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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十七章
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運命の選択

「アグニッシモ様のフロン・ティリド編入戦は上手く行っていると聞いているよ。それもこれも、マシディリ様がしっかりと指示を出しているからだって。唯一の欠点は、マシディリ様に頼りすぎるあまりアグニッシモ様が手紙をたくさん寄こしてしまうことらしいね」


 クイリッタか、とマシディリは思った。


 言うほど細かな指示は与えていない。制限を設けただけだ。

 ただ、クイリッタの行動を無下にするのも良くはないとも思える。


「夏までは、勝負を決めるような大会戦以外の会戦を禁止しただけですよ。それから、畑を守るようにとも伝えただけです。人質を戻した部族も放置はせず、しっかりと話に耳を傾けてくれ、とも言っていますが」


 注文が少し多いかったかな、とも思う。

 だが、遠征軍の大将がやることに比べれば少ないはずだ。


「おおよそ戦うように生まれてきたような男に戦うなだなんて。結構厳しい制限ですね」


「見極めてほしいだけですよ。それに、フロン・ティリドに行けば私達は異邦人。抵抗勢力が畑や居住区を荒らす存在であると思わせないと戦いにもいけませんよ」


 アレッシア人が少数でいるところには攻撃が加えられる。

 アレッシアに通じたと思った部族も攻撃を受ける。

 そして、抵抗勢力を出した部族は、アレッシアからの加護を受けられない。人質も、当然半島に残したままだ。


 情報を上層部で統制しているようなところの民にとって、快くない存在として認識されるのは、果たしてどちらか。


 軍団を率いてやってきて、生活をするアレッシアか。

 少数でやってきては畑を踏みにじり、居住区に恐怖を振りまく抵抗勢力か。


 現地部族の上層部にも、実益を考えればアレッシアと組む方が良いとはしっかりと刷り込んでいる。彼らの権力を守るためにもアレッシアの力は必要だ。全員を返した訳では無い人質も、多くが親アレッシア派となって地元に帰っていくのである。


「遠征軍の軍事命令権保有者になるのはクイリッタ様やスペランツァ様が先かと思ったけど、アグニッシモ様も良い腕をしているね」

「ええ。アグニッシモは賢いですから。興味の波があるだけで、自頭の良さで言えば兄弟の中でも上ですよ」


「みんな優秀なのに上とは、マシディリ様は本当にアグニッシモ様が気に入っているんだね」

「本当のことです。父上も期待を寄せていました」


 それは全員な気がするけど、とパラティゾが小さく言う。

 フォンスも、無言で笑みを浮かべていた。


「油断は大敵ですけどね。東方遠征も、最初は非常に順調でしたから」


「叔父上が大敗を喫したイパリオンを半年で屈服させたなんて、今でも信じられないよ。エスピラ様も良くマシディリ様の話をしていたし、マルハイマナ戦争では近くでマシディリ様の凄さを見ていたけど、予想以上としか言いようがないね」


「ティツィアーノ様が父上を頼ってくれたのと、トクティソス様が元老院で魂の籠った演説をしてくれたからこそです。お二人がいて、エスヴァンネ様が戦いの中で蓄えていた情報があって、父上が実際に一度手合わせした実績があって。もちろん、東方諸部族の助けもあって。その結実が、あの素晴らしすぎる戦果です。私は最後に力を入れただけの、美味しいとこどりですよ」


「そうであっても、マシディリ様でしか成し遂げられませんでした」


「ありがとうございます。私も、副官がパラティゾ様で無いと成し遂げられなかったと思っていますよ。特に、東方遠征第二段階と評される一連の戦いでは、パラティゾ様が東方諸部族の心を掴めなければバーキリキ様の言いようにされていたでしょうから」


「私も、最後の一押し、その場にいたのが私だっただけです」


 くすり、と笑い合う。


 ティツィアーノも、ウェラテヌスに対して敵意剥き出しなアスピデアウス派が近くにいることもあるが、父の最後の弟子だ。マシディリとの関係も悪くない。何より、パラティゾが次期当主となることに賛成であり、そのつもりで動いている。



「追放されていた者達の中から優秀な者達の選別を頼みます。それから、出来れば彼らが多くを払っているのに元老院でぬくぬくとしていた富める者が何もしないことに対して不満を煽ろうとも思っていますので、頭の片隅に入れておいてくれると嬉しいです」


「本当に追放したいのは、何もしてこなかったばかりか、元老院議員でありながら私腹を肥やし続けた者達ですか?」


「はい。議員に資格をねじ込もうとも思っています。アレッシアのために尽くさない者は必要ありませんから。彼らを排し、アレッシアを思う者達だけで政を執り行う。父上の目指していた寡頭制にも近づけますよ」


 アレッシアの支配域は広大になった。

 西はフラシ、ハフモニ。東はエリポスを飛び越えてイパリオンまで。


 対して、アレッシアの制度は古いまま。

 軍事命令権は基本一年だ。半日でたどり着く場所を戦場としていた頃と何ら変わらないのである。特例を連発し、今では軍事命令権が一年以上あるのが常態化してきたが、意思決定に関わる者達は無秩序に増えるばかり。


 状況に合わせ、変わる時がきているのである。

 少なくとも、エスピラはそう思っていたし、子であるマシディリもそう思っている。


「監察官の私的な利用になりますか?」


 笑みに邪気は含めない。

 あくまでも戯れ。そう聞こえるように、細心の注意を払ってマシディリは笑いかけた。


「いいえ。国家を思う大事な心だと思います」


「では、特にクイリッタが追放した者達、その中でもクイリッタに恨みをもちそうな者はよりしっかりと詮議し、信頼できる者を傍につける様に、と頼むことも?」


「それは少しの私心がありますね」


 今度はパラティゾが笑う。

 冗談交じりの笑みだとしっかりと伝わってくる笑い方だ。


「ですが、大事なことです。クイリッタ様は今や欠かせない人物ですから。もちろん、アレッシアにとって、ですよ。

 それに、クイリッタ様がウェラテヌスの政敵となり得る者に狙いを定めて追放していた場合、追放された者達はその時点では優秀だったのでしょう。ですが、恨みに目が曇り、私心を優先する人物と成り果てていれば最早必要ありません。アスピデアウスとして、責任を持って処断しないといけないとも思っています。


 ともすれば、彼らは政治の実権を握ったその時に豹変したかもしれませんから」



「お願いします。どこで暗殺を企てられているか分かったものではありませんから」


 それが自分に向く分には良いと、マシディリは思っている。

 でも、悲しいかな。守るべき弟もそう思っていることを、マシディリは知っていた。クイリッタも、マシディリでは無くクイリッタ自身に向くなら良いと思っているのである。


「最高神祇官以外にも法に依って守られる職務を増やせればよいのですが」

「下手に提案すると、暗殺を企図しているのか、と思われてしまいますからね」


 暗殺を嫌うのは、ある種の善意によって成り立っていた法則だ。

 しかしながら、嫌う一方で古来より、王政だったころより暗殺があったのも事実。


 出来る限りアレッシアにアレッシアの文化を知らない者、尊重できない者の居住は認めないつもりだが、異国からの人が増えるのは避けられない。そのような者達にも同じ善意を期待するのは、端から無理というモノ。


「無いとは思いますが、もしもクイリッタから無理なお願いをされた場合は教えてください」


「御心配なく。クイリッタ様と私は対等ですよ。アビィティロ様も。ティツィアーノは家門での関係上、対等に置けないのが心苦しいのですが、分かってくれています」


(父上が四足なら)

 マシディリには、四人の副官と言うことか。


 あるいは、マシディリにとっての四足は違う人を指しているのかもしれない。レグラーレ、アルビタ、パライナ、イーシグニスか。それともアミクスか。


 アミクスはイフェメラの反乱以来距離を置かざるを得なかったが、今では再び諜報機関の一翼を担ってもらっている。向いていないように見える者としての諜報機関だ。


 パライナは、サンヌスの反乱で出会って以来の仲であり、山中での戦いや遊撃部隊として少数の兵を預けて嗅覚に任せるのが最も良い使い方だと思っている。ただ、付き合いは浅い方か。


 イーシグニスは、母に命じられるようにして行った娼館で出会って以来の仲。内偵能力は父も認めるところ。何より、周囲の空気を程良く抜くことに長けている。


(父上よりも一本足が多い)

 笑みがこぼれる。


「今度、アスキルを始めとする信頼できる外国人をアレッシアに呼ぼうと思います。アレッシアで過ごして気になったこと、母国と違うことを聞き取って、資料を作ろうかと。

 その時に、歓待を共にしてもらうかも知れませんが、よろしいですか?」


「問題ありませんよ。できれば、東方諸部族から開始してもらえると私が同席する良い口実が増えるかなとは思うけどね」


 東方諸部族の主要窓口は、イパリオンのアスキルやユクルセーダの国王、そして、パラティゾなのだ。

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