 前のめりになっていた上半身も戻り、机についていた手も離れる。


「それでも、義弟と言う立場でありながらあの発言はあり得ないと思います。少なくとも、私ならしなかった。私なら師匠の言葉を疑うことも無かった!」

「何をもって私をそこまで信用してくれたのかは分からないが、私の言葉が常に正しい訳では無い以上は少しは疑っておけ」


 ドン、とイフェメラとの距離がまた元に戻った。


「カルド島で師匠の作戦は悉く成功を収めました。今回だって師匠に教わったことが活き、軍団の準備が簡単に整いました。今年のアレッシア軍の行軍訓練も正直師匠がやっていた頃より生ぬるく、統率も取れておりません。まだまだ若い私がイロリウスの当主代理としての仕事をこなせるのも師匠の手助けあってこそです。

 何より、不義を働いたイロリウスを認め、私に様々な手ほどきをしてくれたのです。

 貴方こそ私の第二の父に相応しい」


「師匠の次は父か」

 随分大きな息子だな、とエスピラは笑い飛ばした。


 イフェメラの頬が膨らむ。


「父は、ええ、少し言い過ぎだったかもしれませんが、ようは私はそれだけ師匠のことを慕っているのです。今回だって私はただの一兵卒。しかし、師匠が絡んだ者は皆、悉く高い地位を得られております。ベロルスのような不貞の輩も師匠が神官に添えたでは無いですか」


「その一方でセルクラウスは噛みつき、肉を食いちぎった。ベロルスだって元は私が追放の遠因だ。良いことばかりでは無い」


「ジュラメントに話を戻しましょう!」


 イフェメラが強引に話題を転換した。

 エスピラの苦笑は深まるばかりである。


「どうもしない。最後は私から離れたことも、今も距離を置いていることも当然の行動だ。それが正しいか、成果に結びつくかはまた別の問題だがな」


「イルアッティモ・ティバリウスを始めとしてティバリウスも多くの者を今回の軍団に参加させているのにジュラメントはディファ・マルティーマに引きこもったのですよ? しかも、カリヨ様をアレッシアに置いて。これは、明確にウェラテヌスから距離を取ろうとする意思に他ありません」


「良く捉えれば、反省を示すためにアレッシアから離れて自宅で蟄居し、カリヨを連絡係として残したとも言えるな」


「好意的に見過ぎです」


「ジュラメントは友では無かったのか?」


 婚姻話をしてきた時、イフェメラと一緒に居たのはジュラメントだ。


「友だからこそ考えが分かるのです。ジュラメントは、ジュラメントにはウェラテヌスが正しいと信じ切る気も婚姻関係だからこそ助け合うようにティバリウスを動かす勇気も無いのです。

 裁判だってアイツは味方になりませんでした。その癖祝いの品だけ送って。

 一度勢いが出ればジュラメントはティバリウスを動かしますが、そうでない時は黙っているのです。そこを変えろと、傍流でもティバリウスを動かしアレッシアのために動けと私は常々言っているのですが、アイツは自分以外を懸けることが出来ないのです」


「逆に言えば、自分は懸けることが出来るのだろう?」


 ぐ、とジュラメントが言葉に詰まった。

 唇をぐにょぐにょさせて、目を横にずらす。


「まあ、自分だけなら懸けられますし、周りも良く見て動こうとしている男なのは、非常に良い点だと思いますので……。でも、焚きつけないと周囲を巻き込んで動こうと言う意思を見せないのはどうかと思います」


 そこが本音か、とエスピラは思った。


 欲しいのはジュラメントへの処分では無い。ジュラメントを焚きつけ、一人前とするための荒療治である。自分がいくら言っても聞かないので、エスピラからジュラメントを変えて欲しいと願っているのだ。


 もしかしたら、今回の出陣でイフェメラが命を落とすかもしれないから、置いていく友を案じて、と言う思いもあるのかもしれない。


「軍団に参加している者が全員散るとは思えないが、ティバリウスにもしもがあった時はジュラメントも大きく動かざるを得ないだろう。その時こそ、過剰に周囲を案じる暇もないほどこき使ってやるさ。もちろん、君もな。イフェメラ」


 アレッシアのために死ぬ覚悟を決めている者に生きて帰って来いとは言えないが。


 それでも、エスピラは類似する言葉をかけた。

 それから、どたどたとした足音が聞こえる。


 幼く小さな、でも激しい足音。


「ぢぢゔゔぇー!」


 発音のはっきりとしない繋がった泣き声でクイリッタが書斎に駆け込んできた。


「ゔえー! ぢーぢゔー!」


 泣きわめきながらも抱っこ要求するかのように、父上父上と叫びながらクイリッタがその短い両手を伸ばしてエスピラの方へとたとたと駆けてくる。頬は紅く、泣きすぎているのか汗すらかいている。


「ぢー! ゔー!」

「申し訳ありません」


 遅れて、泣き虫な次男の乳母が書斎の外に現れた。一応、主人の仕事部屋でもあるので入らないつもりらしい。


「すぐにクイリッタ様を連れて行きますので」


 入室許可を求めた奴隷にエスピラは右手の平をむけた。

 手を閉じて、ゆっくりと横にやって机を回り込む。


「良い」


 それから、クイリッタの前にしゃがんだ。


「おいで。クイリッタ」

「ゔあー!」


 良く分からない亡き叫び声と共に、勢いよくクイリッタがエスピラの胸元に飛び込んできた。


 思わずのけぞりそうになるもののエスピラは何とか堪え、息子を抱きかかえる。


「ゆりゔぁーが! ゔいゔあんあが!」


 とりあえず、ユリアンナがと言いたいらしい。


「ユリアンナがどうかしたのか?」


 背中をゆっくり叩き、同時に足を使って自分の体ごとゆっくりと揺らしながらエスピラは優しく聞いた。


「ぶっだ! ぶっだあああ」


 どうやら、妹であるユリアンナに叩かれて泣いたらしい。


「ちちうえ!」


 そしてもう一人。

 乳母を押しのけてユリアンナが書斎に入ってきた。


「ちがうのです。あにうえが、あにゔえが、リングアゔぉ、ただいで、ただいでええ!」


 だが、話している途中にユリアンナも泣きだしてしまう。


 ユリアンナをなだめるためにエスピラが腰を落とせばクイリッタが泣き声を大きくしながらエスピラを叩き、ユリアンナから遠ざかればユリアンナがエスピラの足を掴んでしがみつく。


「ゔゔぃゔぁんあばあ!」

「ゔぁびゔべば!」


「大丈夫だから。父は怒らないから落ち着いて話してはくれないか?」


 エスピラが優しく言ったタイミングで、遠くから泣き声がまた一つ追加された。

 声の主は、三男であるリングア。遅れて生まれたばかりの次女チアーラも泣きだしたようである。


「すまない。イフェメラ、今日はこの辺りで切り上げても良いか?」


 泣き声に圧倒されていたのか、背筋を伸ばして不動の体勢を取っていたイフェメラがぎこちなく頷く。


「構いません。その、お疲れ様です? なんと言いますか、マシディリ様を早々に後継者に指名した理由が分かった気がします」


「多分だが、思ったのとは違うぞ?」


 その言葉の直後に、クイリッタがユリアンナを叩いた。


「こら」


 クイリッタを止めている隙にユリアンナが隙間からクイリッタを思いっきりひっぱたく。

 乳母のひたすら謝る声と大きくなる泣き声。共鳴して何故か泣き始める下二人。


 エスピラはもう一度イフェメラに断ってから、子供たちを伴ってまずは書斎を出ることにしたのだった。


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