表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
1515/1587

ドーリスとウェラテヌス

 この件は先の返信で既に書いていたね。


 そう判断しつつも、マシディリは想定の範囲内で推移しているかを確かめるためにしっかりと目を通した。手紙に書かれている愚痴は、確かに多い。でも詳細に書いてあるがために、マシディリからの返信でも大きく誤ったことを言わずに視点の変更ができていると思っている。


「あの馬鹿は、情報が届くまでの時間すら分かっていないのか」

 これまでのアグニッシモからの手紙を読んでいたクイリッタが毒づいた。


「兄上の返信が届くまでに何通送れば気が済むつもりだ? しかも、道中で奪われる可能性も考えていない。馬鹿か。此処まで言われれば、部下も良い気はしないことも分からないとは、本当に馬鹿だ。上に立つ者として下に着く者の選別をし過ぎている」


 足の細かな揺れは、ただし、アグニッシモに対してだけでは無いだろう。むしろ八つ当たりも何割かは入っているはずだ。


 マシディリはそう思いながらも、アグニッシモに対して「褒めるように」と書き加えた。

 叱責されれば、確かに人は動く。そこを考える。ただし、叱責だけでは命を懸けようとは思わない。褒められるとは気持ちよくさせるだけではなく、貴方のことを良く見ていますよ、と伝えるためであるのだ。


 即ち、『褒める』とは、自分の上に立つ者のとしての資質を示す重要な手段なのである。


 責めるだけなら誰でも出来、結果を後から批判するのは幼子ですら可能なこと。そこで止まるのは見捨てられる者の特徴であり、父上は重く用いなかった。母上は、そのような者を侮蔑の眼差しで見ることはあったが、他には何もすることは無い。


 そんな訓示を、手紙にしたためることに決める。

 今回は現状に対することは返信しない。あくまであり方のみに話題を絞り、伝えるのだ。


「仕事も偏っていませんか?」

 クイリッタが手紙を丁寧に折りたたみながら言ってくる。


「あまり私達が言えたことでは無いけどね」

「意識しているかしていないかです、兄上。それに、私達は実力を考えて振っています。どうでも良さそうなところにまで、優秀な人材を派遣しません」


「アグニッシモの気持ちが空回りしているね」

「スペランツァでも付けますか?」

「それには及ばないよ。リベラリスとヴィルフェットの腕の見せ所さ」


 アルモニアの跡を継ぐ、という行為が、単にインフィアネの家門を継ぐに終わらせないためには。

 ニベヌレスとして建国五門としての貴種であると言う自負だけではなく、ヴィンドの子であると胸を張るためにも。


 二人には、血気盛んな雄牛をある程度制御してもらわなければならないのだ。


 それこそ、スペランツァであれば仕事は完遂できただろうが、あえて仕事を振り分けた理由である。



「旦那様」

 書斎の外から、奴隷の声がかかった。

「確認が終わりました。全て、目録通りに揃っております」


 意外なほどに落胆は無い。

 想定通りだからだと言う気持ちもあるが、期待もしていなかったのだろう。


「目録外の物はありましたか?」

「何もございません」

「何も」

「はい」


「ありがとうございます。それから、申し訳ありませんがもう一つ仕事を頼みます」

「はい」


 奴隷の顔に緊張が走ったのが、良く見える。

 構えないでください、とマシディリは微笑みつつ、アグニッシモの手紙を開く前にしたためた目録を取り出した。


「こちらの物の準備を」

「こん、なに?」

 戸惑いの声は、目録を持ってきた男の目的を知っているがためか。


「堂々と」

 微笑みながら奴隷の頬に手を当て、少し持ち上げる。


「貴方もウェラテヌスの誇りを担う一員なのですから」

 そうしてやさしく背を叩き、抜かすように書斎を後にする。クイリッタは、書斎に残ったまま。代わりにアルビタが背中にくっつき、中庭へと向かう。


「レグラーレ」

「はい」


 音もなく、幼馴染が現れる。

 裾の涎の後は、子供達に絡まれていた証拠だ。困った噛み癖は、愛妻曰く「マシディリからのモノ」らしい。


「渡す役目を任せます」


 そう言って、先ほど奴隷に渡した目録の写しと、ドーリスが持ってきた目録を重ねた渡す。

 レグラーレは「かしこまりました」とだけ言ってきた。



 足音は小さく。


 しかし、それで先触れとしては十分だったのか、衣擦れの音が聞こえた。


 誰にとっても場違いなうららかな日差しが差し込む中に姿を見せれば、ドーリス王弟ヘルモラオスが頭を下げていた。


「兄上から、義兄上にとの言伝を直接伝えるように仰せつかっております」


 マシディリからではなく、頭を下げているヘルモラオスから会話が始まる。


 エリポス人らしいと言えばらしいだろう。尤も、目的を考えればそれが良いのかは考えどころではある。が、モニコースも誇りを優先したと思えば、仕方がないことか。


「義兄上? 義弟では?」


 悪戯な質問だ。

 理解しつつも、マシディリは普段通りの表情を崩さない。


「マシディリ様はチアーラの兄であらせられます。そうであるのなら、義兄上とお呼びすることの何が不自然なことになりましょうか」


「モニコースはクスイア陛下は無論のこと、殿下にとっても弟君。年齢もお二人の方が私より上。いえ、それ以前にモニコースが私よりも年上。そうであるならば、私のことを義弟と呼ぶのが最も自然ではありませんか?」


「敬意を込めております」

「敬意を、ね」


 ドーリスの王族と言っても、全員の意識が一致している訳では無い。

 それこそ、ウェラテヌスの兄弟がアスピデアウスに対しての感情に振れ幅があるように。


(これ以上ヘルモラオス様だけを責めるのも酷ですね)


 益にもならない。むしろ、不利益になりかねないだろう。

 故に、マシディリは廊下から中庭に下りた。


 ヘルモラオスの横を過ぎ、財物に手を触れる。

 莫大な量だ。陽光が乱反射して、目を閉じたくなるほどである。


 ただし、チアーラとモニコースの結婚に際してドーリスが持ってきた量には遠く及ばない。それどころか、父が乗り気では無かったリングアとルーチェの結婚式にも届かない。一番やる気のなかったクイリッタの結婚式ですら、もっとあったはずだ。


「遠路はるばるご苦労様です。こちら、返礼の品になります」


 マシディリの言葉を受けて現れたレグラーレが、礼を取ってヘルモラオスに二つの目録を渡す。

 上にあるのは、ウェラテヌスが用意する品。下にあるのは、ヘルモラオスが持ってきた目録。


「これ、は」


 ヘルモラオスの声に、確かな怒りが滲んで来た。

 マシディリは常通りの態度を崩さず、品々を積んでいる荷台に少々体重を預けた。荷台は、びくともしない。



「少しお待ちください。すぐに用意できますよ」



 目録に書かれた物品の価値は、同じ。


 ドーリスが時間をかけて選び、運んできた物と。今日中にウェラテヌスが準備できる返礼の品は。


 同価値である。



「使者としてやってきたのに、返礼が何も無いでは締まらないでしょう? それとも、ウェラテヌスが相手であれば返礼など不要なのですか? 何の見返りも求めず、何故か、不意に、これらを持ってきたと?」


「そうでは、ありませんが」

 ヘルモラオスの顔がまた下を向いた。

 歯切れも悪い。怒りが見えた顔は、既に萎えている。


「それとも受け取れませんか? 蛮族が手に触れた物など」

「御冗談を」

「失礼。アレッシア人が手に触れた物が受け取れませんか? それとも、ウェラテヌスの手に触れた物が?」


 ヘルモラオスの言葉は続きそうであったが、呼吸を吸う間に自身の言葉をねじ込んだ。

 ただし、声の調子はいつも通り。速度も通常のモノ。様子は変えず、アルビタもレグラーレも無表情だ。


「そのようなはずが無いではありませんか」

 歪な笑みは、何の意図が滲んでしまった笑みか。


 考えられる可能性全てを踏み潰しても問題無いと即断し、マシディリは右手を挙げた。

 アルビタが、緋色の物体を持ってくる。


「それとも、こちらが返礼の方が喜ぶと?」


 それは、緋色のペリース。

 その昔、時のドーリス国王アイレスからマシディリへと贈られた品だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ